第1章

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  僕の姫君 きれいな桜の花びらがコンクリートの道路に舞い、まだ慣れていない新しい制服に身を包んだ学生達がはしゃぎながらそれぞれの学び舎へと向かう。 四月中旬。春、というには随分と高い気温。そんな中を多くの学生や新社会人が新しい生活に心躍らせ、各々の思いを胸に暑さなんか知らないとでも言うように、街を歩いていく。しかし、それとは対照的に男はその大きな身体をくの字に曲げながら、ぼんやりと歩いていた。男は道行く彼らと同様、スーツを着こなし身なりこそきちんとしているのだが、纏った陰気な雰囲気のせいで二十代半ばだというのに、傍から見れば十も二十も老いて見える。 彼、タケヤは現在危機的状況に陥っていた。 タケヤは去年大学を卒業したばかりだったが、本人のやる気のなさとあまりにも遅すぎた就職活動のせいで結局、就職先が決まらずフリーターになってしまった。 特にやりたいこともなく、彼自身、無趣味でそれほど金を浪費するようなこともなかったために生活にも困らず、そのフリーター生活をだらだらと十ヶ月近く続けていたのだが。つい二ヶ月程前に職場のチーフと些細なことで口論になり、否応なくフリーターからニートへと進化する破目になったのだ。 挙句、まだ貯金があるから大丈夫、などと高を括っていたらいつの間にやら、預金残高は底を尽き、財布の中身も空っぽ同然。携帯まで止められ、明日の行く末もわからぬ状態になってしまった。 「はぁ……」  本日何度目の溜息だろうか。タケヤは一休みしようと古びた公園に立ち寄り、塗装の剥げたこれまた古臭いベンチへと腰を下ろす。  いい加減に危機感を持ち、今日こそは仕事を見つけようと、家から出て駅のほうまで来たのはよかった。しかし、なかなかいい職場が見つからない。本当ならなりふりかまっていられるような状況ではないので、片っ端から履歴書を送るくらいのことをしなければならないのだが。  タケヤは着ていた背広を脱ぎ、ベンチに掛けるとネクタイを緩めた。そして、ぼんやりと空を仰いで一言。 「やっぱやる気起きねぇな」  これである。餓死あるいは衰弱死という命の危険があったために、やっと重い腰を上げて就職活動を始めたが、実際、タケヤという人間はいつだって無気力なのだ。本人にも自覚はあるし、まずいなぁとは思っているものの、どうしても積極的に動くことができないうえ、やる気というものがまったく起きない。
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