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母を連れて私は温泉地を訪れていた。
湯治など名ばかりの理由を引っ提げて、最期の親孝行をしに来たのだ。
いや、親孝行など立派なものでもない、ただの罪滅ぼし程度の些細な善行。
それか、それすら満たない、木偶にもならない息子の陳腐な思いやりとでも言うべきか。
そんな馬鹿な息子の目から見ても母は偉大で、絶対で、唯一無二の存在であると知っているのだ。
それに甘んじて生きてきた、愚かな私に思い浮かんだものは今回の旅行だった。
そんな経緯を天に見透かされたのか初日は台風に見舞われた。
新宿駅を出て二時間ほど電車に乗り、目的の駅に着いた時には雨が道路に激しく打ちつけていた。
「こんな日に旅行だなんて、ごめん」
そう私は母に一言詫び、近くのスーパーで食糧を買い込んで駅前のロータリーに止まるバスに乗り込んだ。
雨はさらに強くなり、窓を叩く。数人しかいない車内にはザザッという音だけが響き、数分でエンジンがかかり、走り出す。
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