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「え……」
「切っ掛けを作ったのが香川さんだとしても、不倫をしたのは雪菜の意思だ。そして、妻の心を余所の男のもとへ行かせてしまったのは、夫である俺の不甲斐なさ。現実に至るまでの経路を辿ったとしても、その現実は何も変わらない」
「……」
「雪菜は夫以外の男を愛した。そして俺も、妻以外の女を愛した。歪みを通り越して、腐りきった夫婦だろ?しかも、妻は浮気相手を想いながら脳死状態。二度と軌道修正は不可能だ」
自嘲的な言葉を並べ終えた彼はククッと喉を鳴らし、やけに冷たく感じるエアコンの風の中に息を落とす。
皮肉めいた彼の言葉が却って痛々しくて、切なくて、
哀しみの色が心を埋め尽くす。
無二親友の二人が同じ男性を好きになってしまった。―――悲劇の全ては、そこから始まった。
譲れない想い。譲れないプライド。
女の嫉妬心は一瞬のうちで友情を憎しみに変えてしまった―――。
「先生……」
何か声を掛けなければと焦燥感に背中を押されるけれど、胸が詰まって言葉が出ない。
合わせた両手を震える唇に付けて、声も出せずに目を潤ませる私。
彼はそんな私の姿を見つめ、その目に憂いを漂わせる。
「それでも俺は、雪菜を見捨てる事は出来ない。……現在遠方に住む雪菜の親兄弟は、あんな姿になった雪菜を自分の近くに置いて、最期まで看る気は無いんだ」
え……
家族が看る気が無い?それって……
「そんなあいつを一人放り出して、麻弥と一緒になることなんて出来ない。
……雪菜の余命はそう長くは無い。過去にどんな過ちがあったとしても、俺には、夫として雪菜を最期まで見守る責任がある。それが、不甲斐ない俺の『償い』であり、『けじめ』だと思ってる」
愕然とする私を見つめながらも、彼は意を決した顔をして言い切った。
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