第1章

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「ここの井戸は開けちゃいけないよ」 それが祖母の口癖だった。 その祖母が鬼籍に入り、親族一同でいろんな話をしてるとき、ふと井戸の話になった。 「結局、飲み水にはてきさないから、開けるなってことでしょう」 叔母が言えば 「いやなんか良くねぇもんが出るから、開けるなだろう」 叔父が言う 「でも、空井戸だってばぁちゃん言ってたよ」 孫のひとりが言えば、 「空井戸だってなら蓋を閉めたりするかい?」 一番下の叔母が言えば 「そういえばオレも空井戸だって、聞いたが……」 親族一同が顔を見合わせる。 「空井戸だから蓋をしたんじゃないの?」 人が落ちたら危ないから。 「いやぁ、だったら土で埋めるだろう」 「その労力を惜しんだのかね。それで蓋とか?」 井戸の話で盛り上がり、親族一同はある決意を固めた。 「このままだと気持ちわるで、確かめるか」 叔父の言葉に孫のひとりが過剰反応する。 「ばぁちゃんが開けるなと言ったんだから、止めようよ。変なモノ出たらどうするのさ」 「これだけの人数だ。化け物だったとしてもビビるべ」 親族一同、総数は30人。 「ばぁちゃんの言葉にわたしは従うから、叔父さんたち確かめればいい。父さんと母さんはどうするのさ」 「ばぁちゃんが開けるなと言うなら、開けない方がいい。ウチは抜けさせてもらうわ。なぁ、お前」 「そいだね。ごめんね兄さんねぇさん方」 「ははは、やっぱり東京もんは肝がほそかぁね」 叔父さんが笑いながら立ち上がると、それに追随するよう親族一同が立ち上がる。 見送りだけはして、我が一家は祖母の家に残った。 井戸は裏庭の角にある。 そこを目指してゾロゾロと一同歩き、井戸を蓋を開けたら、空井戸だったと戻ってきた叔母が言った。 「物の怪の類いはないのぉ」 叔父が快活に笑いながら言う。 だけど、空井戸なら何故、祖母は開けるなと言ったのだろう? 謎は残ったが、怪奇現象が起こるわけでもなく。我が家は安心していた。 が、夜になって、現状が変わった。 井戸の中を確認しに行った親族が皆、救急車で運ばれた。 そして、全員が死亡した。 呪いではない病によって…… 昔、流行った病のウイルスが親族一同を襲い死にいたらしめた。 「ここの井戸は開けちゃいけないよ」 祖母の声が木霊する。 故人の言葉は守るものだと……。
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