空を渡る点P

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空を渡る点P

 ――あの子はきっと空を渡る。  そんなことを考えた時点で私は敗北している。あの子の神秘性に敗北しているのだ。  たとえば、あの子がただ歩行するときだってそうだ。裸足でアスファルトを蹴るあの子の足の裏には傷ひとつないのだ。なぜならあの子に踏まれると予感したアスファルトは途端に凹凸をなくすからであり、そうでなければあの子には体重という概念がないのだろう。調子外れの鼻歌をこぼして、踊るようにくるくると回りながら歩く姿は見ていて危なっかしい。しかし、たとえばいま、車が突っ込んでこようともあの子はひらひらと躱してのけると確信している。  そんな確信を抱いている時点で、まぎれもなく敗北を喫していると言えよう。  これは信仰に近いものだ。そうでなければならないというアイデンティティの押しつけなのだ。そうさせるほどにあの子は特異性を発露していた。瞳の黒さと対照的に、頭の横で括った髪は腰まで届いて真っ白で、眉も睫毛さえも白かった。染めているんですよ、とあの子は言った。嘘だと私は思った。なぜならあの子は天然でこの髪の色でなければならないのだ。私が信仰するあの子像にせこせこと髪を染める姿などあってはならなかった。  私と初めて会ったとき、あの子は崖の上でオカリナを吹いていた。  だから、私はあの子をピイと呼び始めた。  ピイは幼いが聡明で慎み深い。歳相応に無邪気に笑うし、ときおり慈愛に満ちた表情もする。捉えどころがない。ないがゆえに私は常に覚悟をしながら生きていた。  突然、消えられたって構わないのだ、と。
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