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ぴんと張った冷たい空気を心地よく感じながら、朝、ユーリを伴なって、池のほとりに向かう。冬の初めの匂いがする。 夏には青々としていた木々はほどんどの葉を失い、わずかに残る葉も茶色く色褪せている。風が吹くと落ち葉がしゃらしゃらと滑るように移動し、その音が耳を擽る。先に落ちた葉が朽ちる湿った土壌の匂いが冷たい空気に浄化されて鼻腔に届く。陽の当たる角度が変わる度キラキラと光を反射させ、さざめくように揺れる水面を横目に見ながら、僕たちは進む。 空気は透き通っていて、光も、音も、香りも、気持ちさえも、その輪郭をくっきりと伝える。すぅっと冷たい空気を体に染みわたらせるように、肺いっぱいに息を吸った。 もうすぐ、制服姿のあなたが見えることを知っている。あのカーブを抜ければ、深緑のベンチが見える。 ゆっくりと息を吐き出す。 薫はこちらを背にして立ち、池の方に視線を向けていた。 慎重に足元の幅を定め、丁寧に手元に視線を落とす。それから水面(みなも)の先に目を移し、あなたには見えている的を射るように焦点を合わせる。正しく雅に上げられる腕を僕は見つめる。ゆっくりと美しく体を開くその手には、実物と感じられるほどにしっくりと弓が握られているのだろう。指の先にまで神経が張り詰められているのが伝わり、瞬きもせず矢が放たれるのを待つ。 しなやかな指がぱっと自由になるのと同時に、僕は見た。水面をどこまでも滑りゆく矢を。その矢を追いかける、あなたの澄んだ眼差しを。
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