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白いだけの病室に、骨ばった体を横たえるのは私の妻だ。
さほど大きくもない、一般的な病室のベッドが妻が寝ることによって大きく見えた。
妻のこけた頬を、手の甲で撫でた。妻は眠っていて、何の反応も返さない。
元気だった頃、彼女は活発でお喋りだった。私からすれば驚くほどに動き、その様はまるで自由な鳥のようだった。
何度も逃げられることを危惧し、その度に彼女は言ったものだ。
「……わたしはどこへも行きませんよ、か」
今にも羽ばたいてしまいそうな、危うげな妻。力の限りに抱きしめ、逃げないように繋ぎ止める事ができれば。
首を振り、妻の額を今度は指先でなぞる。
止まることを知らぬように、さえずる小鳥のように話をしてくれた妻の唇はもうほとんど言葉を紡がない。
「昔は、お前の方がお喋りだったのに」
目を閉じれば、妻が明るい笑顔で話している。過去の残像だ。
目を開くと、妻は白い顔で眠っていた。
「今日は、どんなことを話そうか。起きたら、体を拭いて、服を着替えよう。ああそうだ、お前の気に入っていたあの寝間着を着たらいい」
ちゃんと洗ってきたよ、そう呟く。
彼女が元気だった頃、彼女がやっていたことは今、私が自分でやらなければならないことになっている。
洗濯、掃除、食事。目に見えるだけの家事だけでなく、妻は私のために細々としたことをやってくれていた。
私は家政婦を雇っていたのではない。なのに、私は家政婦に任せるがごとく妻に家のことを任せていたのだ。
だから、妻が倒れた時、私は自分のことを満足に自分でできなかった。
「私はお前に、負担をかけていたのだろうか」
妻は固く目を閉じたまま、口を開いてはくれない。意図的な無視ではないのに、私にはそれが返事に思えた。
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