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しんしん、と白い雪が降る日のことだった。
目の前に立つ彼女の赤いマフラーに黒い髪が少し絡んでいて、それを気にする風に指先で弄っていた。
「ねえ。さっきの話、本当?」
彼女の言葉には不機嫌さが滲んでいて、細い毛束をつんつんと引っ張っていた。
「え?ああ……うん」
「はっきりしないなあ」
彼女ははあ、とため息を吐いて苦笑した。
「昔から、君はそうだよ。はっきりしないんだ。時にはさあ、はっきり言って欲しいこともあるのに」
ごもっともだ。
僕は彼女と目を合わせていられなくて、きょろきょろと落ち着きなく辺りを見る。
彼女は僕の目の前に立って、目を合わせた。
「ねえ。目を逸らさないでよ。君の口からちゃんと言って」
「……うん。今度、さ。引っ越すんだ」
「はぁ。そう。そうね」
勇気を出して言ったつもりなのに、彼女は息を吐いてまあいいや、と言った。
彼女が期待していた言葉は多分もっと別の言葉で、それは多分僕の心の大半を占めているものだった。
けれどもそれを口にするには勇気が足らず、僕は言えない。彼女はそれに気付いているから、呆れたように笑ってじゃあもういいよ、と言うのだ。
優しげに笑って、けれどもその目には呆れを持って。
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