第一章「遺された心」一話「はじめての九一堂」

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第一章「遺された心」一話「はじめての九一堂」

「シロ、店の掃除は終わったか?」  店主様の声がしました。 「すみません、店主様。もうすぐ終わります」 「それが終わったら、次は庭の掃除をしておけよ」 「わ、わかりました、店主様」  僕は目がまわりそうになりました。  店主様は顔がキレイだけど、まるでオニのようです。  僕は野狐(やこ)のシロです。  人間からは妖怪、あやかしの妖狐と呼ばれています。でも、まだ子供で半人前のあやかしです。  お母さんが病気になったので薬を買うために、僕は天狗さんに聞いた人間のお店ではたらくことになりました。  でも、お店に入ったその瞬間に、もうホウキを持たされ掃除をするハメになったのです。 「人間だろうが妖怪だろうが、マジメに働く者に銭が廻るのさ」  優雅にコーヒーを飲みながら、店主様が僕に説教をしました。  僕がはたらくことになったのは、写眞館の九一堂(くいちどう)と呼ばれるお店です。  そのお店の主が内田九一(うちだくいち)様で、僕は店主様と呼んでいます。 「店主様はコーヒーがお好きなのですか?」  僕はハタキをかけながら訊きました。あんなに苦い飲み物を優雅に飲むのが信じられないからです。 「舶来品のコーヒーにミルクを入れて飲むのが乙なんだ。まあ、妖怪には解るまいよ」  そう言って眼を細めて飲んでいますが、僕は知っています。店主様は猫舌で、フーフーと必死に冷まして飲んでいることを。
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