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「ここは何処なの? 早く帰らなきゃ、夜が明けちゃう、明日も仕事なのよ…」
見回す周囲には、建築物らしいものは一つもない。
……いや、もしかしたら目に留まらないだけで存在するのかもしれないが、連綿と地平線の果てまで広がるススキ野原を前に考えるのを放棄した。
淡く白み始めたインヂゴの空を見上げて促すが、この時…初めて狐侍は無言になった。
「ねえ、帰らなくちゃ。明日も仕事があるの、朝になっちゃう」
心なしか震えている横顔に不安を感じた私は、意を決して彼の膝に登り、目線の高さを合わせた。
鼻先に触れるとふかふかと柔らかくて、やはり微かに震えていた。
「もしかして、帰れないの?」
『うっ……うむむ…』
尻尾が逆立った。どうやら図星のようだ。
「困るのよ、突然誘拐されて『帰れません』なんて!」
このままでは、無断欠勤以前に行方不明者として処理されるだろう。そんなの御免だ!
「ここはどこ?」
『眞魔界という、妖や神仙が暮らす世界だ』
「なんで私は此処に拐われてきたの? あの動物擬きが言っていた“ヒノエンマ”ってなに?」
『…知らなんだか?』
「うん。知らないから、教えてよ…」
救い出してくれた彼に八つ当たりをしても仕方がないことは分かっている。
これは私の悪い癖だ。一度カッとなると噴き出した激情はなかなか止まらない。
『丙午の年に生まれた人間の娘は強い火の気を持つ。手に入れたものは火の加護を得ると、此方では云うんだが…お前は知らなかったのか』
宥めるように撫でられて初めて、私は自分が泣いていることに気づいた。
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