0人が本棚に入れています
本棚に追加
/7ページ
家に向かう途中、終始緊張しているヒロとは対照的に、そんなヒロの姿が、そしてなによりスーツ姿のサラリーマンも、おしゃれに決めてる若者でさえ、キャプテンマークを巻いている状況が可笑しくて、笑いを堪えるので必死だった。
ヒロの家に着くと、今度は僕が緊張する番だった。そこはとても大学を出て2年の男が一人暮らしをするような家ではなく、1LDKでリビングも20畳はあろうかという家だった。テレビの前のソファーとは別に、食事をとったりするためであろうテーブルと椅子が4脚あった。
「とりあえず適当なとこ座って」
と言われても、どこに座れるのが正解なのかわからず、少し立ち尽くしてから僕はテレビの前のソファーを選択した。
「お前どこ座ってんだよ。のんびりテレビでも見る気か。こっち来いよ」
……間違えた。
「適当にって言ったくせに」
ぶつぶつ文句を言いながら、ヒロに言われるままにテーブルの方の椅子に座った。
「それにしてもすごい家だな。一人暮らしだろ?」
「そうか? こんくらい普通だろ」そういいながら得意気な表情を浮かべるヒロの姿は、とても街中をびくびくしながら歩いていた男とは思えず、高校時代のヒロそのものだった。そんなことを考えているうちに僕の緊張はどこかにいってしまい、ヒロがあのキャプテンマークを外していたこともようやく気付いた。
「ねぇ、てかそれ今はやってんの?」
「え?」
「キャプテンマークだよ」
「ああ。これね」
「まあヒロがその恰好でしてんのはわかんだけどさ、普通の恰好の人もちょいちょいしてるの見かけたから」
「おい、それじゃ俺が普通の恰好じゃないみたいだろ」
「ああ、いや、ごめん。そういうわけじゃ……」「当たり前だ」
「でも、スーツ姿にこれしてる人見たときはさすがにびっくりしたよ」
「まあ、そのことはおいおいな」
「いいだろ教えてくれたって」
「物事には順序ってもんがあんだよ」
「順序って何?」
「だからそれを今から……いいから座ってろよ」「……うん」
ヒロと一緒にいると、僕は一切話の主導権を握ることは出来ない。本当はヒロが話したくてしょうがない話を僕が聞いてやっているはずなのに、僕は見事にヒロのペースに乗せられ、いつの間にか餌の前で待てをさせられている犬の様になってしまう。
最初のコメントを投稿しよう!