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「んっんー!やっとだね……やっと」
体を伸ばした若い女性はなにかを思い出すように遠い目をしながら晴れ渡った青空を見上げた。
「喜ばしいことなんですけど喜んでばかりもいられないところが喜べない所ですよね」
隣に立った若い青年は苦笑いを浮かべながら頬をかいていた。
「喜ぶときは素直に喜ぶ。人生を楽しむコツなんだからね」
「素直か。まさか英理子からそんな言葉が出てくるなんて驚きですね」
「う、うるさいわよ!バカユウト!」
茶化す雄仁を怒るその姿は付き合い始めた時から変わらない二人の形だった。
「大学で必死に経営とバリスタの勉強して、喫茶店でバイトしながらお金貯めて、卒業してから数年日本各地の喫茶店を巡ってようやく開店ですね僕たちの喫茶店!」
「シャノワール。まさか文化祭のあの喫茶店の名前をそのまま使うなんてね」
「いいじゃないですか、夢の原点なんですから」
「それで?返済の方は?」
「大丈夫です。リンと姫にはちゃんと話してあります」
「姫ならわかるけどまさか凜華さんが開店資金を貸してくれるなんてね、しかも無利子無担保で」
「あぁ、それなら僕の人生が担保になってますから大丈夫ですよ」
「……初めて聞いたんだけど!?」
驚いた英理子は勢いで雄仁の胸ぐらを掴んだ。
「いつつ、返済が一回でも滞ったら店は畳んでリンの所で働く所が決まってますので安心してください」
「……意味がわからない。頭が痛い。胃が痛い」
「ははは、大丈夫ですよ。僕たちにはあのノートがありますから」
「未来ノート。そうね百冊は越えたもんね」
「それに人生を賭ける程の気持ちがないとやっていけませんから」
「ふふ、それもそうね。さてさてユウトを奪われても困るから頑張りますか!」
「はい!僕たちの夢はこれからですよ!」
笑顔を交換しあった二人は喫茶店シャノワールの中へと入って行った。
数年後喫茶店シャノワールでしか飲めないオリジナルのコーヒーが大ヒットしたとか、全国にチェーン展開したとか、王室御用達になったとか、様々な話があったが真実は定かではない。ただひとつ、その喫茶店では仲のいい夫婦の声が絶えることはなかった。
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