第一章:見切り発車

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ガタン、ゴトン、ガタン、ゴトン。 規則正しく進んでいく電車の中、少年は膝を抱えた格好のまま、向かいの空っぽの座席を見詰める。 髪や体に着いた泥や細かい砂粒を二度洗いで落として、いつもの倍くらい湯船に漬かってから風呂場を出ると、俺が恐れていた通り、兄ちゃんはまだ起きて茶の間のソファに腰掛けていた。 表情の消えた顔をこちらに向けたまま。 ――疲れたから、今日はもう寝るよ。 何も答えない兄ちゃんを残して、俺は足早に自分の部屋に行ってドアに鍵を掛けた。 疲れた体でベッドに入ったけど、不思議と眠くはならなかった。 しばらくして、パチリと茶の間でも灯りを消す気配がした。 兄ちゃんがその後、普通に寝入ったかは分からない。 とにかく俺は、カーテンから白々とした光が差し込む頃を見計らって家を出た。 母さんが夜勤から帰ってくる前に、あの人たちが様子見にアパートの周辺をうろつき出す前に、抜け出さなくてはならなかった。 玄関にドブ臭いグショ濡れの服とスニーカーを脱ぎ捨てたまま出てきてしまったけど、もう仕方ない。
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