Straw Man

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 「ゆく川の流れは絶えずして、しかももとの水にあらず」っていうあの冒頭は、つまりはパンタ・レイ、同じ川には二度入れないってこと。  そんなことを言えば人類は常に細胞をとっかえひっかえしている訳で、僕らは同じ人間には二度と会えないということになる。  少なくとも、人間を物質として捉えるならば、昨日Aと今日Aは全然違う。当然明日Aも異なるものだし、一昨日Aや明後日Aだって全く別だ。  それら集合Aの共通項は、お互いが違う存在であることを大して気にしていないこと。僕らはそういう、誰かからすれば大事なことを、誰かからすれば大事でないというだけでスルーしがちな傾向にある。  飛行機はなぜ飛ぶのかだとか、全身麻酔はなぜ効くのかだとか、タイムマシンはなぜ遡るのかだとか。たとえそこら辺が曖昧でも、「使えるんならそれでいいや」と唱えて終わる、事なかれ主義なのだ。  ある日、未来から目出し帽を被った未来人がやって来て、偉そうにふんぞり返り、時は満ちた。お前ら過去人にタイムマシンの作り方を教えよう。とか抜かし出す。  なんだと、それは大変だ。と過去人たる現代人は俄に騒ぎだし、未来人にへいこら頭を下げながら言われた通りに材料を組み立てる。  そうして特筆すべきところもない山や谷を乗り越えて、さぁタイムマシンの完成だ。これで君たち過去人も過去へ遡れるようになるだろう。今ここに私の任務は完了した。とか未来人が満足気に頷いて、現代人は万歳三唱、人類の叡智の勝利だ! とか叫び出す。  はてさて、いささか名残惜しいが、私はもとの時空に帰らねば。さらばだ過去人の諸君。と未来人がいそいそ彼のタイムマシンに乗り込む段になって、ここでようやく一人の科学者がおずおずと手を挙げる。  あのぅ、これはどうして過去へ行けるのでしょう。  分からない、私も未来人にタイムマシンの作り方を教わっただけだからな。と、未来人はさして気にしてない風で返答する。しかし、だからといって特段困ることもないだろう。現に私は、こうして過去へ遡っているのだから。  先の科学者の一言で瞬間不安になった現代人も、なんだ、それなら問題ないやと胸を撫で下ろす。そして未来人は帰っていった。  諸手を振って未来人を送り出し、さぁこれからどうしようかという話になった時、これまた例の科学者がとある事実に思い至る。
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