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「おっせーなァ、アイツ……」  黒い短髪にダークブルーの瞳の青年、ラムディス=ヴァイスディーンは、誰にともなくひとりごちた。  リジェスティ共和国城下町・ラナンキュラスの住宅街の路地。濃紺の空の中にあって真円を描く月の光は、建物の間に色濃く影を作り、息を潜める彼をすっかり溶け込ませていた。  静かな夜。時計の針は二本ともが頂点をとっくに過ぎている。この辺りは行儀が良いのか、この時間に外をウロついている住人は見かけない。虫の声が鳴り響いて、仕事中でなければ風流な気持ちで散歩でも出来たのかもしれない。  ラムディスは懐から懐中時計を取り出し、苛立たしげに舌打ちする。 「……もう三十分も遅刻だぞ……『待ち合わせはこの辺な!』っつって指定したのはアイツの方だろうが……」  寒くもなく暑くもない。過ごしやすい夜更けだが、待たされることによる不快指数は上昇中。所在なさげに空いた両手を今度は腰の辺りに移動させ、二本の短剣を確認する。  それらは盗賊を自認する彼の得物だった。刃渡り三十センチ弱といったところか、中途半端な長さの短剣だ。一見どこにでもいそうなごく普通の青年が、城壁に守られながらぬくぬくと生活しているわけではないことを、使い古された柄の細かな傷が証明していた。  すると、急に背後から―― 「わっ!!」 「うわぁっ!?」  突然大きな声がして、ラムディスは思わず悲鳴を上げた。咄嗟に両短剣を抜き、身を翻して正面に構える。 ――が、そこにいたのが見知った青年だったことに気づき、すぐに刃を下ろした。 「おお、いい反応! これなら咄嗟の襲撃にも対処出来るな」  ニヤニヤと笑いながら手を叩く青年を半眼で見、ラムディスは盛大な溜息をつく。 「……お前なぁ……」  呆れながら、剣を鞘に戻す。  現れた青年の名は、ユッカ=L=グレイス。鮮やかな赤い髪と瞳には明朗快活な印象が宿り、闇夜の中でも一層存在感を浮き立たせる。今時の若者然としていながら、腰に下げた一振りの長剣は不思議と馴染んでいて、彼も同じく一般市民と一線を画しているのが分かる。ラムディスの幼馴染みであり、現在は共に任務を遂行する相棒でもあった。
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