第1章

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 用件である今取り扱っている調査の進捗状況についての報告と、来年度の予算の計上についての簡単なヒヤリングを済ますと、所長は労いの言葉と微笑みを見せて再び書類に目を落とした。僕はそっと黙礼をして部屋を後にした、普段通りの業務に戻るために。  アシスタントの沙希は三日前から地方へ出張に出ており、仕事部屋は僅かな埃と黴の匂いがするだけだった。  その二日後、彼女の失踪が明らかになった。北海道に出張したはずの沙希からの連絡が途絶えて五日が過ぎた。それを受けて直属のチーフである僕が、宿泊先であるはずの札幌リンクホテルに連絡したが、彼女らしい宿泊客はチェックインしていないばかりか、キャンセル料金を請求される始末だった。そもそも彼女の出張について僕には事前に知らされておらず、勿論その目的も知らされていない。それは所長にしても同様で、直接研究室からの指示があったらしい。赴任して二十日で行方知らずというのは尋常じゃない。いくら沙希が武道の有段者でも見掛けはチビな中学生。誘拐に合っても不思議じゃない。 やれやれ。 厚生安全局  国からいきなりメールが届いた。しかも僕個人のアドレス宛へ。(ーgo.jp) 見かけないアドレスは、基本的には、開封せずに、即削除しているが、(go)は流石に気になる。内容は更生安全局への出頭要請。僕の頭の中に混沌が発生するのを感じた。またアレがくる。その日は、早々に帰宅して薬を飲んだ。不安っていう感情は、君が思うほど優しくはない。こんなときは眠るに限る。何とか間に合った。僕は眠った。  沙希からの手紙が、思い出したように突然職場に届いた。更生安全局の呼び出しを明日に控えて、その定型外郵便物は、ありふれた日常の風景として他の郵便物と伴に机上に置かれていた。差出人の名前の記憶が一瞬思い出せずに、心当たりない郵便物として処理仕掛けた僕の右腕から発生する幾ばくかの違和感とともに、それが彼女の笑顔と繋がった。中には、一枚の地図と小指のものと思われる根元から剥がされた表皮付きの爪が同封されていた。僕の混乱は深まるばかりで、直ぐにでも帰宅して、ベッドに横たわりたい気分だった。同時に、沙希の響く声が聴こえてきた。 「先生、明日は休まないで下さいね、くれぐれも。」 「休むか否かは、僕の自由だ。」
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