546人が本棚に入れています
本棚に追加
/275ページ
「……帰らないの?」
次の日、作品を完成させたにもかかわらず、帰ろうとしない私に、田中君が訊ねた。
田中君の作品は本格的な形になってきていて、ホームセンターに売っていそうな、そこそこ安っぽい本棚が出来上がろうとしていた。
……すごい。映画のセットって言ってたけど、この人いったい何やってるの?
「うーん、実は私も、もうちょっと頑張ってみようかなっと。ここ。鞄に、マスコットでも付けようかななんて」
私は毛染めで傷んだ髪の毛の先を見ながら答えた。
「………。ふーん」
田中君は私の鞄をじっと見つめた後、再び木と睨めっこした。
鞄は、なんだか隠してしまいたくなった。
「本気作業、見てて面白いし」
「ふーん。変わってんな」
素っ気なく答えた田中君は再び作業を続けた。
木材に釘を打ち付ける度に、彼の癖がかった髪の毛がふわふわ揺れた。
私は、''変わってんな''なんて、田中君にだけは言われたくなかったと思いながら、体の力を抜いてボサッと彼を見ていた。
夕焼けが差す教室に、トントンとカチカチと、田中君の作業音が溶け込む。
「……俺の名前知ってたんだ」
作業をしながら田中君が呟いた。
「え?あぁ、まー……」
私はだらけた体をピンと伸ばして答える。
「え? なんて?」
「あ、やぁ、私と同じ名前だから覚えた」
さすがにちょっとした有名人だからとは言えず、咄嗟に違う理由を考えた。
「え、あんた田中っていうの?」
田中君が作業を止めて、私を見た。彼の目が初めて私の全体像をとらえた。
いつもよりも大きめに見開かれたつり目がちな目は、小学校の時に学校で飼っていたウサギの目に似ていた。
「うん、田中結月」
「結月て漢字どんな?」
「結ぶ月」
「はは、すごい。名前も一文字違いだ」
そう言って田中君は笑った。
笑った顔は、全くウサギっぽくなくて、キツネみたいだった。
最初のコメントを投稿しよう!