第1章 東風 ~彼女は煙草の香り~

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夜11時、不意に玄関チャイムが鳴った。 その後すぐ、アパートのドアを叩く音が部屋に響いた。 大学2年の高村颯(たかむら そう)は、風呂上がりで、パンツ一枚という格好のまま 飲もうとして開けたばかりの缶ビールをテーブルに置いた。 こんな時間に一体誰がと、Tシャツとハーフパンツを 身に着けると、訝しげにドアを開ける。 そこに立っていたのは、敬治さんの彼女、遠山葉月(とおやまはづき)だった。 「どうしたんですか?」 年上の葉月に、一応敬語で尋ねる。 葉月は、前に一度だけ、杉崎敬治(すぎさきけいじ)に連れらられて、 颯のアパートに来たことがあった。 「電車、なくなっちゃったんです。」 他人行儀なのか、癖なのか、たまきは、誰に対しても敬語を使う。 「敬治さんとこ、行けばいいじゃないですか。」 「だって、あの人、別の店に飲みに行くって。」 どう対処していいか分からずに、颯はその場に突っ立っていた。 「こんな所で立ち話も何だし、入っていいですか?」 「あ、はぁ、どうぞ。」 それはオレの台詞だろと思いつつ、颯は部屋へと招き入れた。 「合鍵とか、持ってないんですか?」 後ろ手に鍵をかけながら、葉月の背中へ問いかける。 「ん、なくした・・・」 ひと間のコタツがある居間に通し、座布団を差し出す。 脱ぎ散らかした服を急いで、洗濯機に放り込んだ。 「だって、あの人、ひどいんですよ?。ふふふ。」 出された座布団にペタンと座り、思い出し笑いをしながら、 独り言なのか、颯に向かってなのか、葉月はお構いなしに話し始める。 「酔っ払ってんですか?」 まったく、しょうがねぇな。人のアパート転がり込んで、のろけ話かよ。 それに、敬治さんに何て申し開きすればいいんだよ。この状況。 苦々しく思いながらも、冷蔵庫から水のペットボトルを出して、 ドンと葉月の前に置く。 「ありがと。高村君は、優しいんですね。」 「・・・気ぃ、使ってるだけです。」 「ふうん。」 不満気に口を尖らせる。 「どうすんですか?送って行きますよ。」 酔っ払いをバイクの後ろに乗せるのは、気乗りしないが、 このまま泊まるつもりじゃないだろうし。 「え~!寒いからもう外出たくないですぅ。」 コタツ布団を引っ張り上げて、天板に身体を投げ出した。
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