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「どうもね、妊娠の経過が良くないんだって」
とある日曜日。
駅前のファーストフード店で待ち合わせをした私達は、お昼ご飯にハンバーガーを頬張りながら、他愛もない話をしていた。
やがて話が一段落し、二人の間に沈黙が訪れた時。
その沈黙を破るように、彼女が呟いた。
「え?」
「うちの○○さん。よく分かんないけど、体調が悪いみたいで。最近ちょっとね……」
手にしていたストローでカップの中のジュースを意味もなくかき回す。
友人は後妻の事を『お母さん』とは呼ばない。『○○さん』と名前で呼ぶ。
それは、彼女が後妻の事を家族と認めていない、という細やかな反抗なのかもしれない。
聞くと、そろそろ安定期に入ろうかという時期なのにお腹の赤ちゃんの様子が落ち着かず、本人もツワリが酷くて食事もまともに摂れないらしい。そのため、家事も出来ず、横になって過ごす日も増えたと言う。
頬がこけ、目が落ち窪んだその様子は、まだ高校生である友人に恐怖を感じさせるのに十分だった。
「すごくね……怒りっぽくなったって言うか。ちょっとした事で、すぐに怒鳴るようになったよ。私がそばにいる事が苦痛みたいで。まあ、私もあんまり一緒にいたくないから、ちょうどいいんだけど」
当然というか、何というか。彼女と後妻の関係は芳しくないらしい。
自分の父親と不倫をしていた若い女が、ある日突然、自分の家の中に入り込んでくる。その居心地の悪さは、私には想像もつかない。
「そっか……」
「私ね、高校卒業したら家を出るんだ。大学には進まないで、就職する。それで家から遠い場所に住むの。そうすれば、お互いに顔を合わさなくて済むでしょ?」
「おじさんは?」
「お父さんは……○○さんと赤ちゃんの事で頭がいっぱいみたい。私の事なんか、放っておいても大丈夫だと思ってるんじゃないかな」
ガシュ!
友人は引き抜いたストローを、一気に紙コップに差す。紙コップの中のクラッシュアイスが立てた音が、彼女の心の叫びに重なる。
暗くなってしまった空気を変えようと、私は友人を買い物に誘った。少しは気分転換になったのか、別れる時には笑顔で手を振ってくれた。
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