change a past of mine ->

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腕の付け根の内側、ウイングカラーの白いシャツがぬるく濡れていた。肌がその湿り気に触れる度、己が緊張していることに気づかされる。掌にも汗が滲み、背筋は反るほどに伸びていた。喉がからからだ。 緊張するのも当然だろう。僕は未婚だ。 言うまでもなく準主役として披露宴会場へ入場するのは始めて。 己の披露宴ではないとはいえ、いや、だからこそ緊張する。せめてもの救いは招待客に彼女の両親が含まれていないことだろう。 隣の彼女が僕の腕を取った。僕の肘に細い腕を絡めてくる。 彼女こそが本日の主役だ。 彼女も緊張しているようだった。高揚しているようでもあった。爪先を見つめる僕の視界の端の端で、彼女は怯えているようにも、微笑んでいるようにも感じられた。 まだその顔をまともに見られていない。 斜めにすべらせた僕の視線は、純白のドレスよりもさらに白い、ほっそりとした彼女の首の下、鎖骨の辺りで止まる。 ――いけない。業務に支障が出てしまう。 僕は上げかけた視線を素早く己の爪先へ戻した。見るまでもなく彼女が美しいということは分かっている。緩やかな曲線を描く鼻梁は涼やかだったし、目は大きくて丸かった。しかもそれは数時間前、素面であった彼女を一瞥した印象だ。今は初対面の時とは違って、その美しさは最大まで引き上げられていることだろう。そんな彼女を目の当たりにしてしまったなら、僕はふりではなく本当に心惹かれてしまうかもしれない。 ――ダメだ。きっちり依頼に応えなければ。 彼女への同情が一層その思いを強めていた。それにしても彼女ほど美しい女性を袖にするなんて、一体どれほどの色男だというのだ。僕には全く信じられない。 ふうぅ。大きく一つ、息を吐いた。深く、長く、そしてひっそりと。彼女に気取られないように膝の震えを抑えようとした。今日ここで彼女を支えることこそ僕の仕事だ。その僕が震えているなんて情けないではないか。 けれどそんな主の思いに反し、身体は小さく早い揺れを刻む。 これまでの二九年の人生において、僕はこれだけ眩い光のもとに晒された経験がなかった。初めて直面した目に痛いほどの白さに、全身の細胞が驚いている。その混乱のほどは、深呼吸の一つや二つで到底おさまるものではなかった。祈りにも似た僕の命令は、細かく震える手にも足にも届いてくれそうにない。
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