第1章

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 俺の家は凄く貧乏だったから、何が満たされていないか 考える暇も特になかった。おふくろが他に男を作って、 どこかへ居なくなってから親父と二人で毎日、饂飩だった。  親父は仕事で俺を食わせるだけで精一杯だったし、 そんな事はよく判っているし、珍しくもないし、普通だ。 普通じゃなかったとすれば。  鍋焼き味噌煮込み饂飩。熱くねえか?  今日も、うんざりだよ。  偶にそういう日があったんだ。タマゴとか掻揚げとか、 淡い期待の夢とかを、味噌でクタクタに煮込むんだ。 親父は笑わない人だったけど、俺をよく殴ったけど。  美味いか?味、濃くないか?  そういう時だけ真剣に訪ねるんだ。笑っちゃうよな。 当然の如くというか、俺は親父を残して一人で暮らした。 今日、食ってるかな。明日は寒いぜとか、思う余裕も無い。  学費なんて生きていたいなら、払えるわけが無い。 家賃は人生の三分の一。生きるのに三分の一。 残りの三分の一は必要経費でおしまい。ほんの少しでも。  風邪ひいてねえか。無理してねえか。  親父から連絡がなくなって、薄情だけど田舎に帰れない。 帰る所なんてない。親父に苦労をさせるのは嫌だった。 だから、死に目に会えなかった。静かな葬儀で済ませた。  最後まで貧乏だった。お金じゃなくて、心が寒かった。 熱いモノが食べたかった。そう思っていた。でも親父は。 少しだけ違っていた。そういう気がした。  遺書ではないが、最後におふくろの居場所が判った。  報告のつもりで、腹違いの弟に会いに行ったのだが、 弟も入院していたので、おふくろとは病室で会った。 初対面した弟の意識は無かった。兄弟だが兄弟と判らん。  事故だったけど。どこの誰か知らないけど。良かったな。  おふくろは率直に。「あんたならよかったのに。」と。 それが俺のことなのか、親父の事なのか判らなかった。 弟が無事に退院して、親父の財産は何もなく。話す事なく。  鍋焼き味噌煮込み饂飩。食って帰ろうって思った。 貧乏って痛み。ズキズキする事。誰かを傷つけても生きる。 それはわかるよ。弟の命に別状はないようだし。  でもさ。憎しみあって食う饂飩が美味いわけない。
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