沈む水鳥 (未収録)

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 美しい容姿を持つ女が翼を広げて美しい歌声を響かせる。海へ繰り出す男達惑わしながら、成す術も無く船が沈没するのを空で待つ。歌声に惑わされた勇敢な船乗り達は操作を誤り横風のあおりを受けて、バランスを取れなくなった船はゆっくりと傾いて行った。 ――あぁ、楽しい。  女――セイレーン――の仲間達が翼を畳み、船へと急降下する。惑わされて状況が分からないまま笑い出す者、惑わされずにいた少数の正気の男達も沈み行く船の上で混乱し、ある者は海へ飛び込み、ある者は船の制御を試みる。混乱した今こそがセイレーネスにとって捕食のチャンスだった。  空を自由に駆け、得意な歌を歌い、獲物を狩るその行為その物が誇りであり唯一の楽しみでもある。それは未来永劫変わる事の無い組み込まれた本能だった。  そんなある日、いつもの様に、セイレーネスは何もない巨岩の孤島から海へ飛翔する。  船へと近づき、いざ歌おうとした時、いつも通りにいかなかった。船から聞いた事も無い素敵な音が聞こえて来た。セイレーンの声とは全く違うが、同じくらいに素晴らしい音。その音に浸る為、瞼を閉じて聞き入ってしまいたい衝動へ襲われた。  その衝動を抑えて、上空からよくよく船を観察すると、甲板に一人の男が金色に光る何かを持っていた。微睡むようなようすでありながら、その男が指で金色の物を弾く度に美しい音色が生み出される。男の周りにいた、他の人間の男達も手を止めて聞き入っている者までいた。 ――もっと近くで聞きたい。  一羽一羽と、強い衝動へ負けてゆっくり船へ降下していった。甲板へ降り立ち、瞼を閉じて聞き入る。その時だった。「今だ、かかれ!」周りにいた男達が剣を腰から振り抜き、成す術もなく激しい痛みに襲われた。  悲鳴を上げ、下級種族の手で死ぬよりはと、セイレーネスは次々と海へ飛び込んだ。  翼はもがれ、体中至る所に傷があり、その傷のせいで羽も大分毟れてしまった。セイレーンは泡を吐きながら海の底へと、水を含んだ羽が重すぎて深い闇へと沈んで行く。 ――まだ死にたくない。まだ歌い続けたい!
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