二年生、秋

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「……帰らないの?」 次の日、作品を完成させたにもかかわらず、帰ろうとしない私に、田中君が訊ねた。 田中君の作品は本格的な形になってきていて、ホームセンターに売っていそうな、そこそこ安っぽい本棚が出来上がろうとしていた。 ……すごい。映画のセットって言ってたけど、この人いったい何やってるの? 「うーん、実は私も、もうちょっと頑張ってみようかなっと。ここ。鞄に、マスコットでも付けようかななんて」 私は毛染めで傷んだ髪の毛の先を見ながら答えた。 「………。ふーん」 田中君は私の鞄をじっと見つめた後、再び木と睨めっこした。 鞄は、なんだか隠してしまいたくなった。 「本気作業、見てて面白いし」 「ふーん。変わってんな」 素っ気なく答えた田中君は再び作業を続けた。 木材に釘を打ち付ける度に、彼の癖がかった髪の毛がふわふわ揺れた。 私は、''変わってんな''なんて、田中君にだけは言われたくなかったと思いながら、体の力を抜いてボサッと彼を見ていた。 夕焼けが差す教室に、トントンとカチカチと、田中君の作業音が溶け込む。 「……俺の名前知ってたんだ」 作業をしながら田中君が呟いた。 「え?あぁ、まー……」 私はだらけた体をピンと伸ばして答える。 「え? なんて?」 「あ、やぁ、私と同じ名前だから覚えた」 さすがにちょっとした有名人だからとは言えず、咄嗟に違う理由を考えた。 「え、あんた田中っていうの?」 田中君が作業を止めて、私を見た。彼の目が初めて私の全体像をとらえた。 いつもよりも大きめに見開かれたつり目がちな目は、小学校の時に学校で飼っていたウサギの目に似ていた。 「うん、田中結月」 「結月て漢字どんな?」 「結ぶ月」 「はは、すごい。名前も一文字違いだ」 そう言って田中君は笑った。 笑った顔は、全くウサギっぽくなくて、キツネみたいだった。
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