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その人物に心当たりがあり、高広は、
「おい、有坂、おいっ!」
体を反転させて、名前を呼んだ。
手錠の鎖に囚われた右手が、くぐらされたパイプに擦れて耳障りな音をたてる。
「おい、有坂、てめぇ、生きてんだろうなっ!」
この有坂龍一という男が、こんなに無防備に体を晒しているなんて尋常じゃない。
象をも眠らす麻酔弾だって効かないという噂の男だ。
まさか死んでいるのかと、体を揺すれば、
「……くっ」
龍一は小さなうめき声をあげて、眉をしかめた。
「んだよ、生きてんじゃねーか」
生存が確認できた以上、高広に男の体をまさぐる趣味はない。
体勢を戻して、固いコンクリートの床に座り直した。
左手でシャツの胸ポケットを探るが、入れておいたタバコの箱が無くなっている。
どうやら、盗られてしまったようだ。
「ケッ、ふざけんな」
唇を歪めたところで、
「秋場?」
龍一が意識を取り戻した。
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