ココアにとろける涙味

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本当は、その香りは嫌いではない。職業柄気をつけているのか、吸うのは開店前か閉店後に大抵一本か、せいぜい二本のようだし、ごく僅かなその香りは軽いものだ。 けれど、煙草もまた、美羽と永瀬を切り分けるものだ。美羽はまだ、煙草を吸えない。 年齢や職業や珈琲や気遣いや経験。永瀬との違いは有り余る程あるというのに、見せつけるように永瀬は苦い香りを纏う。 「あっそ」 闇を穿つような低い声だった。 思わずごめんなさいと謝りたくなって見上げた美羽は、鼻を突く匂いに思わず眉を顰めた。苦手じゃないと思っていても、周囲に愛煙家のいない環境で育った美羽には、まだ纏ったばかりの直接的な煙の香りは強烈過ぎたのだ。 目にしたのは、永瀬の瞳だった。暗闇の中でも光る、漆黒に濡れた瞳が、目の前にあった。鋭利な印象が強い目元だが、当然のことながら瞳は丸いのだなと美羽はぼうっと思う。その瞳が貫くように美羽を見ていた。 視線の強さに、美羽の全ての動きが止まる。 小さく開いていた口元が柔らかく塞がれ、ぬるりとしたものに侵入を赦してしまう。観測するようにぐるりと口内を一周したそれは、独特の苦味を美羽に知らしめて、ずるりと出て行った。
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