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“What are you afraid of?”
―何を恐れているの?―
その子の質問に、彼はこう答える。
“not being there”
―(その時)そこにいないことさ―
『なるほど』
初めてその映画を観た時、僕は頷(うなず)いたものだ。
『なるほど』
その時・その瞬間、その場に居合わせれば、何かできるかもしれない・何とかなるかもしれない。だが、はっきりと危険が差し迫っている事がわかっていれば話は別だが、何の理由も無く、大切な人に、ましてやそれが複数ともなれば、四六時中付きっきりというわけにもいかない。予知・透視・念力などの超能力でもあればよいのだが、あいにく僕は、そんな特殊な能力を持ってない。大切な人に何かあった時、自分がそこに居合わせなければ、あとは運を天に任(まか)せるしかない事になる。
そこで「お守り」が登場するわけだ。
思い出してほしい。今まであなたは、どんな人から「お守り」を贈られた事がありますか?
つまり、「お守りの効用」とは、贈られた側にあるのではない。贈った側にこそあるのだ。
『お守りを贈る』という行為は、自分の『想いを伝えたい』というばかりではない。むしろ、それを贈った事によって、自分自身が「安心」したいのだ。
そのお守りを手に、駐車場に戻った僕は、車に乗り込み家路に就(つ)く。とにかく早く、この「お守り」を手渡さなくては。安心するのは、それからだ。
あいにく、あの映画のように、危険を知らせる発信機付きのお守りではないけれど…。
(「新ハイキング」2004年2月号に抜粋文掲載)
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