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いつだって騒がしいといわれているこの街も、今夜のように砂嵐がひどい夜はさすがに静かだ。
喧騒の代わりに風の唸る声が高く低く響き渡り、ときどき思い出したかのように窓がガタガタと鳴る。
夜の紺と巻き上げられた赤い砂がとけ合った不思議な色合いを、サンは窓辺に椅子を持ってきて一人眺めていた。
マミーはベッドで眠っている。
室内は砂嵐の壁越しに月から採光しているだけで、今は視覚でとらえることはできないが、むき出しの彼女の左手首には細い傷跡がいくつも刻まれていることをサンは知っている。
そして、いつもその手を抱くようにして眠る姿に哀れみを感じずにはいられなかった。
けれど、すべて遅い。
サンは目を閉じて息をついた。
視界を閉ざすと、風鳴りはどこか波の砕ける音に似ていた。
『憎まないで、母さんを』
耳の奥でよみがえるのは、少し低めの落ち着いた少女の声。
崖に寄せては砕ける波を見下ろしながら、彼女は懇願するように言った。
『私のことはもういいの。母さんを助けて。あの人の呪縛から解放してあげて』
そのときの自分は少女さえいればよかった。彼女の母親なんてどうでもよかった。
けれど……少女を失ったときに残ったのはその言葉だけで、サンは行き場のない哀しみを彼女の遺言に報いることで忘れようとした。
そして今、結局忘れられない哀しみを憎悪に変え、救い出した存在――彼女の母親にぶつけることで自分を保っている。
それが少女の願いに対する裏切りだと知りながらも。
――――今更どうやって許せというんだよ、レイラ
声にならない想いに顔を歪め、サンは拳を窓枠に叩きつけた。涙をこぼす代わりに息を荒げて、強く、何度も何度も。
がたんがたんと窓は震えたが、マミーは風の仕業だと信じていたのか、目を覚まさなかった。
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