第1章

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「すごい、凛子さん」 取り出されたいかにも年代ものを感じさせる風呂敷包みが解かれて木箱が露わになると、僕は興奮のあまり思わずアームチェアに降ろしかけた腰を再び浮かせてしまった。 桐の20センチ立方程度の、平たい蓋には掠れた筆文字で『紫玉』と二文字。 手袋をはめ、若干震える手でそれを取り上げると、絹に包まれて出てきた一脚の器。 花器とも茶碗とも言えるやや浅型で小型のそれは、何度重ねられた釉薬によって複雑な色合いを現しながらしかし、遠巻きに見ると艶やかな紫色。 この作家の代表的な特徴だ。 「これが噂の『遠藤紫玉(えんどうしぎょく)かあ…。 これもご自宅の蔵から出て来たの?」 「ええ、そうよ。 相変わらず変なのばかり出てくるわ。 やっぱり頭おかしかったのね、あの爺様」 顔をしかめる美女。 歳は確か40過ぎと聞いていたが、そんな顔をしても全くそれを感じさせないのは、元々の体質故か、かけられた金額故か。 「そんな爺様のおかげで貴女は好き放題出来てるんでしょうが。 今日だってこの後、銀座にでも行ってまたバッグ増やすんでしょう? で、僕のところにこれを持ち込んだ、と」 皮肉たっぷりにニヤリと笑って見上げると、彼女は逆に胸を張って見返して来た。 「あら、これはボランティアよ。 気味悪がって手を付けることも出来無い子供達からしたら、どんどん父親の遺したガラクタを他人が処分してくれるんだもの。 ついでにお小遣い貰えるんだから、感謝されこそすれ、文句言われる筋合いもないわよ」 清々しくすらある美しい笑顔に、もうこちらは苦笑するしかない。 彼女、久原凛子(くばら りんこ)は都内在住の資産家夫人。 正確には2年程前に夫を亡くし、未亡人。 元舞台女優、銀座のホステスをしていた彼女が、離婚後独り身だった30歳上の資産家と結婚、と書くとまるでありふれた昼ドラのようだ。 財産目当てと揶揄されてもおかしくない家庭状況だが、不思議なことに彼女は老夫の死後もその子供達と一緒に暮らしている。 そしてニ、三ヶ月に一回くらいの割合でこの店にやってくるのだ。 亡夫の遺品を携えて。
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