6980人が本棚に入れています
本棚に追加
/714ページ
「戸津田、ちょっと、職員室、来れるか?」
「……はい」
昼直前の授業は担任じゃなかった。
なのに、教室へ担任がわざわざ来て、玄を手招いて連れて行く。
元生徒会だし
成績ダントツの秀才君だから
担任だけじゃなく教師も一目置いてるキャラだから、職員室に呼ばれるのも珍しいことじゃない。
俺は、昼飯、一緒にっつうのは無理そうだなぁって思いながら、担任と一緒に教室を出て行く玄を横目で見てた。
「こんがり焼けてんなぁ」
俺の視界に豊島が入ってきて、そっちに話を合わせつつ、なんとなく、担任に呼ばれた時の玄の横顔を思い出していた。
凛として、強い眼差し、あれはあんまり教室じゃ見せないものなのに。
むき出しになった強さは俺の前か、太鼓の時くらいしか晒さない。
「ねぇ、ねぇ、戸津田君、呼ばれちゃったね」
女子のコソコソした声が玄の苗字ひとつで、俺にとっては大音量になる。
俺の耳にそこだけ飛び込んできて、代わりに豊島の声が聞こえにくくなる。
「やっぱ、進路のことじゃない? 今朝、その話、職員室でしてたもん」
進路?
大学だろ?
どっか、すっげぇ頭の良い大学に行くんじゃねぇの。
「だって、今から進路変更なんでしょ?」
は?
今、なんつった?
「でも、戸津田君なら大学いくらでも選べるもんね」
「でもさ、その大学が芸術大学って……なんで? って感じじゃない?」
芸、術?
は?
なんで、あいつが芸大?
「んでさぁ、ユリがさぁ、海で」
豊島の声がどっか壁一枚隔てた向こう側から聞こえてくる。
玄が、芸大?
あいつ、芸大に行きたかったのか?
意味わかんねぇぞ。進路を変更したってことは、つまり、最初はそこじゃなかったんだろ?
「おい、風雅? 飯、食わねぇの? どっか痛いんか?」
俺は何も聞いてねぇ。
「ちょっと……わりぃ」
そう豊島に言った自分の声すらなんか遠かった。
最初のコメントを投稿しよう!