【6】喪失 

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あれは戦後間もない頃。 人々が凝り固まった戦争への呪縛から解き放たれようとしていた頃だった。 「さっちゃんは、実家に帰るの?」と公子小母が聞いた。 その様子がとても寂しそうで、反射的に答えていた。 「帰らないわ、小母さんの所にいる」 「でも、いつまでもここに留め置くわけにはいかないわ。だって、さっちゃんはお年頃だもの。早くお婿さんを見つけて嫁がないと」 言いつつ、公子小母は少し涙ぐんでいる。 当時、公子の小父も、息子も、消息が知れなかった。 今頃何をしているのか。無辜の市民には突き止めようもない。生きているのかもわからない。 心細がっている小母の力になりたかった。 「小父さんたちが帰ってくるまで、ここにいる」 「ごめんなさいね、さっちゃん」と言って、公子小母は本当に泣いてしまった。 戦争時もふたりで支え合って生きてきた、今さら離れて暮らすなどできるはずもない。 戦火で消失した部分を寄せ集めの材木やトタンで補強して、何とか体裁を整えた。近所の人たちも助けてくれた。 苦しい時を励まし合って暮らしてきた者同士だ、これで平和な時が来る。励まし合った。実際のところ、これからどうなってしまうかなど誰にもわからないから、なじみの者の好意は身に染みた。 米国に占領されたら日本は消えてしまう、植民地化の現地人のように差別されるかも知れない。 けれど、いつ爆撃機が飛んできて、爆弾を落とされるかもわからない夜や空襲警報に怯える日々はなくなる。それだけでも良かった。 人の興味が次の配給や日々の出来事が主なものになり、肩から力を抜いた時だった。何かと理由をつけて、公子小母の元を訪ねてくる男が現れたのは。
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