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レマルクside
あいつが去っていった窓を、ただ呆然とみつめていた。
侍従の者たちが心配そうに口々になにか言っているが、今の俺にそれを気にする余裕はない。
紅。
あの透き通る、紅い瞳が、脳裏に焼き付いて離れない。
見えたのは本当に一瞬の事で、直ぐにその顔は長い前髪で覆われてしまったが、獣人である俺にとってそれは十分な時間だった。
産まれてこの方、可愛いと思う顔はトトしかいなかったこの俺に、綺麗だと、ただ漠然とそう感じさせたその容姿。
出来ることなら、もっと長い間見つめていたかった。
あの紅い瞳にもっと俺を写していて欲しかった。
あの瞳を、俺が、
「…っ」
そこまで考えて、俺は思考を中断した。
これ以上あいつについて考えていたら、俺はおかしくなってしまう。
そうだ。
考えてみれば、奴はおかしかった。
異端だ。
この俺の屋敷に一人で来れた。
ここにたどり着くまでに誰にも合わないことは可能だろうか。
合えばあいつは必ず連れ戻される立場にある。
人がいない道を選べたというのだろうか。
あの人間が。
獣化した俺が飛びかかった時もそうだ。
ヒョイと、まるでそれが当然だとでもいうように、なんなく避けてみせた。
普通の人間には無理だ。
出来るはずがない。
気付くべきだったのだ。
そういえば…最初のあいつはオドオドしていなかったか?
トトと同じくらい、もしくはそれ以上に弱々しかった気がする。
それがいつの間にかあんな態度で俺に接するようになって、俺に…
ブルリと、体が震えた。
腕に手をやり、そこで体が冷や汗でビッショリ濡れていることに今さらになって気付く。
トトの事で我を忘れて今まで平気だった、いや、無意識で気付かないふりをしていたのかもしれない。
俺があいつの首に手をかけた時、間違いなく、あの場で優位にたっていたのは俺だった。
獣人と人間。
体格差が根本的に違う。
俺が力を最大限込めれば、いや、半分の力でも、あの細い首は儚く折れるだろう。
なのに、思い返してみば、頭に浮かぶのは俺の死なのだ。
急所に手をかけていたのは俺なのに、まるで心臓を素手で鷲掴みされたような、そんな錯覚に陥る。
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