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気がつけば、宵闇が背後から忍び寄り、狭い路地裏の其処彼処(そこかしこ)に灯りが点いていく。
表通りから離れているというのに、人通りはそれなりに多い。
濃い化粧をした女たちが往来する者の袖を引き、店に呼び込もうとすれば、ほろ酔い加減の男たちは下卑た笑みを浮かべ、それに応える。
何処からか漂う強い香辛料の匂いがつんと鼻の奥を刺激し、眼に涙が沁みる。
そんな退廃的な喧騒の中、男が一人、道を急いでいた。
決して大柄ではないが、均整の取れた身体と無駄のない身のこなしは、男がただの酔客でないことを明白にしていた。
整った顔付きに意志の強そうな瞳が印象的な歳若い男は、内心ひどく焦っていた。
依頼者との交渉に手間取り、思った以上に時間を取られ約束の刻限に間に合いそうに無かったからだ。
待ち合わせ場所にいる相棒のこと考えると、言いようの無い不安に駆られる。
一人にしておくと、必ずと言っていいほど厄介ごとに巻き込まれる性質だったのだ。
まあ、あいつだって、最近はこちらの様子に慣れてきていたし、ユーリスの奴も付いている。めったなことは起こらないだろう。
そう、自分に言い聞かせて男は先を急いだ。
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