甘味処 大和撫子

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 そして閉店後。海老茶式部から、セーラー服に着替えて、マスターが作った餡蜜を食べる。うん、美味しい。  さっきまで餡蜜を食べていた可哀想な少年こと英輔さんは、マスターとカウンターの方で何かを話している。  ああ、あの怠惰なマスターが作ってくれた餡蜜なんて、とても貴重だ。あ、写真とっておけばよかった。ちょっと食べちゃったけど、今からでも間に合うかな。  慌てて鞄からケータイを取り出し、餡蜜の写真をとっていると、ちゃりん、っと音がした。聞き慣れたそれは、入り口のドアが開いた音。 「いらっしゃいませ」  条件反射でそう言って、ドアの方を振り返る。振り返ってから、あれ、クローズの看板出したよな、と訝しく思う。  入り口に立っていたのは、黒ずくめの男だった。身長が高い。二メートルぐらいあるんじゃないだろうか。枯れ木のようにほっそりしているのに妙な威圧感がある。  いらっしゃいませ、を言ったまま、中腰になっていた私は、そのまま立ち上がるのも座ることも出来ず、スプーン片手に彼をじっと見てしまう。 「すみません、もう閉店なんですよー」  言ったのは英輔さんだった。その言葉に、はっと我にかえる。じっと見たのは失礼だったかもしれない。ぱっと視線をカウンターの方に向ける。  予想外に英輔さんは真剣な顔をしていた。いつもへらへら笑っているのに。 「お前は?」  男の声は低い。少しざらついている。 「ただのしがないバイトです」 「……店長は」 「ゴミ捨て」 「呼べ」  英輔さんはちょっと躊躇ってから、カウンターからキッチンへ身を乗り出す。いつの間にか、マスターはゴミ捨てのため席を外していたらしい。ゴミ捨て場は、キッチンの奥からでてすぐだ。 「さーわーむーらーさーん。なんかきたー」  おおよそ、客商売で、お客様の前でするとは思えない呼び出しの言葉。普段ならば、先輩バイトとしてたしなめるところなのだが、今日はそんな気分になれない。  営業時間外だし、そもそもこの男、本当にお客様なの?
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