585人が本棚に入れています
本棚に追加
/38ページ
汚いコンクリートの階段を上がり、鍵を回して家に入る。玄関を上がってすぐ隣にはこぢんまりとしたキッチンがあり、奥には和室の小さな部屋が二つある。ここに弟と二人で暮らしているが、弟は部活で忙しく帰りが遅いため、家では一人で居ることが多い。田舎暮らしのときはいつも家に誰かが居て、うるさいと思うこともあったが、今は少しそれが懐かしかった。
荷物を置くと、手を洗ってキッチンに立つ。弟には悪いが、今日はなんだかどっと疲れていて、作ったのは鯖の味噌煮と味噌汁だけだった。
炊飯器から自分の分の米をよそい、畳に座る。味噌汁を啜りながらポケットからスマホを取り出すと、さやか先輩のハンカチが畳に落ちた。一瞬それに目を遣るが、無視してスマートフォンのボタンを押す。画面が明るくなって、メールと電話の着信履歴がずらりと並んだ。
男友だちに加えて、クラスの可愛い女の子からもメールが届いている。いつもならすぐに返信するのだが、今は派手な絵文字に胸焼けがして返す気になれなかった。
ため息を吐いてスマートフォンを机に置く。すると、タイミングよくスマートフォンが振動し始めた。
電話の主は、家事代行サービスのバイトの雇い主でもある叔母さんだった。
「……もしもし」
「あっ、もしもし悠ちゃん! 今電話大丈夫!?」
叔母さんの大声が耳に響き、スマートフォンを少し耳から離す。
「大丈夫ですけど……」
「よかった! あのね、仕事の話なんだけどね。前、杉谷のおばさんの代わりに、紺野さん家に行ってもらったでしょう?」
なんやねん、このおばはん。どっかで俺のこと監視しとんのか?
前触れもなく出てきた『紺野』というワードにいらっとして黙り込む。しかし、おばさんというのは得てして人の話を聞かないものだ。叔母さんは、そんな俺の様子には気付かずどんどん話を進める。
「その杉谷のおばさんね、旦那さんの転勤が決まっちゃって、うちで働けなくなったのよ。こんな変な時期に転勤だなんて、左遷かしらねえ?」
そんなん知らんがな! 高校生にんなこと聞くな!
心の中でつっこみながらも、口を一文字に結んだまま沈黙を貫く。すると叔母さんは、まあそれはいいんだけどと薄情な言葉を前置いて、とんでもないことを言い出した。
「今度から紺野さん家の担当、悠くんにやってもらおうと思って! いいわよね?」
「……は」
最初のコメントを投稿しよう!