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九年前の二月、小学校三年生だった俺は決断に迫られていた。
父親の転勤がもう翌月に迫っていたからだった。
飛行機に乗ってこの町から遠くへ引っ越す。
当たり前に俺も学校を転校しなきゃならない。
けれど、いい加減クラスの皆に伝えなければならない事実を両親や先生を困らせてまで打ち明けたくなかったのは、明星いのり――その子にだけは、自分の口で伝えたかったから。
学校帰りの小学生たちの拠り所だった駄菓子屋で、いつも店番のお手伝いをしていたいのりから買った駄菓子を受け取り、俺は毎日町の高台でぼんやり空を眺めている奴だった。
同級生の奴らみたく、サッカーや野球の遊びには熱中しないで、日が暮れるまでずっと空を見上げて駄菓子を頬張っている。
特別空が好きだったわけじゃない。
ただ、高いところにいればいつも、いのりが俺を見つけてくれたから。
高いところが、俺がいのりとふたり一緒に過ごせる場所。
学校の屋上に忍び込んでは、いのりがいつ来てもいいように扉の鍵をあけておいた。いのりはすぐに俺を見つけて屋上に来てくれた。
教室で机の上に座っているだけでも、いのりは俺のそばに来てくれた。
日が暮れるまで高台で暇つぶしに空を見上げていると、駄菓子屋のお手伝いが終わったいのりが、俺を見つけに来てくれる。
「なっち。ねえ、またお星さまのお話きかせて?」
“なっち”は、いのりがつけた俺のあだ名だ。
「片桐」とか「夏生」とかそっけない他の呼び名より、くすぐったい気持ちがしたのは女の子っぽい響きのせいか、いのりの声のせいなのか。
期待を含んだその声に、俺はいつも一つの星語りをした。
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