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「今度……結婚することになったんだ」
微妙な表情の栄太をちらちら見ながら、祐輔はゆっくりと言葉を選ぶようにして告げた。
「……」
「俺はまだ気持ちが固まってなくて、でも子供ができたらしくて……」
「なっ、なんだよそれ」
「彼女のことは好きなんだけど、いざ結婚するってなったら本当にこれでいいのかなあとか色々考えて、そしたら何でか栄太の顔が浮かんで、それで……」
それでいきなり栄太の元を訪れたというのか。
「……お、お前、バカだろ! これでいいのか、じゃなくて好きならちゃんと幸せにしてやらないとダメだろ」
「――うん。わかってはいるんだ、けど」
顔をあげて真っ直ぐ栄太を見つめる祐輔。二人の視線がカチリと合う。
「……けど、何なんだよ」
じっと見つめてくる視線に居たたまれなくなった栄太が、ふいと顔を逸らせた。
「けど、うん。何でもない」
「……」
「――栄太」
「……」
「明日、帰る」
「……うん」
結局そのまま、二人の視線がもう一度合うことはなかった。
「それじゃあ、お邪魔しました」
「気をつけて」
一昨日、栄太の所にやって来た時の格好の祐輔が玄関先に立っている。
よれて皺になったTシャツはきっちりとしたスーツに着替えられ、寝癖であちこち跳ねていた髪はきれいにセットされていた。
どこから見てもデキる男。
目の前に立つ男が、栄太にはどこか遠くにいる存在のように感じた。素直に格好いいなあと思う。
それでも栄太は、寝癖を気にせずだらしない格好で畳の上で寝そべっている姿の方が好きだった。
「栄太」
「なに?」
笑顔で答える栄太に、祐輔が逡巡するように口を開けたり閉じたりしている。
「――――もう、帰るね」
最後に何か言いたげな様子の祐輔だったが、絞り出すようにそれだけを告げると、くるりと栄太に背を向けた。そしてそのまま、二度と振り返ることなく静かに出て行った。
もうこれっきり会うことはないのだろうと、お互い薄々感じ取っていたからか「また」とか「今度」という言葉は最後まで二人の間に出てくることはなかった。
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