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いつの間にか、というか気がつけば一宮家に着いた。美怜になんとなく付いて走っていたから図らずも送っていく形になった。
「相馬さん……?」
玄関で水やりをしている瑞生に遭遇した。
「どういうことで……?」
瑞生が困惑した。俺も困惑した。流されるままにここに来てしまったから説明のしようがなかった。
「……ただいま」
そう言って美怜が家に入って行ってしまったので瑞生が俺と美怜に首を振る形になった。
「相馬さん、どうして美怜と?」
「……走ってて気がついたら。妹さんがアドバイスくれて」
「そうだったんですか……それでなにもありませんでしたか?」
瑞生はやはりその点を心配していた。初めてちゃんと美怜と会話できたのがさっきだからなあ……説明に困る。
「あの……一宮さん」
──言うべきだろうか。
瑞生に不快感しか与えないあの男の存在を。俺と美怜の関係にさえ不安を覚える彼女の心を揺るがせていいものか。
「いえ……素敵な妹さんですね」
「は、はあ……どうも?」
話題を逸してしまった。瑞生もおかしいと思ったのだろう。納得していない顔だった。
「もっとしっかりしないと一宮さんの側にはおいておけないと」
「あの娘……またそんなことを」
「その通りだと思います」
「そんな……! 相馬さんはよくしてくれています!」
「……夕凪の件のとき」
「……!」
「怖い想いをさせてしまいましたね。すみませんでした」
これまでは瑞生に対してあまり言及したことがなかった。
「二度と……あんな想いをさせたくないと。そういった意味では妹さんの言ったことは正しいんです」
「…………」
「──なんだお前ら辛気臭い顔して」
「「お父様」」
作業着を来たお父様が帰宅したらしい。同時に、俺達の重なった呼称に渋い顔をする。
「……堅苦しいのが2つも」
お父様は苦笑する。
「おかえりなさいませお父様」
「ああ。……相馬も一緒か」
「お疲れ様です。すみません、こんな時間まで。すぐに失礼致します」
「……いや、まあ、ゆっくりしていけよ」
「お父様……」
「瑞生、風呂の準備を頼む」
「は、はい……」
瑞生が不思議そうに表情を浮かべて家の中に戻っていく。
残された俺達二人。
「体調は大丈夫なのか?」
「はい、おかげさまで」
「そうか」
「はい」
「「…………」」
無言が続く。俺は迷っていた。
「お前、何か言いたいことあんじゃねえか?」
しかしお父様は何かを察したのか先に口を開いた。俺は目を丸くした。だからさっき瑞生を家に戻したのか……。
「実はさっき──」
あの男と遭遇したこと。美怜とともにことを荒立てずにスルーしたことを伝えた。
「瑞生さんに言うかどうか迷ってしまって……お父様にならと」
「そうか……ありがとよ」
お父様が俺の頭に手を置く。俺はこうされるのが少し照れくさくも嫌でなくなっていた。
「お前が側にいてくれて良かったぜ。……冷静に処理してくれてよ」
「……」
「余計なことして頭に残るのも嫌だしな。俺だったら胸倉掴んでたろうし」
「でも美怜さんもちょっと様子が」
「美怜も前に何か言われたのかも知れねえな……頭にくるぜ」
目つきが鋭くなる。
「すみません……起こったことを考えれば私はあんまり妹さんの近くには出ないほうが良いんでしょうけど」
「あいつの偏見はあいつの問題だからお前のせいじゃねえ。それにお前だったらそんなに心配はしてねえよ」
お父様の口角が少し上がった。また頭を撫でられる。
恥ずかしくなって、つい、
「お、俺、帰ります! お邪魔しました」
「お、そうか……? 気い付けてな」
会釈してまた走り出そうとしたとき──
「──ソーマ!」
「え? ……っとと」
振り向いた瞬間スポーツドリンクが投げられた。
「一応、お礼は言っとく! あ、り、がと!」
そう言ってべー、って舌を出されたのでどういう気持ちでいればいいのかわからなかった。
「思ったよりは嫌われてないんじゃねえか?」
「どうでしょうね」
お父様が少しだけ、嬉しそうに目元を細めた。
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