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暗闇の中
街灯の光も届かない、建物と建物の間の細い路地に沙和子はいた。
十数メートル先には通行人の影も見えるが、身体を押さえ付けられ、動くことはできなかった。
哲司が店に着くほんの少し前、沙和子はゴミ袋を持ち外へ出ると、一階のカフェと共同で使用している一時置きのゴミ置き場にゴミ袋を置いた。
カヨに頼まれたレモンを買いに、数メートル先のコンビニへ向かおうと、建物の影から顔を出した所で、声をかけられた。
西山田だった。
「こんばんは」と言い、西山田は笑った。
西山田は、強ばった表情でゆっくりと会釈をした沙和子を見た途端、足早に彼女に近付くと、その腕を掴み、早足で歩き出した。
沙和子は一瞬、何がおきたのかわからず、前のめりに引き摺られるかたちになった。
何とか立ち止まり、「やめてください」と声を発すると、西山田は振り返って沙和子の耳に顔を寄せた。
「この間の続き、知りたいでしょ?居なくなった、女の子のはなし」
そんな話は聞きたくない、と沙和子が反論しようとすると、西山田は小声で呟いた。
「横浜ナンバーのね、黒い車が来たんだよ。うちの部屋の前に停めて、邪魔くさかったからよく覚えてる…」
沙和子は腕を振り払おうと必死だが、西山田は非力な沙和子の抵抗など意に介さずに続ける。
「確か、ナンバーはね…」
耳元で囁かれた数字を聞いて、沙和子の動きが止まった。
驚いた顔で自分を見つめる沙和子を見て、西山田は満足そうに唇の端を持ち上げる。
「…所縁のある数字だった?」
声も出せずに佇む沙和子の手を、西山田は強引に引っ張り歩き出す。
「俺は知ってるよ?ぜーんぶ知ってる!」
沙和子の手を引き、子供のように興奮気味に笑う西山田の姿は、狂気に満ちている。
けれど、恐怖よりも、衝撃が勝った。
ー何故、自宅の車と、ナンバーが一緒なのか。
沙和子が車に乗ることはない。
だとすれば、考えられるのはひとりだけだ。
動揺する沙和子の手を掴み、西山田は小走りに走る。すれ違う人が、何事かというようにふたりを見ていた。
少しすると、店に向かっているのだろうか、常連客のひとりが沙和子に気づいて、通り過ぎざまに声をかけた。
一瞬だけ西山田の手に力が入る。
けれど、立ち止まることはなかった。
「あれー?さわちゃんだよねー?」
後ろでそう言っている客の男を無視して、西山田は沙和子を引き摺り、足早に立ち去ろうとする。
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