第110章 俺は、知らない

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「戸津田、ちょっと、職員室、来れるか?」 「……はい」 昼直前の授業は担任じゃなかった。 なのに、教室へ担任がわざわざ来て、玄を手招いて連れて行く。 元生徒会だし 成績ダントツの秀才君だから 担任だけじゃなく教師も一目置いてるキャラだから、職員室に呼ばれるのも珍しいことじゃない。 俺は、昼飯、一緒にっつうのは無理そうだなぁって思いながら、担任と一緒に教室を出て行く玄を横目で見てた。 「こんがり焼けてんなぁ」 俺の視界に豊島が入ってきて、そっちに話を合わせつつ、なんとなく、担任に呼ばれた時の玄の横顔を思い出していた。 凛として、強い眼差し、あれはあんまり教室じゃ見せないものなのに。 むき出しになった強さは俺の前か、太鼓の時くらいしか晒さない。 「ねぇ、ねぇ、戸津田君、呼ばれちゃったね」 女子のコソコソした声が玄の苗字ひとつで、俺にとっては大音量になる。 俺の耳にそこだけ飛び込んできて、代わりに豊島の声が聞こえにくくなる。 「やっぱ、進路のことじゃない? 今朝、その話、職員室でしてたもん」 進路? 大学だろ? どっか、すっげぇ頭の良い大学に行くんじゃねぇの。 「だって、今から進路変更なんでしょ?」 は? 今、なんつった? 「でも、戸津田君なら大学いくらでも選べるもんね」 「でもさ、その大学が芸術大学って……なんで? って感じじゃない?」 芸、術? は? なんで、あいつが芸大? 「んでさぁ、ユリがさぁ、海で」 豊島の声がどっか壁一枚隔てた向こう側から聞こえてくる。 玄が、芸大? あいつ、芸大に行きたかったのか? 意味わかんねぇぞ。進路を変更したってことは、つまり、最初はそこじゃなかったんだろ? 「おい、風雅? 飯、食わねぇの? どっか痛いんか?」 俺は何も聞いてねぇ。 「ちょっと……わりぃ」 そう豊島に言った自分の声すらなんか遠かった。
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