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いや――。
呑気に考えている場合じゃない。
鈴音は、頑張って、自分の気を取り直す。
「あの……、からかわれているわけじゃないと思うけど――」
「あ?」
夏樹に威嚇のような視線を向けられ、つい首をすくめてしまった。
「からかってるわけねーじゃん。俺は真剣だってーの」
それまでひざまずいていたのを、夏樹はグイと立ち上がる。
すると視線が鈴音のずいぶん上になって、ものすごい圧迫感を鈴音に与えた。
「えっと……、あの……」
言いたかった言葉も止まってしまう。
夏樹の胸板がすぐ目の前にあって、とにかくこの距離間にはドギマギする。
夏樹にはこれまで何度も抱きしめられている鈴音だから、その感触がつい思い出されてしまうのだ。
すると鈴音の肩が乱暴に掴まれ、ヒョイと夏樹との距離を空けられた。
肩ごしに見上げれば、真後ろに立って鈴音を引き寄せたのは、春一だ。
「それ以上、鈴音に近づくな」
弟相手だというのに、春一の声はドスが効いている。
「鈴音は渡さない」
春一の夏樹を睨みつける目は、黒スーツの男たちを叩きのめしたときみたいで、
――怖い。
だから鈴音は、
「ごめんなさいっ!」
悲鳴のような声をあげた。
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