第1章

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次の授業は音楽で、移動教室だ。移動するのはいつも私だけど。 なんで教室移動って言わないんだろう。 入学式から一ヶ月が経った。 もう5月だ。入学式に見た桜は葉桜になって、みんないつも一緒にいる友達がもう決まってて。 そして私にはそんな友達がいない。 でも、べつに友達がいないわけじゃなくて、いつも一緒に行動するような友達がいないだけなのだ。無理をすれば、そういう人達のことを友達と呼べなくもない。 音楽室まで1人歩く。 私の先を行く2人組も、さっき追い越した3人組も、私より器用なんだ。私には真似できない。 高校じゃ女の子どうしって、何を話せばいいの? 昨日のドラマのことなら、私はそんなの観ていないし。どうでもいいようなことなら、どうでもいいことって何か分からないし。 だからそう、これでいいんだ。 南校舎3階の突き当たりに音楽室はある。その入り口のところに、上級生のスリッパが一つだけ残っていた。色は3年生のベージュ。前の授業の先輩がまだ残っているんだろう。 スリッパに書いてある、読み方が分からない「月輪」の名字が目に入った。変わった名字。 スリッパにまで敬意を払う必要はない。色違いの先輩のスリッパの隣に私のスリッパを脱いで揃える。 教室に入ったらそのままロッカーから教科書を取って私の席へーーーーと思ったのに。なんで。 私の席が誰かに座られてる。 さすがにクラスメイトの顔は分かるから、さっきのスリッパから考えても他に先輩らしき人はいないし、この人が先輩のはず。 って言うか寝てるし。綺麗な寝顔……近づくと聞いてるこっちまで眠くなってきそうな、微かな寝息が聞こえる。 その先輩は机に突っ伏すでもなく、座ったまま寝ていた。よくもまあ、バランスを崩さずに。 黒くて長い綺麗な髪に、対照的な白い肌。口許を可愛くもにょらせている。女の子が無防備に寝顔を晒しすぎだけど、これは減点対象にならなさそうだ。 ともあれ見惚れるように観察してみたけれど、時間は止まってくれない。起こさないと私もこの先輩も困ったことになる。 でも、え、私が起こすの? 例えば先生とかが起こしてくれたりは、 「湯梨(とうり)さん、悪いけどその寝てる月輪(つきのわ)さんを起こしてくれる?」 しないんですね。 「はい……」 嫌ですとも言えない。
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