第1章

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 「あんた達は寄ってたかって私に何をすんのさっ!!」  特養養護老人ホーム“養命の里”のロビーで、大庭アヤノ容疑者が突然大声をあげて暴れ始めた。 大庭アヤノは、一見白髪の長髪が特徴的な小柄な女性で、手足は飛蝗のように痩せ細っている。 こんな齢78歳の老婆が、施設の職員を殺害したなどと言うことは、信じられないと彼女が起こした事件をニュースで観た人間は誰もが思うだろう。  「うわあああああ!!」  突如。奇声をあげて手錠をガチガチ鳴らしながら、両腕を抑える警官二名を振り払おうと体を激しく揺する。 思いがけない光景に、大庭容疑者を取り囲む報道陣は後退りしながらも、マイクを離さない。カメラはこれまでに無い程激しくフラッシュを大庭容疑者に浴びせる。  「私が何をしたって言うんだい? これを離せ離せ離せ離せええ!!」  大庭容疑者は警官の腕に躊躇なく噛みついた。警官は思わず顔を歪めるが彼女にこれ以上の抑制は出来ない。 これ以上は、高齢者虐待になってしまう。 大庭容疑者は猛獣か鬼女の如く警官の抑制を振り払うと、痩せた体から信じられない程の健脚でロビーの階段を駆け降りる。 報道陣は、彼女を警戒しながらもマイクを必死に傾ける。  大庭容疑者自身は、容疑を否認している訳では無い。寧ろ容認すらしては無い。 養老の里で何が起こりどうなったのか? そして自分はどうなったのか? と言う事も認識が無いのだ。  認知症なのだから。
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