2050年【ウイルス性新薬研究施設・2】

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 亡き妻の為に始めたこの実験。  それなのに―――  (結子の向日葵のような微笑みをいつも想像し、この研究に力を注いできた。彼女の為にここまで頑張ってきたのに、全てが水の泡となり……瓦解してしまった……。なぜ、こんなことに、なぜ!)  受け入れ難い現実が、玲人を奈落へと突き落とした―――  エレベーターのドアが開いたのと同時に、佐伯は声を張った。  「新藤博士ー! 早く、シャノンを連れてこっちへ!」  「……。終わった……何かもかも、終わったんだ」  鈴野がシャノンに素早い歩を向けた。しかし、玲人は一歩も動けず、結子に気を取られたままだ。  愛する結子の変貌に動揺し、慄然と悲しみが交錯する金縛りから足が竦んで動けないのだろうと考えを巡らせた佐伯は、裂帛の気合と共に二人に駆け寄り、シャノンを襲おうとしている鈴野の胸部に渾身の蹴りをめり込ませた。  勢いよく蹴り飛ばされた鈴野は、宙に浮き上がった状態で後方の壁へと衝突する。佐伯は床に倒れた鈴野に目をやり、もう起き上がらないでくれと、心の中で強く願うが、その願いを嘲笑うかのようにゆっくりと背を起こし始めた。  親友だった鈴野に大声で呼び掛ける。  「鈴野! 目を覚ませ!」  沈黙の双眸が “お前の事など記憶にない” と言っている。佐伯は長年一緒に苦楽を共にした鈴野と仲間たちの変わり果てた姿に心を痛めて号泣しながら、気絶したシャノンの腕を掴み、抱き上げようとした。  それと同時に玲人がシャノンの腕を取った。  「すまいない……佐伯君。シャノンは僕が背負う」  佐伯は、漸く我に返った玲人にほんの少しの安堵感を感じた。自分一人で二人を命を背負うのは荷が重過ぎる、それ故の安堵感だ。  「新藤博士……」    玲人は涙でぼやけた双眸に凶変した結子を映し、唇を結んでから呟いた。  「結子、ごめんな……」  (こんなはずじゃなかった……一体何がどうなってこうなったのか……わからない、わからないんだ)  心の中でそう何度も同じ台詞を繰り返し、  (結子、本当にすまない)  と それ以上に何度も謝り続けた。  だが、何度謝ろうともレッドソウル化した結子は、涎の糸を垂らしながらこちらへと歩を進めてくる。  「グルルルルル……」
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