初デート

15/15
111人が本棚に入れています
本棚に追加
/165ページ
「――なんでそういう事言うかな」 俯いたままの私の頭のてっぺんに、困ったような声が降ってきた。 「……ごめん」 当然だよね。 もう家を目の前にして、何を言い出すんだか。 笑ってバイバイしなきゃ。 ちゃんと楽しかったって心に残るように。 今日はありがと、楽しかったって。 顔を上げようとして、途中で固まった。 一瞬で彼の、腕の中にいて。 「このままさらいたくなるじゃん」 そんなことを言いながら、髪を撫でる手がとても優しくて。 『素直にチューしてって言えばいいじゃない』 昼間聞いた亜樹の言葉が、頭を過ぎった。 そんなの、恥ずかしくて絶対無理だけど。 でも今私が顔を上げれば。 ――キスの、距離だ。 自分から口にする勇気なんかなくて――、そこまでしてまでキスしたいなんて思ってない、なんて。 嘘。今は。 もぞもぞと腕の中で動いて、顔を上げようとした。 「……んっ!」 それを無理やり阻止するみたいに頭を押さえ付けられて、まさかの事態にびっくりして変な声が漏れる。 「莉緒、駄目今は」 「……え?」 「ちょっと待って。――勘弁してよ」 ――え。それは、どう、いう……。 血の気が引いた。 しちゃいけないことだっただろうか。 家の前だから? 人が通るかもしれないから? こんないつどこから人に見られるかも分からないようなとこで、キスをせがむなんて……はしたない? 「や……ごめんなさ……」 嫌わないで。 微かに震えた私に、彼は「違う」と呟いた。 「今、俺の方が余裕ない」 肩に重みがかかって。 耳元で、甘えるような声で彼が言った。 「キスには続きがあるって、莉緒はちゃんと知ってる?」 ――数秒遅れて意味に辿り着いた私を襲った過去最大級のボンッは、安堵と期待と羞恥と。 ほんの少しの、怖さまじりだった。
/165ページ

最初のコメントを投稿しよう!