310人が本棚に入れています
本棚に追加
/76ページ
先日、私と登山仲間の先輩とが、北アルプス穂高連峰での山行中に経験した話です。
その日は穂高連峰の北に位置する槍ヶ岳から稜線を伝って奥穂高岳へ抜ける縦走ルートを計画していました。
ルート上には南岳と北穂高岳を結ぶ、大キレットと呼ばれるV字状に切れ込んだ岩稜帯があります。
痩せた岩稜が連続するこのルートは、一般登山道としては屈指の難易度を誇り、毎年滑落による死者が絶えません。
当日の朝こそ太陽が顔を覗かせていましたが、南岳に達する頃には濃霧に覆われ、雨も滴り始めました。
予報より3時間も早い雨です。
私達は文句を垂れながら雨具を纏い、互いの身体をザイルで結びました。
キレットは岩肌に梯子や鎖が取り付く厳しい下りで始まり、一気に200m程下るとキレットの最下部、コルまでアップダウンが続きます。
足を踏み入れて1時間もしない内に雨風は強まり、私達の身体を容赦無く撃ち始めました。
ここで引き返す選択肢もありましたが、体力は十分であるし、今日中にはキレットを越えておきたい。
霧の中にぼんやりと浮かぶ岩山は私達を阻むように佇んでいましたが、私達はそれへ足を向けました。
岩肌に取り付くようにして岩山を登り始めると、頭上から微かに男の声が聞こえてきました。
登山シーズンは過ぎているし、このような天候です。
私達以外にも先を急ぐ者、物好きがいるんだなと考えながらも、私は久々の山行者との出会いに心を踊らせていました。
最初のコメントを投稿しよう!