第1章

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「琅様!」  嬌声のうねりを一身に浴びた男がにこりと笑んだ。長く美しい足に履いているのは、銀色に照り輝くピンヒール。 「ようこそ。【小指姫】へ」  悲鳴にも似た嬌声が交錯する。それらを導くかのように、美しい彼の足がステージ上をゆっくり行き来した。その紅い唇から呪文が零れ出る。 「今日の小指姫は誰かな」  女たちが一斉に答える。 「私! 私よ琅様」 「琅様、私を見てぇ!」  幻の靴屋、【小指姫】。都心の雑居ビルの地下にあり、開店日、時間も不定期な謎の靴屋。さらには陳列されている靴を誰もが買えるわけではない。この店の靴を手に入れられる条件はただ一つ。店主である彼、ウォン・琅に気に入られること── 「琅様!」 「琅様ぁ」  美しい靴と、彼自身を求めて女たちが身体を乗り出す。店内のステージ前に女たちが詰めかける様相は、きらびやかな波打ち際を思わせた。彼女たちは、きらめく波しぶきの一粒一粒だ。  そんな女性たちをゆっくりと見回す彼の目が、艶やかな色彩に紛れた奇妙な黒点を捉えた。琅の心身が一瞬にして緊張する。 「!」  女たちをかき分け、二つの黒い影がばらばらと飛び出してきた。手袋をはめたその手が振り出したのは伸縮式の警棒だ。とっさに飛びしさった。ステージ上に乱入してきた男の一人が琅に殴りかかる。女たちの悲鳴が上がる。  とたんに、真横から現れた小さい影が男の膝に蹴りを入れた。不意を衝かれ、バランスを崩した男の胸板に目にも留まらぬ勢いでさらなる回し蹴りを叩き込む。男がステージ上に仰向けに倒れる。小さい人影が男の手に握られた警棒を取り上げようと近付いた瞬間。 「彪(ひゅう)!」  琅が人影に向かって叫んだ。もう一人の男が彪と呼ばれた少年に警棒を振り上げ、突進してきたのだ。女たちの悲鳴。とっさに、琅は両者の間に割り入り、彪を全身でかばった。 「琅っ」  彪が叫んだ。警棒が唸りを上げて振り下ろされる。やられる! 琅はぐっと歯を食いしばり、少年をさらに強く抱えこんだ。 「──」  ところが。  いつまでたっても予想された激痛は襲ってこなかった。おそるおそる顔を上げた琅は目を見張った。  ピンスポットを背に、暴漢を羽交い絞めにした男が立っている。彼は暴漢の首に腕を回すと、暴れる暇も与えないままに絞め上げてしまった。一瞬にして気絶した暴漢がくたりとステージ上に崩れ落ちる。 「……遅いよ。用心棒のくせに」
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