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「犯人として浮上したのは、彼女の恋人でした。恋人は彼女がピーナッツアレルギーであることを知らずに、約9時間前にピーナッツクリームをたっぷり塗ったトーストを食べてきてしまったんです」
なぜ彼氏の方がピーナッツクリームを食べて、彼女の方が死んでしまうのか。颯太は頭を捻る。
その答えに行き着いたのは林原の方が先だった。
「口付け、ですか……」
愛里は頷いた。
「ピーナッツもまたそばと同じで超微量でもアレルギー反応を起こさせる物質が含まれています。9時間もの長い間、彼氏の口腔内でアレルゲンは残り、彼女とキスをした際に牙を剥いたのです」
愛情を確かめ合うはずの口付けが、悪魔の口付けに変わってしまった。そのときの恋人の無念は想像に難くない。
「今回の事件も同じです。犯人は、恵美と会う前、常にそばを食べてきていた」
これが犯人が男性に絞られた理由だ。恵美に特殊な性癖がないことは親友の愛里が知っている。恵美がキスをするのは親密な男性のみだ。
「……違う」
坂井の声は泣きそうだった。
「そして、いつものようにキスをして別れたんです。愛のキスではなく、いつ牙を剥くとも知れない悪魔のキスを」
「違う!」
「恐らく、1回では死ななかったはずです。だから犯人は何回も何回も、彼女に会う度にそばを食べてきていた。そして何回も何回も別れのキスを繰り返していたんです」
別れのキス。それは恋人同士が別れる際に寂しくてするものではないだろうか。また次に会うときまで寂しくならないように、お互いに口付けをする。それがキスの本来の役割のはずだ。
「恐らく、食べ終わったそばのゴミを毎回恵美の家のゴミ袋に捨てていたのでしょう。そうすれば、彼女がいつアナフィラキシーショックを発症しても彼女が自分からそばを食べたせいだと警察の目を欺くことができる」
実際、そうだった。恵美の自宅から発見されたそば弁当のゴミを恵美が自分で食べてしまったものだと警察は判断した。それゆえの事故死だ。
「ゴミ袋なんていちいち確認しませんし、週に2回もゴミを出す日がある。犯人がそんなことをしているとは恵美は知らなかったんでしょう」
何回も何回も死の危険を孕んだキスを繰り返す。
成功して死ぬ確率は低い。
けれど恐れる必要はない。自分には何回でもチャレンジできる権利がある。
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