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「殿っ、ここは我らにお任せを!」
そう言って幾人もの馬廻りが、敵勢の排除や足止めの為、信長の許を離れて行った。
今川軍の新手、吉田、江尻らの陣は固く、一町進むにも今まで以上の犠牲を要するようになって来た。
信長の周囲には岩室長門守、山口飛騨守、長谷川橋介、毛利新介、服部小平太他、数名が残るのみとなる。
桶狭間山の山頂まで、あと敵陣を二陣は抜かなければならない。
しかし今や、攻め入るどころか我が身を守ることさえ難しくなって来た。
『いよいよ、ここまでか』
「お別れの刻が来たのです……」
注意深く見ない限り、視認も難しくなった瑞兆が光点の中で振り返った。
「お前は俺が天下人になるか、切腹するまで消えぬのであろう。まだ早い」
信長は瑞兆の不吉な言を否定した。
「この戦が、壮大な切腹でなくて何だと言うのですか?」
寂しい苦笑だった。
「我は最期のお節介をするので、これぐらいは受け取るのですよ」
瑞兆は信長の前に出るや、光点を振り撒きながら両手を広げて見せた。
すると、眼前の敵の足軽、侍を問わず具足がほどけたり、槍の穂先が外れたりといった武具の不具合が、一斉に巻き起こる。
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