プロローグ

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プロローグ

 森のなかには罠が待っている。 「そこに行ってはだめ」  由佳は叫ぶ。しかし声は闇の中に吸い込まれていった。  真綿を敷き詰めたような雪が、月明かりを孕んで闇の底を蒼白く浮かび上がらせている。 その上をひたひたと進んでいく二つの影のあとを由佳は追いかけた。ひとりは栗色の髪を少年のようにばっさりと短く切り、青白い項のあたりがなんとも寒そうにみえる。  もうひとりは砂金のように煌めくブロンドの髪を背中のあたりで無造作に束ねていた。どちらも幼さをまだ表情に留める少女だった。  二人は巧みに手綱を操りながら、木立の間を縫うように馬を森の奥へと進めていった。  白い衣装をまとった高い樹々が、身震いするように枝に積もった雪を落とすと、栗色の髪の少女は背に負うた大剣の柄に手をやり、不安げに周囲を見回した。  次第に勾配がきつくなり、馬が息を荒げはじめた。それを励ましさらに登っていくと、やがて木立が開けて、丘の頂きに達した。  するとそこには息を呑むような満天の星が広がっていた。目を下に向けると、ぼっかりと開いた暗緑色の穴のような湖がみえた。その向こう岸には二人が目指す漆黒の双子の塔が、暗い湖面に黒い影を落としている。  冬の精霊の吐息のような冷たい風が湖から吹あげてきて、ブロンドの少女の髪を揺らした。少女は馬の歩みを緩め、もう一人の少女に並ぶと、毛皮の襟巻きを外して、その青白い首筋に掛けてやった。掛けられた少女は上気した頬を見せまいと、顎を上げ白い息を吐き出すと、馬を走らせ坂を駆け下りた。ブロンドの少女がそれを追う。馬の跳ね上げた雪が舞い上がり、きらきらと銀色の軌跡を描くのを由佳はじっと見つめていた。  時計は午前四時半をさしていた。いつのまにか眠っていたらしい。マウスに触れると、ハードディスクが低く唸りはじめ、ディスプレイが輝きを取り戻した。  このところ立て続けに夢を見る。とてもリアルな夢だ。  今までだって夢はみた。深く感動した小説を読み終えると、必ず自分がその世界の中に居る夢をみた。  しかし今度の夢は違う。読んだ小説のどの世界とも違う世界の夢だ。そこに居るだけで、哀しみに胸が締めつけられるようだった。そしてなによりも違うのは、その世界に自分がなにかの役割を背負っていることを自覚していることだった。それがなにかはわからないが、たしかに伝えるべきことがあることだけは確かだった。
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