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 梅村伸治はその日、初めてそこに立ち、彼にとっては見慣れたその光景を、初めて目の当たりに眺めた。  高い天井から投げかけられた真白い照明の光が壁に反射し、階段状のホールに居並ぶ人々の顔を滲ませる。  憧憬と羨望、妬み、そして無邪気な野心とが醸す熱気を、品の良い内装が包み込み、この催しの華やかさを際立たせているようだ。  ステージに降り注ぐ光の帯、砕けて散る涼やかな光の粒。スピーカーから流れる司会者の声が、生温かい流れとなってその粒を掻きまわす。 「――本年度、日本プロダクトデザイン大賞を受賞されました、エルゴ・ラボ・オフィス、梅村伸治氏より、ご挨拶をいただきたいと思います」  司会者に名前を呼ばれ、会場の拍手が自分に向けられるのを感じ、伸治は笑顔を作って壇上へ上がった。  改めて、伸治は自らの立つその場所を眺めた。  それまでにも多くの著名人が立ち、スピーチを行ったそのステージは、奥行きも幅もたっぷりと広くとられているが、それほど高くはない。それでも、その上からは会場の様子が一層よく見える。人々の視線が自分に向けられているのがわかる。居心地の悪さを感じたが、その居心地の悪さこそが、自分が一段上のステージに到達した証だとも思える。  伸治は大きく息を吸い、吐いた――満足だ。緊張はしていない。 「この度、このような賞をいただきましたことを誠に光栄に思います。同時に、我々のようなベンチャー企業の若輩者どもが、諸先輩方を差し置いてこの賞をいただくのは誠に恐縮で……」  三日も前から用意していたスピーチ内容だ。口にしながら壇上からの光景を堪能するだけの余裕が、伸治にはあった。  三年前に仲間と共に立ち上げたこの会社が、まさかこんなにも早くこうした場に出れると、信じていたメンバーがどれくらいいただろう?  だから、この三年間には焦りもあった。自分は本当に、あの光景にたどり着けるのだろうか、という焦り、不安。十三年という時間の、最後の三年間。  それでも伸治だけは、この成果を信じられた。努力もしてきたし、今回のプロジェクトには自信もあった。手ごたえもやりがいも充分だったし、なにより――今のこの光景を、伸治だけは知っていたからだ。
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