ポリア・番外編 {生き残る為の剣術、生かし育てる為の剣術}

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«剣術の意味。 生きる術か、活かす術か» この話、もう終わり・・ではない。 この一時のポリアの話は、此処からが本番なのである。 エリーゼの事件解決より2日して、リオン王子から兵士に因る連絡を受けて。 上級兵士長やら騎士やらが訓練する所へ向かって、手合わせとして鍛えて欲しいと云う依頼が直に来た。 身体を動かしたいポリアは、仲間と一緒に核所と呼ばれる巨大な施設に向かった。 ポリアは、鎧などの上から大きい白のコートを着たり。 マルヴェリータは、深紅の温かい裏地となるコートを着て。 システィアナも、白のモフモフした上着のコートを羽織る。 霜が屋根や庭木を白くする今、ゲイラーやヘルダーに加えてイルガも、温める効果の高い裏地のコートやマントを羽織る。 「はぁぁ、さっむいわぁ」 真っ白な吐息を吐くポリアは、まだ別邸に住んでいる。 その意味は、あの助けたメイドの老女の身の振り方を決めるまでは、傍に居ようと考えているからだ。 然し、お腹をパンパンと叩くシスティアナで。 「お腹い〜〜っぱい」 もう24歳を超えるポリアとシスティアナだが。 システィアナの見た目は、10代の半ばのままの様だ。 呆れるポリアで。 「ハイハイ、朝から元気な事で」 あの老女のメイドは、とても料理が上手く。 毎日、システィアナは手伝うがてらに大盛りを頂く。 体型が全く変わらないシスティアナで、ポリアやマルヴェリータは意味が解らない。 某1名、神の御業と頷いていたデカブツは居たが…。 それにしても、最高位の貴族のポリアなのに、本日も馬車は公共の乗り合い馬車を遣うとする。 他の貴族や商人からは、足を動かす必要が在るのかと言われる事が有った。 ま、当然の意見としても受け取れる。 彼女の家は、この国内でも最古にして最高位の貴族。 然も、世界でも最初にして最高峰の貴族と認められている。 他国に行っても、ポリアの家柄には一目、二目、三目ぐらいは置かれる。 そんな彼女だが、無理に馬車など遣わないし。 歩いて乗り合い馬車の乗り場へ歩く。 別邸より歩くと直ぐに貴族が住み暮らす区域に入り。 ジロジロと見られたり、無駄な挨拶を貰う。 とても美しい美男の貴族が、態々に馬車を止めて膝を折り。 大仰な挨拶をして来た。 その人物の役職を聴いて、ポリアは直ぐに。 「この寒い中。 そして、アラン伯爵の一件でお忙しいのに、商業監督部のオーランド殿に足止めをしたこと、誠に済みません」 と、こう頭を下げた。 慌てて横を向く男達。 明らかに、ポリアの遠回しな毒だ。 マルヴェリータすら吹き出し掛けたのを手で隠した程。 然し、目下の美男となるオーランド子爵は、にこやかで爽やかな笑みを浮かべ。 「美しき貴女やお仲間の方の為ならば、このオーランド、灼熱の熔岩の下でも膝を折りましょう」 歯の浮く台詞に、イルガまで肩が揺れた。 ゲイラーやヘルダーは、笑いを堪える為に見ない。 恥ずかしくなって来たポリアは、とにかく早く別れようと思い。 「オーランド殿、どうかお起立を。 私は、これよりリオン王子の頼みで、兵士達の所へ行かなければなりません」 「あ、これはこれは」 立ち上がる彼へ、ポリアは軽く目礼をして。 「アレン伯爵の一件に関する査察、どうか尽力を」 「それは、不正に関する事ゆえに。 此方も全身全霊を賭けて臨みます」 「では、先を急ぎますので」 「はい」 オーランド子爵より別れるや、足の速度を早めたポリア。 同じく早歩きとなる仲間だが。 足元が少し滑ると心配なマルヴェリータが。 「ポリア、早いって」 だが、顔を前に傾けるポリアで。 「わ、笑いそうなのよ。 早く、乗り場に行きたいわ」 幼少期から美男や優雅な貴族とも関わって育って来たポリア。 顔が良いとか、家柄がどうこうで惚れたりはしない。 寧ろ、冒険者として現実を知り過ぎた為か、貴族の優雅で気取った会話が滑稽に見えて来るのだ。 然し、既にシスティアナが。 「ポリしゃんも〜、マルしゃんも〜、うーるわしぃ、うるわしぃ!」 勝手な創作替え歌を歌えば、顔を抑えるポリアの肩が揺れ動く。 「辞めて、システィ…」 とても悪いのだが、兵士達の居る核所と呼ばれる場所に行くまで笑いが収まらないポリア。 ゲイラーが真似すると、更に笑えてマルヴェリータまで手で顔を隠して笑っていた。 世の中の華やかな世界と一般の世界を知ったポリア。 貴族の世界が世の中の全てとは思わない。 一般人がこれだけ増える世界では、何れ貴族など無くなると思っていた。 さて、本日は晴れたが、寒い。 核所に着いたが、人の流れに混じって中へ。 朝から既に何百人と来る様々な人々に混じっても、ポリア達は目立つ。 ポリアとマルヴェリータに目が行くのだ。 兵士と顔見知りの為、リオン王子に呼ばれたと言えば関係者通路も通れる。 役所となる表の部分から中へ抜けると。 凍てつき始めた地面の中庭では、大勢の兵士が陣形訓練やら剣術・槍術の訓練をする。 此方は、新兵や他より移動で来た兵士のみらしい。 この広い中庭の縁を行き、この建物の北方方面となる区域へ入り、室内廊下を歩いて大きな武術訓練所なる建物に入る。 すると、集まっていた武装する者達の中で、細目で小柄な男が剣を鞘ごと手にしていて。 「ポリアンヌ様、おはようございます」 30代と思われる短い金髪の彼を見たポリア。 「タルターリ卿、おはようございます。 リオン王子から話は通ってますか?」 その男性は、ポリアへ膝を折る。 すると、集まった一同が膝を折る。 すると、手を叩くポリアで。 「辞めて辞めて、今日は訓練の手合わせでしょ? 挨拶は、これで十分よ。 さ、立派な兵士長さんや騎士様が、冒険者なんかに膝を折らないで」 タルターリ卿と呼ばれた者が 「全員、ポリアンヌ様のお言葉に甘え、立つように」 全員が立ち上がると、ポリアは前に出て。 「リオン王子から依頼が有り、手合わせに来ました。 私、ゲイラー、ヘルダーの3名が相手となります。 ただ、後に、誰か来ると聴いていますので。 それまでは、私達と手合わせを願います」 この場にいるほぼ全員が、あの武術大会や親善試合のポリア達の試合は見ていた。 ゲイラーとヘルダーの事も見ていただろう。 1体1の試合となれば、3人には次々と兵士長や騎士が挑み掛かる。 毎日、訓練を欠かさない彼らだが、モンスターと死線を境にして戦うポリア達との手合わせは、その気迫や全力を以て臨む覚悟への速さなど。 平時の訓練ではないものに変わる。 中年男性の騎士が、ポリアを相手だからと力を抜けば。 その相手を瞬時に負かすや。 「次っ、手抜きなど許さぬぞ!!」 ポリアが吼える。 ゲイラーに大剣を突き付けられた若き兵士長は、覇気や闘気の片鱗を見せられ膝が笑う。 ヘルダーの素早さに翻弄されて手も足も出ない騎士は、少しばかり出来ると思っていた自身の慢心を見せつけられた。 冒険者相手となり、負けに心を折られる者も出ようが。 リオン王子の代理で来ている。 逃がさないとポリアやゲイラーは、そんな者を時に指名して前へ立たせる。 手合わせを始めてどれほどか。 核所へ訪れる者の多さが1番となるのは、朝もだいぶに進んだ頃となる。 その頃は、ポリアも汗で前髪がしっとり濡れて居た。 「次っ」 女の騎士が疲れたと休憩に端へと下がり。 「一手、頼みます!」 若い女性の兵士長が進み出た。 「では、来なさい」 構えるポリア。 女性兵士長も構える。 ソバカスの目立つ大柄な彼女だが、ポリアを相手にして緊張しているのか。 構えたが、動けずまま剣を突き付けられた。 が、ポリアは。 「そんな事でどうするのっ。 貴女が動けるまで遣るわよ!」 「あ"、は、はいっ」 続けて彼女を相手をする。 一方、ゲイラーやヘルダーには、普段はこの訓練所では指南役となる騎士や兵士長と成る者も相手をし。 その誰もが悉く打ち返されていた。 (強い、この2人はポリアンヌ様以上に強い) (悔しいが、リオン王子が片腕に欲しがる訳だ) (もしや、ワイナー様と同格ではないか?) (御託は無しだ。 挑めるこの一時を無駄にせんぞ) 水瓶の水を柄杓でグラスに注ぐや、誰もが一呑みにしてまた挑む。 汗を纏うゲイラーやヘルダーも、似たように時々と水分を口にするのだが。 他の騎士や兵士長程にへばる事もなく。 次々と相手を務めた。 昼間となり、街中に鐘の音が響くと。 ポリアが、休憩時の暇を見て。 「全員、休憩。 お昼後、また手合わせをしますよ」 すると、クタクタにされた貴族の若者となる騎士が木目の壁に凭れ。 「はぁ、はぁ、強いな。 足元、にも、及ばない」 同じく、汗が冷えてもまだ呼吸の荒い女性兵士長が。 「御噂以上に、強いですね。 一本取るなんで、夢のまた、夢…」 昨日、夕方か。 “明日は、ポリアンヌ達が相手をする” リオン王子は、この場に来てこう言ったと云うが。 簡単な手合わせと思っていた者も多かった様だ。 然し、ポリア達の覚悟は、そんなモノでは無い。 この午前中に来た者の中で、午後まで付き合うのは何名か。 それが心配と成る程に、打ち負かされて悄げる者が目立つ。 さて、腹が減ったと兵士や騎士と共同食堂へ入るポリア達。 顔見知りと成る者が多いポリアは、挨拶を受けては一言二言を返す。 意外と美味い食事に、ゲイラーやヘルダーは喜んだ。 ま、お代わりは自重させられたが。 そして、午後か。 休憩を挟んでこの場所に集まるや、何名か新たに外から手合わせにと来た者が居る。 また、午前中に来ていた兵士長や騎士の半分は、別の訓練に行き。 午前中の兵士の訓練に出いた者が、此方へ来たと見れる。 明らかに、参加者の顔触れが変わっていた。 午後の手合わせが始まる。 土間の訓練所に立つポリアの前へ、女性が我先にと立った。 「ポリアンヌ殿、汗を流させて貰うわよ」 陽射しを受けると淡い青みの浮かぶ金髪をした目付きの鋭い女性が居る。 衣服は上等のズボンや上着。 その上に、白い金属鎧を着ている。 見た目からして勝気な印象の大人びた女性だ。 「あら、ミカハリン卿。 どうしたの?」 セイルとユリアの時も居た、マーリこと“ミカハリン卿”が来た。 軍剣仕様の細身となる剣を腰にするマーリは、ポリアに近付くや。 「リオン様から連絡を貰ったのよ。 タルターリ様がポリアンヌに会いたいってから、同席して欲しいって、ね」 (なるほど、ね) ポリアが少しばかり視線を他所へ動かした。 訓練所の南西側には、とても背丈の高い軍服の女性が居る。 片手に装飾の美しい槍を持っていて。 その顔はもう老女と成る。 青い眼、茶色の髪を後ろに結い。 皺の刻まれた顔は、凛としていながらに強者と思える。 その人物を見ては、ニッコリ笑うポリアで。 「あらら、先生まで来た」 それと、あの武術大会で参加していた剣術指南役の中年・年配将校も数名ほど来ていて。 皆が集まると、老女の槍を手にした者が。 「皆、本日はポリアンヌ様がお越しに成っている。 存分に、手合わせを。 少ない機会を無駄にせぬ様に」 雄々しさを感じる女性の声に、ゲイラーやヘルダーも顔を引き締めた。 端にいるマルヴェリータが、横のイルガに。 「ね、イルガ」 「ん?」 「あの方は?」 「あぁ、タルターリ様よ」 「朝、あっちの人にもそんな事を言ってなかった?」 「おう。 あの小柄な上位騎士様は、あのタルターリ様の孫となるお方よ」 「やっぱり、血縁者なのね」 そして、後から来た者の1人に、街の周辺の巡回より戻ったワイナーが居る。 「ゲイラーっ。 武術大会の借りを返す。 手合わせしろっ」 面倒な相手が現れたと思うゲイラーは、 「ヘルダー、代わらないか」 と、言うのだが。 “運命だ、頑張れ” 断られた。 然し、そんなヘルダーには、髭も髪も白く成った男性の武人が。 「武術大会での勇姿、感服した。 是非、手合わせを頼む」 見てからに、かなり出来ると見える人物が現れた。 “了解した” 一礼を交わして、試合に入る。 ミカハリン卿とポリアの試合は、ポリアの一方的な感が有る。 然し、ゲイラーとワイナーの戦いは、もう試合と云うよりは死闘の様で。 2人から覇気・闘気が身体より現れるや、見ている者が心を奪われた。 そして、技・速さ・力、この全てが揃うヘルダーと強者達の手合わせは、一瞬も見逃せない試合となる。 次第と、手の空いた兵士や役人が見学に来ては去るとなり。 午後の薄暗く成る頃には、訓練所の周りに人集りが出来た。 ゲイラーと引き分けては、別の誰かとおざなりな手合わせをして。 また、ゲイラーと手合わせするワイナーは別にして。 朝から午後までを試合で過ごしたポリア達。 その体力には、騎士達も頭が下がる。 だが、それを問われたポリアは。 「冒険者となれば、時にモンスターと戦いながら、逃げながら、何日も生き抜かなければ成らない事も有るの。 これぐらいの事で諦めたら、死んぢゃうわ」 解散となると、少し息の上がったポリアは老女のタルターリ夫人に会った。 「先生、お久しぶりです。 この前、ご挨拶に行ったら、御不在だったので・・ふぅ」 長身の老女は、それなりに重い槍を手にしても身体にもたつきなど無く。 「ポリアンヌ殿。 また、一段と綺麗になりましたね。 武術大会の親善試合で優勝為さったとか。 良く、精進為さったな」 「と、言うか…。 相手が良かったと。 最後のリオンが、1番気抜けしましたけど」 「あら、大技を合わせた凄い試合と聞きましたが?」 すると、ポリアは横を向いて。 「向こうが覇気なんか出すから、私も風で応戦したまでです。 それまで、力と技のみでやってたのに…。 リオンめっ」 どうも聴くと本人から知るでは、感じ方が違うと察したタルターリ夫人は。 「ほぅ。 それは、後でゆっくり聴くとしますか」 「それより先生。 先日に、陛下のお供をすべく王都に行きましたが。 ロスフォターフ卿とアムナリア殿も元気で、宜しくと承って来ました」 老女タルターリ夫人は、もう82歳と成るのに。 「貴女の眼力の先見性は、あの時に見せて貰ったけど。 こうも長く続くと、軽んじる訳には行かないわ。 先日、ジョニハム卿より贈り物とご挨拶が来ましたが。 ロスフォターフ卿からも、王都の贈り物が合わさってましてな。 仲が良いと、それだけでも分かりましたよ」 一体、何を言っているのか。 だが、あの親善試合でポリアと1戦を交えたジョニハム卿とも関わり合いのある事らしい。 そして、誰よりもこの雄々しき老女とポリアは親しい関係者と解った。 そこへ。 「おっ、もう終わったのか」 声と共にリオン王子が来た。 横にローズマリーも連れて居て。 「あら、リオン。 今頃に、様子見ですか〜」 からかいの一言を言うポリア。 リオン王子が近付く途中でイルガやマルヴェリータ等が挨拶をする。 1人、1人に返しながらポリアの前に来たリオン王子が。 「あの事件の後処理だ。 あの馬鹿アレンめっ、面倒を山の様に積み重ねよってからに!」 呆れた目のポリアで。 「だ〜か〜らっ、能に合わない人を馴れ合い人事で公安部なんかに配属するからよ。 女性の身体で人事が決まるなんて、出来る人からしたら馬鹿らしいわ」 「ん"っ、確かにな」 自身も、ポリアも、婚約をしたいと申し込まれたマーリは、アレン伯爵の事は知っていて。 「王子。 甘い処理なんてしないでね。 あのアレンには、私も危うく抱かれそうに成ったり、言い寄られたり。 ホント、迷惑してんだから」 これには、私的な意見が混じるとリオン王子も困る。 「その所は、ミカハリン卿やポリアンヌが美人だからだろう? それを持ち出されても、な」 「あんな犯罪者っ。 キッチリと裁いてよね!」 この意見は、確かに私事。 だが、貴族の野心とは言え、それがこう悪い方面へ発展した訳だから。 リオン王子としても耳に痛いのは当たり前か。 騎士達や他の兵士長達が下がり。 人集りも無くなった。 訓練所に残るのは、20余名。 タルターリ夫人は、警護をする女性剣士2人と共に。 「では、私は先に暇しますよ。 これでも、主婦ですからね」 貴族ながら武人として、若き頃から槍を基本に武術に長けた上位騎士タルターリ夫人だが。 20代で、文官の役人となる一般人と結婚した。 その大恋愛も、周りの人など介さないまま、タルターリ夫人は伯爵のままその男性と一緒になり。 騎士を引退した後は、この訓練所と街中の公営武術館を王命で運営する。 タルターリ夫人は、まだ幼少の頃のクランベルナード国王とも親交が有り。 馴れ合い主義を嫌うクランベルナード国王が、それまでの慣例の様な人事を嫌って武人としてのタルターリ夫人を頼って指名した。 それ以後、勝気なマーリことミカハリン卿も。 そして、ポリアやリオン王子も。 このタルターリ夫人には何かと親しくする事に成るのだ。 さて、孫のオリンハル・タルターリ卿は、夫人としての務めを今も自分でする祖母に頭が上がらない。 毎日、家族の食事を自分や娘と一緒に造り。 家の掃除などもメイドと一緒にしている。 武術の訓練も嗜みとして続けているのに。 全く強くもない夫に大しては、夫人として態度を上にしない。 仲の良い夫婦で、オリンハルの母親と父親も仲が良い。 既に結婚したオリンハルだが、妻と家族の方が仲良く過ぎて。 付き合いがどうして良いものか解らないとか、愚痴っていた。 孫に後を託して去るタルターリ夫人。 それをリオン王子は見送ってから。 「ポリア、今日は感謝するぞ。 寒く成って来て、俺やテトロザがこれないから、訓練が弛むと困っていた。 ポリア達が相手した事で、新しい風が入って気分転換に成っただろう。 さ、風邪を引く前に風呂でも入ってから帰ってくれ。 後日、また食事でもしよう」 忙しい合間をわざわざと来てくれた事にポリアは、 「アレン伯爵の一件は、リオンに任せるけど。 まだ何か用が有るなら、手伝うわよ」 と、先に。 「解った」 ローズマリーと会うポリアで。 「ごめんなさいね、面倒を掛けて」 「いいえ。 これは政務の問題ですから。 また、其方にお伺い致しますわ」 「うん。 何時でも」 「では」 「またね」 リオン王子とローズマリーも、お付きの兵士や騎士と帰って行く。 そして、残るはミカハリン卿や武人にて剣術指南役の控えに入る老人の者等。 「お手前、ポリアンヌ様のお仲間とは、本当によく出来た者よ。 また、手合わせを願いたい。 有難う、有難うな」 ヘルダーに負けた、あの白髪となるこの人物だが。 どうも武人として感ずるモノが合ったらしい。 無言で頭を下げるヘルダーに合わせ、深く一礼を返して去って行く。 汗塗れのゲイラーは、直ぐに冷えて来ている。 「お前は、いいな。 相手が良くてよ。 ワイナー殿は、リオン王子と去ったが。 終始、嫌味だらけダゼ」 不服のゲイラーの言葉に、ヘルダーは何度も頷く。 “あの人は、性格として少し面倒だ” 「ホントだ」 この施設には、軍人や職員に用意された浴場が有る。 そこは、女性向けの風呂も在るので、ポリア達も使わせて貰う。 マルヴェリータやシスティアナも、寒いからと一緒に入った。 その後、街中の店で食材や酒を買ったポリア達。 ミカハリン卿を誘って別邸へ。 「お帰りなさいませ、ポリアンヌ様」 あの老女となるメイドを含めて、夕闇の頃にメイドと料理をするポリア達。 剣の様には行かないが、それでもマルヴェリータよりシスティアナやポリアは包丁も使える。 だが、意外と上手いのがゲイラーとヘルダー。 味付け以外ならば、料理人と変わらない程に。 システィアナにこの2人が一緒となれば、リンゴから何からの皮剥きなど100や200は一時の間でやってしまう。 あの老女なるメイドは、筋の良いシスティアナには何でも教えるし。 ゲイラーやヘルダーに力仕事をして貰うので、ポリアが買って於いた甘い菓子を差し出し。 「貴方達は、頼もしいね。 ポリアンヌ様は、とても良いお仲間をお持ちじゃ」 そして、メイド3人を混じえた食事となる。 ポリアは、無駄な差別も嫌いなので、メイドを立たせて待たせるのも嫌いだ。 一緒に食事をして、残り物の食材を持たせて帰らせる。 貧しい家の者も入れば、買う事を省かせる事もさせる。 夜に街中へ出れば、女性だから危ない目に遭う事も無しでは無い。 その後、あの老女のメイドを休ませた後だ。 ミカハリン卿ことマーリを泊めるとしたポリアで。 仲間と冒険者の話題で華を咲かせてから、或る事を話そうと機会を見たポリアより。 「マーリさん」 「ん」 マルヴェリータとワインの相性が合うのか、同じワインをボトルから注ぐマーリ。 「今日、一緒に支給してくれたメイドのお婆さん、どう思う?」 仲間の皆、何の話かと黙る。 マーリも、どうしたのかと。 「それは、よく出来た人と思うわ。 此方の好みも、直ぐに察してくれるし。 ワインの好みも、大方で把握して持って来てくれる。 長年、メイドをしている人よね?」 流石、貴族として人を見ている。 白の甘口ワインをグラスに注ぐポリアで。 「あの人が、元アレン伯爵の一族に仕えていた人」 「え"っ?」 驚くマーリに、ポリアは全てを語る。 それを聴いたマーリは、神妙に成っては深く何度も頷いて。 「そんな良く出来たメイドの人が、遂に我慢も成らなくなるなんてね。 あの馬鹿野郎、何処までも堕ちたのね」 マーリの家は、盛況となる博物館を営む。 マーリ自身も、月に20日以上は出仕する形で文化財や歴史を編纂する部署に席を置き。 冒険者として動く以外にも、自由に商人の真似事をしている。 マーリには、お抱えの優秀な美術鑑定人が2人ほど居て。 この2人に美術品を売る店をさせていた。 こんなマーリだから、アレン伯爵にしてみれば自分の地位・名声を高めるにはうってつけの相手と執拗い求婚を受けた。 その求婚を受けいた当時、5年ほど前と成ろうか。 マーリにも好きな人が居たが。 相手は一般人の政務官で、アレン伯爵により何らかの圧力が有ったのか。 今は、国内の北に位置する大きな街へ移動してしまった。 それ故に、マーリのアレン伯爵嫌いは、もう殺気を持つ事も在る程だ。 時に、アレン伯爵と関係の深い貴族から結婚の意思を聞かれ、あの核所内で剣を抜いた事も在ると言う。 そんなマーリに、ポリアが。 「あのね、マーリさん」 「ん?」 「私が居ない間、あの人をどうしようかと思ってるの」 「なるほど。 なら、私の所に来て」 「いいの?」 「実は、私の所に永く務めてくれたノールは、もう病気で来れなく成って。 働けないと嘆いて、アハメイルを去ったわ。 去年まで来てくれていたサリナも、出産の肥立ちが悪くて。 まだ、来れないの。 若い人を雇うのは構わないのだけれど。 やっぱり、ああした経験者の人が1人でも居るだけで、仕事を教えるにしても全然違うもの」 「それは、良かった。 あのアレン伯爵って、メイドや使用人に結構ヒドイ事をしてたみたい。 あのお婆さんも、身体の所々に壊れた所が在るみたいだし。 関わった以上は、最後まで面倒を見てあげないと」 「ポリアンヌは、子供の頃からそうゆう所は変わんないね。 王都でも、メイドのアメリアとか、あのアムナリアさんとか。 他にも、このイルガといい」 言われたイルガは、黙って頷く。 イルガなど、ポリアが認めなければどうなって居たか。 ワインを傾けるポリアは、また小雪がチラつく窓の外を向いて。 「そうゆう事も出来ないのに、貴族、貴族って偉ぶる事に何の意味が在るのよ。 それこそ、お前なんて知らないって蹴っ飛ばされても仕方ないわ」 「世界最古にして、最高位の貴族様がそんな事を言って良いの?」 「貴族って言うだけでモンスターが消えるぐらいなら、そう言わせて貰うわ。 名前だけで悪事は消えないし、モンスターも消えない。 名前に威厳や力を持たせるのは、その名前を背負って生きて行く人間の行い次第。 何もしない、出来ない人間が名前や家を背負っても、利用されるだけされて捨てられるわ。 我が父、兄者がどれ程に身を賭けて政務をしているか。 その他の貴族だって、王子のリオンも、陛下も、トリッシュ様も、ね」 「その点、アレン伯爵は真逆だわ。 何もしてない」 「でも、人にはそれぞれに生まれ持った自分が在るものよ。 政務が出来ないのは仕方ないし、何とか出来ようとするのも別に悪く無い。 問題は、自分に能わないものを欲しがって、欲を満たす為に悪知恵だけで解決しようとするから面倒なのよ。 清廉潔白な人間なんて居ないけど、役所や地位には責任や自浄・自重する事も求められる。 それが出来ないのに、無茶苦茶するから今回みたいに大問題に成る。 その尻拭いは、いっつも他が遣る事になるわ。 利用されたエリーゼにも悪い部分は有るけど、あんな危ない事を平気でさせるアレンが大馬鹿者よ」 こう言い切れるポリアが男ならば、父親の跡を継ぐのはポリアだったかも知れない。 マーリですら、時折にポリアが男ならば…、と思う所が有る。 だが、マーリとポリアは、やはり気が合うらしい。 お互いの過去や昔話を肴に、酒が進む。 仲間も、まだ知らないポリアや貴族の生活を知れてか、話が続いた。 夜中近くまで呑んだ皆で、次の日は誰も早く起きれなかった。 * それからポリア達は、リオン王子より頼まれてアレン伯爵の事故処理の手伝いをした。 咎めは出来ない商人や貴族への事情聴取とか。 アレン伯爵に協力した者で、容疑の固まらない者を捜したり。 2日ほど協力した後には、ローズマリーの作る豪勢な料理を振る舞われた。 たらふく食べた皆で、ローズマリーを驚かせる事になる。 さて、あの剣術大会から、早・・半月以上が経過していた。 ひと月が50日と長いなかで、半月の経過は季節の移り変わりも見える。 赤いトンボが群れを成して紅葉が野山だけではなく平野でも見頃を迎えていたのも過去に成る。 海からの湿った風が雲を呼び、雪雲が目立って寒さを連れて来ると、そろそろ温かい料理しか食べたくなくなる。 冬を告げる強い北東の風が吹くこの日。 早朝にリオン王子の訪問を受けたポリアは、王室の別邸に居て。 リオン王子と入れ違いで朝から逢いに来た母親と健康を確かめ合った。 自分の方から出向こうとしていた所に来たものだから、ポリアも珍しく甘えて接する。 父親の手前で、ポリアの母親も頻繁には会いに来れないが。 無事を確かめ合う親子は、昼の食事までを一緒にする。 だが、昼を過ぎてポリアの母親が帰ると、動き回った身体の疲れやエリーゼの事件を思い出す訳で。 仲間と一緒に暇に為るからと庭師やメイドを相手に、雑談や駒のゲームに楽しむ時間を過ごし始めるのだが…。 そこに、この別邸や王室御用所の雑務を預かる執事として働いてくれる中年紳士が現れて。 「ポリアンヌお嬢様」 「あら、どうしたの?」 「はい。 今、テトロザ様がお見えになられました」 告げられたポリアは、庭で熟れた栗を取るのにシスティアナと夢中に成っていた最中で。 「えっ、え? テトロザさんが・・・って、あれ? 今朝も愚痴・・じゃなかった。 話し合いに来てたリオンは、核所(アハメイル市政の運営を司る大型施設)に行ったハズじゃない? 何か在ったの?」 執事の中年紳士は、少し困った顔ながら。 「いえ、テトロザ様は、ポリアンヌお嬢様に御用事との事で」 「あらら、わかったわ。 んじゃ、この離れの応接室で聞くわ。 こっちに通して」 「畏まりました」 この街に来ると表立って世話に成りそうな人物へは、都度都度の挨拶を確実に済ませているポリア。 リオン王子を連れずしてテトロザが直々に自分へ用事とは、些か気に成った。 メイドと一緒に、迎える用意をするポリアだが。 それを手伝うマルヴェリータが。 「ポリアは、テトロザさんを迎えなさいよ。 この準備は、私が手伝うわ」 「ごめんね」 「ん」 ポリアは胸騒ぎがした。 今、テトロザはリオンと共にアレン伯爵の一件に忙しい。 何か用事ならば、呼び出して然るべき。 そのテトロザが、態々に自分の足で此処まで来たと云う。 (多分、挨拶なんて話じゃ無いと思うけど…) 別邸の玄関に向かえば、そこへ向こうからテトロザが案内されて来る処が窓より見える。 庭の芝生がまだ霜や雪が半溶けして塗れている所も在る。 玄関を開いて出迎えると。 「これはポリアンヌ様、突然にお伺いまして済みません」 「いいのよ。 忙しい時だし、偶には寄り道してゆっくりしないとね」 「あはは、これはお優しい」 「どうぞ、庭が少し騒々しいけど」 「ほう」 応接室に案内されるテトロザは、 「おお、もうこの大きい栗が取れますか。 いやいや、幼少の自分には、大層な馳走の一つが栗の焼き菓子でした」 と、システィアナがバカみたいに取った栗を見て懐かしげにこう言った。 紅茶の用意を頼んだポリアは、窓際に立って薄青い空を見上げて。 「そうね。 厨房に云って、栗のケーキでも作ってって要望を出した処よ~」 あくまでも雑談に雑談で返す落ち着きようを示す。 ポリアとの間に、特別な遠慮はもう無用なテトロザである。 客側の白いソファーに腰掛け。 マルヴェリータの出した少し温い紅茶を貰うや。 「馬を慌てさせましてな、少し喉が渇きました」 と、紅茶に手を伸ばす。 彼が一息入れるまで見守るポリアで。 「あら、テトロザさんでも、いまだに馬を急がせるのね」 カップを置いたテトロザは、武人然とした背筋や態度を微塵も崩さぬままに。 「はい。 時々、驚く様な知らせが参るものですから」 彼を見て、仲間が此方を窺いながら寛ぐ庭を見たポリアは、その様子から何か大事になりそうな事が起こっていると判断。 「私の力が必要なら、何時でも云って。 出来る事は、遣るわ」 すると、テトロザは膝を軽く叩き。 「では、直ぐに。 明日、ホーチト王国へ旅立って頂きたいのです。 リオン様の・・隠れた名代として」 “隠れた名代” この言葉に、ポリアは驚きを隠さずにテトロザを見た。 「あ・・リオンの名代って、どうゆう事?」 軽く頷くテトロザは、 「この一件、ポリアンヌ様か・・リオン様以外に解決は出来ますまい。 ですから、隣国のサーウェルス殿から頂いたこの手紙、リオン様のお許しを得てポリアンヌ様にお渡し致します」 と、白い封筒に入った手紙を差し出した。 「あ? サーウェルスから・・。 でも、何でまた………」 その手紙を黙読したポリアは、次第にワナワナとした表情から無念さを示す瞑目に入り。 「嗚呼、バカな…。 あの一件は、冒険者の果たし状等で起こった事では在るまいに。 この様な事を公然とのさばらせるホーチト王国の大臣とは、節穴の眼を持った集まりではないか」 頷くテトロザも。 「如何にもです。 ホーチト王と御昵懇のポリアンヌ様で在りますから、何とかこの誤認を解いて頂きたいのです」 と、頭を下げる。 テトロザの云うまでも無く、この一件は見過ごせないと思ったポリア。 「テトロザさん、承知致しました。 これは、元を正せば私やリオンの我儘が招いた事です。 云われずとも、明日にはホーチト王国に向かいましょう」 「おぉ、流石にポリアンヌ様。 では、足代わりに馬車をご用意させます。 行き帰りは、それで急いで下さいませ」 「承知。 リオンには、是非にも私が行くと。 もしかしたら向うで少し荒い事もするかも知れないけど、それは黙認してと云っておいてと云って下さい」 「はいはい。 ポリアンヌ様は、ホーチト王・王妃様も公認のお客ですからな。 この事には、少々の荒療治も構わぬと思いますぞ」 夜にポリアは、明日にホーチト王国に行く旨を仲間へ伝えた。 忙しく戻らぬリオンからは、帰ったら即刻話が聞きたいとだけの言伝が来たのみである。 夜、寝る前にポリアは自分の剣を見て、剣が及ぼす様々な事件は、こうも複雑で幼稚なのかと嘆いた。 そう、剣に纏わるポリアの物語でも、この一件は少し特殊なもので。 その意味は、剣術を知る全ての者が弁えるべき事実でも在った…。 * フラストマド大王国で、ポリア達が過ごした半月ばかりの間。 実は、別の場所では、また違った出来事が起きていた。 この出来事は、確かにポリアと関わりが在る。 だが、その捉え方は、剣術とは何か。 その在り方をどう考えているかに因るだろう。 少し、時を戻して…。 その日は、両国主催と成った武術大会・親善試合も終わって一夜が明けた午前の事である。 東風の涼やかな秋風が、少し北東からの冷たい風と変わった晩秋の街道上。 ホーチト国王・王妃に、王子や親族を護送する近衛騎士団の片隅に、静まり俯く騎士の姿が在る。 「・・・」 ホーチト王国剣術指南役副長シャムテイルズ。 上級兵士・騎士の剣術指南を仕事とし。 国が運営する大きな武術稽古場の管理と任命指南役をも任される重要職である。 部下は、配属された者だけで800名。 それに合わせて、自身で雇う事も許された者の枠が50名ほど。 此方は、主に武術稽古場の管理に遣う人材と成ろう。 彼の上役で、王子や騎士団以下、全ての剣術指南を総括する剣匠にて近衛騎士団長の老将ヘイルズ・マッカーソンは、稀代の剣術遣いとして名を馳せた人物だ。 隣国の剣術指南役兼将軍テトロザとも旧友で在り。 また、伝説の様に謳われる、かの二大剣士で。 今や行方が解らないとされる人物、〘斬鬼帝ハレイシュ〙に剣術を習った男でも在る。 俯くシャムティルズは、師であるヘイルズとも親交が深いポリアに負けた事が、心に重く圧し掛かる負い目に成っていた。 (なぁ、幾らなんでも女に負けたぜ。 ウチのお師匠はよ) (アホ、後のリオン王子との試合見ただろう? 上には上が居るんだよ。 然し、“風のポリア”とは強いな。 あの美貌にして、あの強さだ。 自分を嫁としての貰い手が見つかるか、そっちの方が心配じゃないか?) (確かに、そうですね。 僕は・・・結婚するなら剣術を捨てて欲しいです) (コラ、貴族の御曹司っ! 軽々しく変な想像するなよ。 お前なんかとポリア様が結婚なんかするかっ) (身分が違い過ぎるゼ) (ホントだ。 身分、剣の腕前、人物としての魅力、どれもお前とは違い過ぎる) 試合後から今まで、兵士から騎士達が喋る話はこればかり。 本戦の武術大会では、他者を寄せ付けなかったシャムティルズの事など、埃ほども触れなかった。 だが、大会の本戦は4日掛りで、トーナメント方式。 少なくても20名以上は相手にしなければ成らない戦いである。 また、モンスター相手に腕を磨く冒険者、他国の剣術指南役も混じる。 はっきりと言えば、親善試合より此方の方が大変だ。 そして、予選で戦ったグレゴリオとの一戦は、あの大会の中でも褒められて然るべきなのに…。 また、誰よりも第三者としてシャムテイルズに申し訳無いと言うのは、先に負けたノイズマンと云う年配の剣術指南役だ。 ノイズマンは、馬上より横に来た別の指南役となる騎士に。 「嗚呼、シャムテイルズ殿に多大な負担を強いる事に成った。 私が、ポリアンヌ様との試合で、少しでも長引かせる事が出来れば良かったが。 一瞬の隙を突かれた事で、丸で腕が違うと思わせた。 その全ての重責は、シャムテイルズ殿に…」 本戦に参加して、親善試合には入れ替わった別の指南役となる騎士の男性は、その端正にして熟した人物ながら。 今は、此処まで語る事も少なかったが。 「ノイズマン殿、仕方の無い事だ。 あのテトロザ様とポリアンヌ様の一戦を見たで在ろう。 ポリアンヌ様の実力は、リオン王子様やグランディスレイヴンのサーウェルス殿に準ずる」 「ん。 確かに、負けて知ったが。 あの方は強い。 然も、まだ強くなる雰囲気さえ感じた」 「私も、そう感じた。 然し、あの風の力は凄まじい。 モンスターが襲来した時には、フラストマド大王国は安泰だ。 それに比べれば、我が国はジョイス様など宮廷魔術師師団の手助けが無ければ、どうなるか分からない。 いっその事、冒険者を雇う兵団も必要な気さえした」 ノイズマンを始めとした剣術指南役の皆、リオン王子とポリアの決勝戦が忘れられない。 あの風の力が宿る名剣を振るうポリアは、一瞬だけ神々しいとまで感じた。 リオン王子の放つ剣圧烈風波をかき消した風の力に、モンスターとの戦いの様子まで想像が出来たのだ。 この意見は、兵士達も感じた事。 今、平和な世界で軍隊の意味は、モンスターの活動が激しく成った時の防御に在ると言える。 下級兵士は、槍を主に陣形等で対抗するしか無く。 指揮官となる上級兵士や騎士には、個々の腕が求められても。 ポリアの様な特別な力が在れば、と思われ始めている。 国力に合った兵力しか持てないのが当たり前だが。 いざ、モンスターが襲来した場合は、剣術のみで何処まで対抗する事が出来るか。 その不安は付き纏う。 あのジョイスが預かる魔術師師団は、確かに戦力として素晴らしいのだが。 その規模となれば、やはりフラストマド大王国は世界でも抜きん出ている。 その差を、ポリアとリオン王子の決勝戦で感じる事が出来た。 この武術大会は、ホーチト王国も防衛として兵団の在り方まで考えさせられた。 さて、ホーチト王国の王都マルタンへの帰路は、凡そ4日。 帰国して負けを王や師から問われるならば、シャムティルズは辞職も考えていた。 (試合後、ヘイルズ様は私が負けて居無いと仰られた) “ポリア殿は、必死に正道の剣術も踏み外した処まで踏まえて戦っていた。 剣術の仕様を弁えた中で戦い切ったシャムテイルズは、剣術の勝負では負けて居らぬ” (と…。 だが、果たしてそうだろうか。 私は・・本当に負けていなかったのだろうか) 物思いに更けるシャムティルズは、ポリアとの最後の打ち合いが忘れられない。 “まだよ” 云ったポリアは、自分の剣と噛み合せ交錯する剣を“舞踏剣”と云う技を持ってして噛み合いを外し、剣を突きつけて来た。 この舞踏剣とは、相手との力量が拮抗していればしているほどに有効とされる技である。 両者の剣が打ち合い、力押しに睨みあう時。 自分の剣を平にし、相手の剣の刃を滑らせて噛み合いを外す起死回生の一手である。 だが、この技は語るほどに楽な技では無い。 もし、剣の噛み合せを舞踏剣で外す前に、相手に悟られて剣を離されては、この技は大きな隙を生じさせる必死の技とも変わる。 だからこそ、それこそ素早い手際で、あっと云う間にして退ける必要が在る。 技の理論は簡単で、応用ではモンスター等の戦いでも使える。 いや、人の様に思考が深くないモンスター相手なら、此方の方が使い勝手が良いかも知れぬ。 ある時、Kがポリアに技の本質と危うさから使用の是非を問うたが。 真っ向から全力で勝負をしていたシャムテイルズには、その技すら頭に浮かばなかった。 (この私とした事が…。 あんな危うい技を易々と決められてしまうとはな) シャムティルズの気持ちは、迷いを極めている。 昨日のポリアと戦い、これほどに真剣にて立ち合う相手もそうそうに居無い。 正しく、剣士として本気中の本気が久しぶりに目覚めた瞬間だった。 気力も十分で、まだまだ戦えた。 が、あの舞踏剣、それ一つに気が行かなかった為、気付けば剣術指南役の威厳は地に落ちた。 考え込むシャムティルズは、今や役職の“剣匠騎士”の称号も頂く出世株だが。 その生まれに、此処まで来るにして優位なものは一つも無く。 家は貴族でもなければ有名な剣士の子供でもない。 片田舎で土地も少ないその日暮らしの農家に生まれ、読み書きだけを教わる教育だけを受けていた頃。 中央から防衛役人として派遣された兵士長に剣術を教わり、15歳で兵士に成るために試験を受けようと王都に出て来た。 一年間、荷馬車へ積荷を乗せる手伝いとして働きながら兵士見習いになる為の訓練所に通い詰め。 ギリギリ辛くも見習い役人に合格して役人成ってから、漸く剣術へとのめりこんだ。 彼が休みも暇も捨てて通い詰めた稽古場には、武人として練習を休まぬヘイルズが居て。 その教えを見る見る吸収して出世したのがシャムティルズである。 今は42歳にして、男子の子供が2人。 自分の付ける厳しい修錬にも耐え、長男は17歳で兵士の一平卒として働き出した。 次男は活発で独立心が強く、本人は18歳で冒険者として独り立ちしたいと決めている。 剣術で出世を決め、剣術で今の妻を貰った。 隣国との練習試合でも、親善試合でも、最近は引き分けを挟んで負けなしだっただけに、この度の試合での負けは大きい。 帰国の途、シャムテイルズは悶々と悩んだ。 そして、4日が過ぎて、夕方。 王城に戻り、王と王妃を宮殿に送ると・・。 穏やかな笑みで、出迎えに並ぶ街中の人を絶え間なく見守る様に挨拶を配った初老の国王が。 「騎士の皆よ、兵士の皆よ、此度はご苦労であった。 此度の試合、どれも全てが素晴らしかった。 良く休み、明日からの仕事に差支えが出ないようにしなさい」 と、騎士達や此処に居無い兵士一同を含めた者に対する労いを掛ける。 「はっ」 完全武装の鎧を着た騎士達がそう応えると、王は一人を見て。 「シャムティルズ、今宵は王子達と食事を一緒に。 武術大会、親善試合の試合の内容を聞かせてやって欲しい」 この言葉に、騎士達一同、驚きを伴ってシャムティルズを見た。 だが、其処で。 近衛騎士を預かるヘイルズ団長が、黄金の兜を外した敬礼の間合いから。 「シャムティルズ、これは王命ぞ。 さ、話して差し上げなさい。 命を取らぬ真剣の立合いは、勝っても負けても修行の糧となる。 勝ち負けに拘るのでは無く、一瞬の動きが如何に勝敗を決めるかを教えてくるのだ」 すると、ホーチト王も。 「うむ、その通りだ。 冒険者でも、真に剣を極める(つわもの)も居る。 一国の防衛を預かるものとして、その剣を極める兵を抱える身として養わねば成らぬ教養が在る。 シャムティルズ、そなたは真の剣術者よ。 さ、共に来てくれい」 師匠と王に言われ、シャムティルズも嫌とは云えない。 「あ・・は」 シャムティルズが王に従い去ると、立っていた騎士の一人が。 「ヘイルズ団長閣下、あの様な負け試合をした彼を、王子の話し相手にするのは些か筋違いでは在りませんか? ポリア殿に勝てたならいざ知らず、負けたのですぞ」 すると、69歳の高齢と成り始めたヘイルズは、 「あはははは、負けた負けたと喧しい。 シャムティルズも負けたなら、あのリオン王子も負けたわい。 ポリア殿は、確かに強い。 本気であの風の力も含めれば、この世の5指に数える強さに入ろうさ。 私も、隣国のテトロザとて敵わぬよ」 と、簡単に言った。 「確かに」 「そうでしょうな」 騎士が次々と同意を示す。 然し、此処でヘイルズは更に。 「だが、あの力は剣術に在らず。 真の剣術の力量では、今でもシャムティルズが上であろう」 「そうでしょうか。 それでは、あの試合で負ける訳が無いと思うのですが」 騎士の一人の反論に、一同の近衛騎士達が聞き耳を立てた。 一同揃って、同じ意見である。 それでもヘイルズは、その威風堂々とした体躯を翻すと。 「目先の勝ち負けに囚われる愚か者共が。 それならシャムティルズと、もう一度お前達が試合してみよ。 その強さに曇り在らば、お前達でも容易く勝てるハズだ」 「団長っ?」 去ってゆくヘイルズに喰い縋る騎士だが。 「剣術の試合をしたのは、シャムティルズのみよ。 その前の試合も、ポリア殿も、アレは剣術ではなく我流の争いの術だ」 ヘイルズ近衛騎士団長は、この言葉を残して夕日の染める外階段へと消えていった。 どうやらシャムティルズが負けたのは当然であり、本当の剣術の勝負では負けていないと思っている様子であった…。 騎士達は、そのヘイルズの言わんとする意味が飲み込めなかった。 その次の日である。 ホーチト王国の王城。 その後方には、広大な兵士・役人の宿舎が広がり、王都を半円で囲む山々の裾野まで広がっていた。 この宿舎郡への入り口である大門の向かいには、8角形をした大きな建物が在る。 此処が公式に国が開く稽古場であり。 半分の広間は誰でも無償で剣術を学べる施設であった。 冒険者なども利用する土間のだだっ広い練習場には、体を鍛える用具の鉄棒や、重量挙げに相当する重石なども置かれている。 その練習場の左奥は、役人や兵士が練習するケイ石の床である剣術稽古場であり。 此処では、定まった日の午前に子供。 他は自由に使われる。 この稽古場で、本日は何時にも増した物々しい雰囲気が漂っていた。 シャムティルズの腕を見たいと申し出た騎士達が、尽く彼に打ち負かされたからだ。 負けた騎士達は、自分達が負けた事よりも、シャムティルズが試合で負けた事が気に入らない。 剣術を極めた者として認めた仲間が、幾ら冒険者で強いとはいえ女性のポリアに負けた事に納得が行かないのだ。 「お前っ、女性だからと手を抜いたのではあるまいな?」 「あの美貌のポリア殿だ。 傷付けるのに躊躇いが出たのか?」 家柄・経験年数・功績に付随して腕も達つ強い18名の上級騎士と、その下に入る騎士300名。 その中でも腕在りと云う15名が全て負かされた。 負けた方からするならば、何故、シャムティルズがポリアに負けたのかが解らない。 リオン王子に負けたと云うなら、話の合点が行くのだが…。 手合わせの後、下級の役人や兵士も稽古に来ている中、騎士達に詰め寄られたシャムティルズは。 「女性だからと手を抜いたりはせぬし、顔が綺麗だからと剣を迷わせもしないさ。 この中の大半の者は試合を見ていただろうが、ほんの一瞬、確かにポリア殿の強さが私を勝«まさ»った。 あの剣を噛みあわせた状態から、舞踏剣に移るとは微塵も視野に無かった。 いやいや、全ては私の修行が足らぬ所為である。 皆、恥を掻かせて済まない」 と、ただ、ただに謝ったのである。 勝ち負けで遺恨を残してはいけない親善試合だが、こうも後味が悪いのは頂けないと思う騎士達の者共。 他の騎士達は、勝ちも負けも紙一重の中で戦っていたのだろうと理解したのだが。 腕に覚えが在り、シャムティルズを知る騎士達なれば理解が行かないと云った感じなのである。 トーナメントの試合、親善の試合、どちらも王は不満を示さない。 いや、良く出来たと喜んでいる。 然し、負けて終わる事に納得が行くか行かないかは、それぞれの考え方に因る。 その日の午後には、一般の兵士や役人にも開放された稽古場。 役人の偉丈夫は、繫ぎの制服を着たままに部下を伴い来ていて。 「よし、本番さながらの訓練をするぞ。 2人、腰を抜かして逃げれぬ一般人の役。 3人、悪党役。 5人、包囲して逃げれぬ一般の者を助けながら、悪党を包囲するんだ。 よし、練習をするぞ」 捕り物刑事役人は、その腕を磨く為に部下をやや強制参加させて訓練をしている。 その周りでは、剣や槍の訓練にと、私服や制服で役人や兵士が練習をする。 さて、その中に混じり、一際に大柄で大剣を握る変わった若者が居て…。 「テオ、本当に何処から掛かってもいいんだな?」 「手加減はしないぜ」 30代から20代と思しき男性が、その大柄の男性を“テオ”と呼んで囲んでいる。 「大丈夫だ。 もう、居場所は察知してる」 大柄の青年は、正眼に大剣を構えて云った。 「よしっ」 「やるぞっ」 大柄の男性を囲む者達は、一斉に声を掛け合って訓練用の剣で襲い掛かる。 正面・斜め前・横、左と右後方からに成るのだが・・。 「ふんっ」 構えの遅い左後方から来る若い人物に大柄な男性は体当たりをする様に飛び退き、 “たぁっ” と、真っ先に切り込んできた右横の人物の剣に空を切らせてから。 「せいっやぁっ」 掛け声一つ二つ。 右横から振り込まれた剣を大剣で突き飛ばし、その構えから右後方にて此方へと踏み込んでくる人物の前へ大きく剣を払いだす。 「あ゛っいだぁっ!!」 剣を突き飛ばされた人物は、甲高い音を上げて自分の剣を奪われ。 その衝撃を手に受けて痛みに悶える。 「うわわっ」 また、右後方から斬ろうとした人物は、自分の斜め正面に飛び退いてきた大柄の人物テオに対応しきれず。 無理やり剣を振り掛けようとするも、鋭い払いが面前を通り抜けていき、驚くままに尻餅を付く始末。 正面に立っていた30代と見とれる男性は、自分の踏み込みより大柄な人物の反応が早く。 こうも瞬時に3人が牽制されてしまうとは悔しい。 「テオ・・流石はシャムティルズ様の一番弟子だけ在るな。 だが、まだ負けてないぞ」 テオと呼ばれる若者は、渋みの在る日焼けした顔を真顔にして。 「私は、負けない」 と、だけ云った。 休日だというのに、テオと呼ばれた若者の練習は激しかった。 兵士達の顔見知り達を巻き込んでは、何か憂さ晴らしでもしているかの様に見える程。 その荒々しさに見かねた騎士の数名が、代わりにテオと相手したのだが。 「おいっ、お前!!」 「云っても無駄だ。 あの試合の負けを、こいつも引き摺ってるんだ」 「おいおい、俺達は引き摺ってねぇ~ってよ」 上役の騎士相手だろうと、テオの剣は緩まない。 寧ろ、シャムティルズを笑う騎士に対しては憎しみが募るように厳しく成る。 結局、生意気だと稽古に参加してきた上級兵士・騎士を含めて20数名を打ちのめし。 テオと云う男は、夕方に帰って行った。 シャムティルズが親善試合で負けた話は、武術大会を勝った以上に噂と為った。 ポリアが相手なだけに、態と負けたとも。 また、本当に力量が不足して負けたとも言われたたし。 一部のタカ派的な思想の者からは、シャムティルズが向うの国と通じているのではないか等と云うバカまで居る。 国の威信などを持ち出す大臣などは、新しい剣術指南役が必要なのではないかと云う輩まで出た。 開催国の両国王は、こんな事を望んでも居ない。 ポリアに負けたと言うなら、ジョニハムやテトロザも負けた。 ポリアが頂点ならば、リオン王子も負けたし、サーウェルスやダイクスも負けた。 シャムテイルズが力を抜いて、手心を加えたと云うならば、参加者の全員がそうしたとなる。 そんな馬鹿な話が何処に在ろうか。 勝って当たり前と思い込む者は、真の剣術の存在はどう在るものなのか、その事を全く理解して居ない、無知な者と言える。 だが、シャムテイルズの腕を知り、その剣術を手本に習って来た者は悔しくて仕方が無い。 この様子は、まるで“遺恨”が残った様なものと言えた。 * そして、それから数日後である。 この時、ポリアはアハメイルに居て、例の東の大陸より留学して居た女性の変死事件の調査を依頼として請け。 捜査に足を使って忙しく調べまわっていた頃。 1日の仕事を終えたシャムテイルズは、ポリアとの試合を引き摺りながら控え室に向かう石造の回廊を歩いていた。 (師の言葉と、周りの言葉、どれも率直な意見だ。 だが、多くの者が言う意見は、無視など…) 引き摺るな、と言う言葉すら重くなる鎖となる。 あのポリアとの試合が頭から離れず、この数日は部下との手合わせすら危うく負けそうになる事も在る。 負けはしないが、同僚から心配をされる程に気が散る時が増えた。 昨日も、師のヘイルズは騎士を集めて前にし。 “女のポリアンヌ様に負けたなど、男の戯言に過ぎん。 世界を見れば、冒険者や軍人にどれだけの女性が居るか。 冒険者協力会の最高幹部となる将軍の中には、武人として女性が2人も加わるし。 魔術師、僧侶の者も含めて半数は女性ではないか。 それを見れば縮図よ。 ポリアンヌ様を含め、この世界に強い女人などどれほど居るか。 それが不服ならば、全てに皆が勝ってから云うべきだろう。 シャムテイルズよ、負けた事で鬱ぐのは解る。 だが、鬱ぐべきは性別に非ず、お前の内面の奢りよ。 儂は、勘としてこうなると思って居た。 お前も、他の者も、軍人の枠の中でしかモノを見ていない。 何より、ポリアンヌ様にあの技を決められた御主、一瞬の遅れより負けたノイズマン。 双方の負けた要因は、相手を女子と侮った慢心や奢りだ。 幼き頃、私に挑んだポリアンヌ様は、その時ですら真っ直ぐで稟としていた。 お前達は、な。 そんなポリアンヌ様の才能と、これまでの生きたあの方の人生に負けたのだ。 それが解るまで、悩むが良い。 それが受け入れられなければ、我が軍人の女子にもそのうちに負けようぞ。 な。” と、指南役の一同を前に集めて言った。 ヘイルズ将軍が認めている以上、不服を口にする者は現れなかった。 そして、実際に。 勝負の世界は、勝ち負けは決まって見なければ解らない。 女性と侮る事、それがもう間違いとヘイルズは云う。 モンスターと死闘を潜り抜けて来たポリアを含めた冒険者は、もう性別の云々では無い所に力量が達して居るのだ。 それを性別で侮ると云う事は、既にそう思う男が負けているのだ。 ヘイルズの語りに、招集に参加して来たロア王子は素直に理解した。 “あの親善試合、武術大会で、参加した者に男女の区別など超えていた。” そう理解したらしい。 だが、一方で。 周囲の貴族系軍人や文官の意見は違う。 “毎日毎日、厳しい訓練をしているのに、何で女に負けるのだ。 税金で禄を貰いながら訓練して、女に負けるとは情けない。” “軍人が、高が冒険者に負けるとは。 毎日の訓練や稽古とは、それくらいのモノと云う事か。 はっ、我が国の軍人は、‘なまくら’の武器と変わらぬな” こんな事を囁かれる。 こんな事を云う者で、ポリアに勝てる者は1人も居ないだろうが…。 本日、騎士としての務めを終えたシャムテイルズは、王城より街中の武術稽古場を見て行こうと外に出た。 古き頃、籠城すべく城の周りには堀が巡らされたが。 ホーチト王国の城周りも立派な堀が3重に張られている。 その2つ目の橋を渡ったシャムテイルズは、お付となる若者と2人で歩くと。 (ん? 嗚呼・・・やはり、か) 橋の向こうに、見覚えの有る年輩の小男が居た。 青い礼服に身を包み、お飾りの様な装飾剣を腰にした、見た目でも50代は確実に超えると思える薄髪の人物。 皺の多い顔だが、何よりも直ぐに感じられるのは、その顔に浮かぶ不気味な雰囲気だ。 済まして居ても少しニヤけた顔付き。 それでいて、性格の怖さが滲み出る。 これで、貴族の執事なのだ。 その薄気味悪い紳士は、シャムテイルズへ一礼をし。 シャムテイルズが間近へと来るや。 「ささ、此方へ」 「・・・」 頷くシャムテイルズは、付き人の若者へ。 「先に戻り、妻へ少し遅くなると言って貰えぬか」 「はい」 余計な荷物を預かる若者は、その現れた年輩男性へ微かな睨み目をすると。 直ぐに第3の橋へ向かって行く。 処が、そんな彼など無視する年輩男性で。 「彼処に、馬車を」 「解った」 極秘の呼び出しで、シャムティルズが或る場所に呼び出された。 王城の堀を越えた外側の左右と向かいの少し離れた場所に在る、政治の中枢となる内政官庁舎。 左右の庁舎は、王城とも3階の回廊で繋がるが。 真ん中の庁舎は、役場の機能も備える為、一般の人が王城へ軽々と入れない様に少し離されている。 ま、今の国王は大らかな人物なので、王城の一部を自由に見られる様にと解放している。 だが、王城の西側。 大きな官庁者は、確りと隔離された所と成る。 その向かいの離れた建物で、大臣達や政治学者などが意見を交わしたり政治活動を行って、彼等達も詰める私室も在る建物にて。 石造りの箱型の石造建物に連れて来られたシャムティルズは、有力貴族のロイザー卿に呼ばれていた。 「ロイザー様は、この扉の中です。 周りに人気が来ない様に致しますので、シャムティルズ殿は中へ」 「解った」 3階の廊下の奥目に在る部屋に案内された。 この時、執事の者は黒いフードを被って足音少ない案内者と変わり。 明らかに兵士や騎士では無い武装した者が数名現れては、誰も寄せない様にすると廊下に佇むのみ。 重い気持ちを引き摺る様にシャムティルズは、金属の補強が施される木製の盾形の扉を押し開いた。 「ロイザー様。 シャムティルズ・・御呼びにより参りまして御座います」 入り口でこう言い、シャムティルズは部屋に入った。 元々の殺風景な石の壁は、赤い壁用絨毯で見えない。 本棚が壁際に先ず見え、その次には値打ちの有りそうな剣だ、斧だ、ランスが壁に掛けられていた。 部屋は広いが、壁に、棚に、装飾を飾る台にまで武器が飾ってある。 余程に武器が好きなのか・・、そう思えて成らない程に在る。 家ならまだしも、仕事をする私室がこれでは…。 犬の足の様に・・、いや。 大きさから例えるなら、馬の足か。 右曲がりに広がりを持つ部屋の奥より、カラカラと乾いた男性の声で。 「うんうん、ようこそ御出でに。 ささ、此方に」 と、声が来る。 老いの様子も滲む声は、聞くに耳障りな感じがする。 「は・・」 俯き加減のシャムティルズは、家路に帰る夕方にて呼び止められ。 此処に来るまでの馬車の中、また歩いて来る姿勢が一貫していた。 何か言われる事は、シャムテイルズの経験からして確実だ。 シャムテイルズ程の地位を軽々しく呼び出せる者が、この声の主と云う訳だ。 (今度は、何を言われるか・・。 “今の地位を捨てろ”、とでも言われるかな) 急に、こんな事を思うシャムティルズ。 一体、何がその様に重い事なのか…。 シャムティルズが右曲がりに広がる部屋を見渡せる処まで来ると、赤いレッドカーペットの伸びる先。 段差にて、低めに作られた5段の階段を上った広間にて。 謁見の形に置かれたデスクに就いている人物が、ニコニコとした笑みで此方を見てくる。 笑みに惑わされ易いが、見てくれに50代に差し掛かろうかと云う紳士風と云うか、貴族風の細面な人物がその男性である。 サスペンダーに、白い襟首の高い高価そうなシルクシャツを着て、首を飾るスカーフネクタイの白さが妙に飾りっ気を誇張していた。 目は少し黄色が冴えるもので、見るからに物腰柔らかそうな人物に見えた。 デスクを数歩前にし、カーペットの上にて膝を折るシャムティルズ。 「ロイザー様、呼ばれまして参上しました。 何か、用件でも有りましょうか」 言いたくも無い敬語が少し乱れるシャムティルズである。 全く邪気の無い笑みを浮かべたその年輩男性は、椅子から立ち上がる事も無く。 また、せっかく呼び寄せたシャムティルズを客として持成す気も無いなままに。 「あ~、うんうん。 呼んだんだよ、来て当然だね。 話は、短いよ」 シャムティルズは、緊張に身を強張らせた。 このロイザーと云う人物、言葉遣いが子供の様に変わり出すと安心の出来ぬ男として有名である。 部屋前で聞いた話し方と、今の話し方が随分と違う。 「は」 頭を垂れたままのシャムティルズを見下ろすロイザーと云う人物は、羽根ペンを片手に持ったまま。 「20日・・ぐらい後、密かに或る冒険者と立ち合って貰います。 その人物に、もしも貴殿が負けたなら・・。 うんうん、毒を飲んで死んで貰うね。 お前は、今はロイザー家の親戚だけど、正直な処で女風情に負けた恥曝しだから。 うんうん、2度も試合に負けたら、それは死んでトーゼンだよね。 うんうん、家督は息子のシャランスが継げばいいだけさ。 うんうん、私の本音としては、田舎臭い上に弱いのは要らないの」 シャムティルズの方を見ながら、されど彼を直視しない上目遣いで話を言うロイザー卿。 普段の、政務の時にこの人物が見せる様子では無く。 この語りからして何処か横暴さが気味悪い形に填め込まれているかの如く、型に填まった様子が窺える。 言われたシャムティルズだが。 「・・は、了解いたしまして」 と、反論もせずに受け止める。 この了承の返事を聞くと。 「うんうんうん、解ったならもういぃよ。 さっさと下がれ。 弱いヤツの顔を見るのは、私は大嫌いなのだ」 ロイザー卿は、済ましたキツネに似た顔をして言った。 黙って下がるシャムティルズは、内心に思って居た事が現実に成ったと確信した。 「・・失礼致しました」 扉を閉めたシャムティルズは、実の師匠にも言えぬ秘密がまた出来たと思った。 さて。 兵士の家族に与えられた一戸建ての集まる住居区域の一部には、庭を持たせて、各家々の間が芝生や植樹林の林で隔てられた高官が住む屋敷も有る。 地元の貴族や、将軍・官僚・学者は個人の家を持ち。 今だに宮廷魔術師の総師団長として要職に就くジョイスとて、既に結婚して個人で家を持っている。 この高官用に用意された屋敷群の半分は空家で、今住み暮す者の殆どは家を持つ敷金が貯まるまでか、建てるまでの仮住まいとしてだ。 然し、この屋敷に長々と住んでいる一家が有る。 街の方に移り住む気が無い様子で、丸で人目を忍んでいる様な感じもする一家。 夜分遅くに歩いて家主となる主人が帰った処を見ると、誰か一目瞭然。 そう、シャムティルズの一家だった。  家庭菜園として、小さな庭を持つ二階建ての屋敷。 一階部分が半円の様相で、2階は横に長い形。 「夜分に済まない。 今、帰った」 白い扉を引き開いてシャムティルズが帰ると、リビングに居た女性が廊下に出て来た。 「アナタ、遅かったですね? 何か有りましたか?」 長い黒髪をうねらせて、何処か陰が有る・・と見て取れる女性が彼の妻だ。 ほっそりとした身体で、肉付きは良いとは言えない。 だが、その少し垂れ眼の加減といい、華奢な身体に匂う奇妙な無防備感といい、男性からするとなんとなく気に成る女性と見て取れる。 「ロザンナ。 何でもない。 知り合いが相談したい、とな。 少し誘われた」 シャムティルズの脱いだマントを受け取る妻のロザンナは、夫の浮かない顔を見て。 「・・まさか、本家の伯父に呼ばれましたか?」 と、鋭い一言を。 「・・・」 帯刀していた長剣を外すシャムティルズは、事実を言い当てられて話が無く。 「・・いや。 あ・・・息子達は、大丈夫か?」 「え?」 「私が親善試合で負けた事で、何か無用の負い目を受けては居無いかと心配でな」 すると、後から広い半円形のリビングに入り。 庭側の窓際に有るコートを掛ける金属の型掛けへとマントを掛けるロザンナが。 「大丈夫で御座います。 アナタのお弟子共々、自らの腕でその噂を捻じ伏せてますわ」 その話を聞くシャムティルズは、同じ俸禄を貰う高官の宅に在る物とは比べても地味なソファーに腰を下ろし。 「そうか。 ・・もう、私が居なくても大丈夫そうだな」 と。 然し、その言葉を聞くロザンナは、何を言い出すのかと怪訝に成り。 「アナタ、何をその様な・・。 あの子達も、お弟子の方々も、アナタが居るからそうして居るんじゃ有りませんか。 間違いの噂や、事実無根の言い掛かりを跳ね除ける為に」 「ん・・そうか。 そ・・そうか」 力なく言うシャムティルズは、何故かまともに妻の顔を見れない。 だが、ロイザー卿から言い渡された果し合いを言える訳も無いので。 「ロザンナ、子供達や弟子の迷惑を許せ。 間も無く、それも止む。 私の至らなさの所為だが、また取り返せば良い事だからの」 「はい。 そう存じて居ますわ」 その素直さといい、夫を見て何が欲しいかを察する感覚といい。 世辞抜きでよく出来た妻だと云える。 だが、それから食事もしないでシャムティルズは私室に篭った。 シャムティルズが若くしてこの年上のロザンナを娶った事は、当時でそこそこの噂に成った。 3歳の歳の差など、どうでもいい事だ。 問題は、このロザンナと云う女性は、あの先程にシャムテイルズを呼び出したロイザー卿と近親の血筋に当る女性であり。 その婚約当時に、別の貴族の当主と結婚していた事が理由である。 ロイザー家とは、大元がこのホーチト王国にて騎士や近衛騎士を輩出する武門の一族であり。 大昔から都度都度に亘って剣術指南役を婿にしたり、剣の腕で出世する者を好む傾向に有った。 無論、今の当主も例外に外れない。 シャムティルズの師匠となるヘイルズ総帥には嫌われたが。 見事に、その一番弟子となるシャムティルズと云う有望株を一族に加えているのだから…。 悩むシャムティルズは、己とロザンナの過去を思い返していた。 シャムテイルズは、格の違い過ぎる間でロザンナと恋に落ちた。 夜の見回りを終えた後、宿舎へ帰る途中で霧の咽ぶ夜道をヨロヨロと歩くロザンナを見つけたのが出逢いだ。 無言の彼女を保護した形だが。 家が何処か言わないので、仕方なしに宿へ泊めるつもりで送るも。 その無防備で、憂いを帯び、今にも自殺してしまいそうな彼女を助けたく話をする内に、乱れた衣服が肌蹴るそのまま彼女に惹かれた。 乱れた処を直すつもりで手を伸ばしたシャムテイルズだが、どうしてかロザンナを抱いていた。 その時、ロザンナもシャムテイルズを誘っていたと思う。 ベッドの隣に座っても警戒をせず、シャムテイルズが衣服を直そうとしても嫌わなかった。 シャムテイルズが抱き寄せて唇を重ねた時、ロザンナは縋る様に身体を寄せて返した。 その時まで女性との遍歴は薄かったシャムテイルズだが。 全く無かった訳でも無い。 長々と肌身を交わした後のロザンナは、甘く微笑んでいて。 死にそうだった様子が消えていた。 それから、シャムテイルズとロザンナは、夜に密会する様にして逢瀬を重ねた。 シャムテイルズがロザンナを愛したのは確かだが。 その熱意は、密かなロザンナの方が熱かったと言える。 シャムテイルズと2人きりに成れば、貞淑そうなロザンナが誘う様に身を開く。 抱かれたい、愛されたい…。 貪欲なまでに甘く、それでいて従順なロザンナに、シャムテイルズが溺れたのだ。 何より、シャムテイルズも、ロザンナの貴族として培った品や所作に見れる美しさに魅せられた。 半年以上も逢瀬を重ねたシャムテイルズは、次第にロザンナと結婚したいと切望する。 だが、実際には不倫に堕ちた。 然し、不倫を認識していたのは、ロザンナ側のみ。 シャムティルズは、ロザンナが結婚していたなどとはツユも知らなかったのである。 その当時の事だ。 粗野・粗暴を力にして剣術に見せているだけの中堅貴族に嫁いだロザンナは、横暴にて酒癖の悪過ぎた夫との不遇を嘆き。 また、ロイザー家の当主であるあの人物は、自分の眼に曇りが有ったと恥じていた。 この貴族とロザンナをゴリ押しで結婚させたのは、ロイザー卿その人だからだ。 今や貴族支配が落ち目となり、単なる貴族同士の婚姻も時代遅れとなりつつある中。 武人を好んで親戚を婚姻させ、家の地位や存在を高めようとする昨今。 焦ったロイザー卿は、ロザンナに一目惚れした貴族の相手と昵懇に成ってしまったが為の結婚だった。 そんな折、剣術の才を買われて兵士長に異例の速さで出世したシャムティルズに、このロザンナが恋心を抱き。 また、武門に長けた要職に就く者がこの時に、一族に全く居なかった事を恥じていた当主ロイザー卿にとって、このロザンナの恋は不倫でも渡りに船であった。 ロザンナは、夫の暴力から逃れた夜にシャムテイルズと恋に落ち。 その後は、ロイザー卿の家に療養として身を潜めながら。 夜な夜な、シャムテイルズと逢瀬を重ねた。 それを知ったロイザー卿は、ヘイルズ総帥には嫌われていた為。 これは是が非でも成立させたい結婚と考えた。 そして、ある日だ。 ロザンナは、シャムテイルズに親戚の小父を紹介したいと。 ロイザー卿の元へ案内する。 ロザンナも、早く今の夫と離縁してシャムテイルズと結婚したいと思っていて。 その為には、ロイザー卿の支援を貰うのが手っ取り早いと思ったからだ。 だが、この時に別の一方では。 ロザンナを大怪我させたとして、離縁も考えると言う前提で引き離された夫の貴族だが。 半ば奴隷と云う感覚の妻ロザンナを恋しがり。 密かに人手を雇い、ロザンナを探し始めるのだ。 処が、なんとロザンナには、密かにシャムティルズの結婚話が持ち上がっていると聞いて逆上する。 元々からの酒乱と賭け事好きで財産を離散尽くしかけていた夫の貴族は、馬鹿にされたとロイザーの命を狙おうとする。 そして、シャムテイルズとロザンナ。 それからロイザー卿を取り巻く事件が起こる。 その貴族がロイザーの命を狙った時は、シャムティルズとロザンナが内々に婚約をする日であり。 ロイザー家の離れに押し入ったこの貴族が武器を振り回して暴れるや、狼藉者を取り押さえようとしてシャムテイルズが駆け付けた。 然し、酒に酔って凶暴な暴れ方をする元夫を手に余って、図らずも斬ってしまったシャムティルズ。 この時、シャムテイルズは始めて真実を知った。 ロザンナの夫を斬り倒してしまった事で、全てを闇に葬る代わりに負い目も抱えてしまったのであった。 だが、シャムテイルズは、ロザンナとの結婚を辞める事は出来なかった。 婚約の時からロザンナは長男を身篭っていた。 前の夫は、暴力的で最初の妊娠は流産と成っていたロザンナで。 そんな彼女を溺愛してしまったシャムテイルズは、ロザンナを手放すなど考えられなかったのだ。 2人は秘密を抱えたまま結婚した。 その夫婦仲は、少し密やかなれど睦まじく。 養女に出した娘1人を間してに、男子が2人生まれた。 今もお互いに愛していると言えるこの夫婦だが。 その一連の過去から派手な生き方など微塵もしなかった。 この事実は、子供達はおろか師匠ヘイルズでも知らず。 その経緯を知るのは極極一部で口外した事など一度も無い。 ロザンナも、シャムティルズも、何事もなければ墓場まで秘密を持っていく覚悟であり。 また、そう願っていた。 死んだロザンナの元夫は、身近に親しい近親者が居ない事も在り。 ロザンナの離縁は、とても簡単に終わった。 だが、全く綺麗に清算が終わった生活とも言えない。 シャムテイルズも、ロザンナと一緒に成った事で、ロイザー卿との付き合いは外せなくなる。 自身は剣術など嗜み位にしか出来ないが、ロイザー卿は武器に強い拘りが有り。 シャムティルズが国王から受け賜った短剣、師匠から形見分けと譲り受けた長剣、これぞと思う一品はロイザー卿に強請られてしまい。 表向きに、“飾る場所を借りる”という名目ながら、所有権諸共にロイザー卿の屋敷へと移した。 大叔父に近い間柄のロザンナは、そのロイザー卿の我儘に1人で憤慨しては泣く事も多かったのは事実である。 賜り物を取られた後、夫のシャムテイルズに詫びるロザンナ。 その姿に、最高の宝は妻と子供と割り切れたシャムテイルズだ。 ま、恩恵も幾らか有ろうし。 ロイザー卿に覚えの良い息子2人は、秘密を知らない以上は付き合いも続くだろう。 結局、シャムティルズ夫妻のみが、背負う孤独と負い目の重圧に耐えていた訳だ。 これに加え、シャムティルズは余計に個人的な無理難題も突きつけられて来た。 ロイザー卿の抱える剣術指南との腕試し、聞えの良い貴族の指南役を密かに叩きのめす、有る意味で横暴極まりない事ばかり。 シャムティルズも、やろうと思えば冒険者並の体術を使って相手を牽制する事など容易く出来る。 だが、正道の剣術指南役が、勝てば何をしてもいいと云う剣術を遣う訳に行かない。 自分が教えるのは、騎士・兵士を始めとした若者など。 規律も、心得も、卑怯も弁えぬ剣術など、それこそ人殺しの術に過ぎず。 その様な事を教えたと有れば、最終的に名誉を傷付けられてしまうのは、師匠と国王なのである。 この一つだけは絶対に曲げない気持ちを持って来たシャムティルズである。 さて、だが此度の事は、人生最大の失態と成る。 物腰は柔らかくも、負けたら服毒して死ねなど初めて言われた。 ロイザー卿が、本気で立腹しているのは明らかで在る。 誰と立ち合うのか、勝っても今度はどうなるか・・。 自分の負けの噂を気に入らないロイザー卿は、どんな相手を持ってくるやら不気味である。 剣術の全てを、ただ勝つか、負けるか。 そんな子供染みた感覚で捉え、負ける意味を知らぬ者だからこそ………。 それからのシャムティルズは、妻のロザンナとも口を利くのが躊躇われる生活へと入る。 稽古を付ける時は、まるで事務的に。 騎士として召集されると、まるで銅像か石像の如く生気の無い様子で…。 師のヘイルズですら、直ぐにシャムティルズの変化に気付いた。 負けの重荷は、剣を以って出世した者には誰でも付き纏う悩みである。 だが、その悩みを乗り越えて、剣を手に取る覚悟が必要なのは承知済みの事。 敢て何も聞かず、見守る事に徹しようとしていた。 (シャムよ。 真に強く在れ。 私も、嘗てはテトロザ殿に負けた時、どれほどに悩んだか知れぬ。 だが、今もこうして修練を重ねるのだ。 お前も、ポリアンヌ様も、リオン王子やグレゴリオ殿も、そうして更なる高みへ磨かれよう。 焦るな、周りに縛られるな。 頼みは、己と心許せる者の付き合いよ。 シャム、這い上がれ。 高みへ上がりたくば、悩んで這い上がれ) ヘイルズ総帥も、ホーチト国王も、シャムテイルズはもっと伸びると信じていた。 また、ロイザー卿との関わりも、幾らかは知っていた。 褒められて、認められてばかりでは成長は止まる。 その時に壁を見る事で、また更に成長が始まる事を知っている。 だが、シャムテイルズの置かれた立場は、目に見えない中で悪い。 そして、ポリアはどうするのか。            * ロイザー卿に呼ばれてより数日して。 アハメイルでは、捜査に邁進するポリア達が死亡した女性の変事件の真相に達しようとする頃合いだろうか。 夕暮れの王城前に出て来たシャムティルズは、見知った人物が王城の入り口の門前で立っているのを見つけた。 (あれは…) 遠目に見えているだけだが、その人物を見間違うほど年寄りでも無い。 歩いて近付いてゆくと、顔をハッキリ見て。 「サーウェルス・・か。 そんな処で誰を待っている?」 冒険者として、このホーチト王国の根降ろし組みでは最強と思われる剣士であったサーウェルス。 ポリアとKの出会いの先で助けられた人物の1人であり。 近年では、この街の斡旋所の主を代行する事も在る。 だが、この街に来た頃の少年サーウェルスは、冒険者に成る以前から武術稽古場に来て剣術の手解きを受けたり。 また、騎士達の訓練する剣術の様子を見ていた若者であった。 サーウェルスとシャムティルズの付き合いは、その若者の頃からで。 兵士見習いで、師ヘイルズから厳しい訓練を強いられるシャムティルズの姿を、サーウェルスは時折に見てきていた。 また、剣の筋が良いサーウェルスへ、訓練の合間に練習の付き合いをしてやったシャムティルズ。 師弟の間柄と云うより、歳のやや離れた仲間、気心の知れた知り合いとして付き合いが今日まで続いていた。 だから普段は、シャムテイルズもサーウェルスを名前で呼ぶ。 壁に背を預けていたサーウェルスは、何処か神妙な面持ちで。 鎧は付けず、背中に大剣を背負う日常的な出で立ちでいた。 「シャムさん、ちょっと話が有る。 このまま、少し街中でいいかな」 剣の繋がりで弟みたいなサーウェルスに言われ、シャムティルズは断る理由も無い。 「ああ、付き合おう」 ロイザー卿の話で、このところ悶々とし続けていたシャムテイルズ。 他人の悩みを聞くぐらいの余裕を見つけたい内心から、シャムティルズは乗り気に近い気持ちで頷いたのである。 この王都では有名な2人が、飲食店街に向かう。 道すがらに、見掛けられては声を掛けられる2人だが。 「サーウェルス」 「なんだい」 「子供は大きく成ったか? 男の子と・・女の子も出来たんだろう? 斡旋所のオヤジさん、子守りの時はデレデレらしいじゃないか。 兵士の中でも、時々に話が上がるぞ」 聞かれたサーウェルスは、何とも穏やかな苦笑いで。 「その通りだよ。 特に後で生まれた娘の方に思い入れが強くてさ。 オレなんか、中々に触らせて貰えない」 「はは、そうか。 男の親や祖父さんには、娘は可愛いものさ」 「そういや、シャムさんにも娘さんが居たね」 「お・おぉ。 7歳の頃にな、国王陛下のご親戚に当る方の養女に出させて頂いた。 時折に顔を見るが、母親以上に美人で困る。 どんな方の嫁に出されるのか・・、何とも・・何とも」 「そうか・・、養子に………」 「うん。 その娘を引き取りたいという夫婦は、今はもうだいぶに高齢でな。 あの娘を出した頃で、50歳を回る2人だった・・。 だが、流行り病で、娘と孫娘を一気に失ったとかで、もう淋しくなった屋敷でその御夫婦2人して死人の様に暮していたとか。 侯爵筋のお方だが、夫の男性は陛下の若かれし頃を御支えになった乃仕御用人だとかでな。 陛下とは、特別な友情で結ばれた御人なんだとか」 「乃仕御用人(ないしごようにん)?」 「あぁ、難しい話で済まない。 内仕御用人とはな、陰ながら陛下の知識・教養や身の振りを見守る影用人よ。 他国への挨拶回りを行う国王に付き従い、他国の返礼作法や口にしない方がいい諸事情を教えたりするのが表向きの仕事。 だが、裏に回れば毒味役、影身代わり役も務めなければならない大変な傍周り役なんだそうだ」 「ふぅん。 生死を共にした間柄って訳か・・。 俺達の仲間意識と似てるかもな」 「なるほど、良く心で結ばれた冒険者は、仲間は大事だと聞くな。 確かに、そうかも知れぬ」 「シャムさんは、娘さんを国王に頼まれて養女に?」 「そうだ。 娘のマドリアは、妻の躾に素直でな。 国王のお招きで、何度か顔を御見せに覗わせた。 我が妻は、ロイザー卿様の血筋で、今は他国に嫁がれた姫と学習院卒業まで一緒だったとか。 陛下夫妻とも顔見知りだし、気性の鋭い公爵筋の奥方達とは違うとかでな。 騎士の数名や、学者のご家族も参加された気楽な場だったよ」 「でも、子供を手放すって・・嫌だっただろう?」 大変な事を聞かれたシャムティルズだが、何処か落ち着いている様子で。 「いや、そうでも無い。 別に死ぬ訳では無いし、遠くに行く訳でも無い。 マドリアは、成長と共に優しさが先に見える子でな。 悲しみで暗い嘆きの淵へと落ちたあの老夫婦を見て、娘も堪らなく成った様だ。 一応、養子に出す夫婦と数日住まわせたのだが、マドリアから構わないと出た」 「シャムさん、本当ですか?」 「うん。 街の向うの貴族区に移るが、私達家族と遠くに離れる訳では無いからいいと・・。 学習院では、息子達と付き合いも多かったし。 息子達は、向うの夫婦とも親族同様の付き合いをしている。 俺は田舎出の人付き合いが下手な男だが、我々の子供達は違うらしい。 親より、よっぽど壁を破る仕様を心得ている。 俺は、剣しか教えられん不器用者ってわけさ」 「なんだか、俺には怖いぐらいの話だね」 「はは・・。 ま、私は人には恵まれていたのだ。 我が師、ヘイルズ様は妻子を持たぬ独り者を通す生き方をしているが・・。 その兄、そして伯父は武具整備・財務官から貴族の妻を貰って出世してる。 田舎から出て来た私で、剣だけで出世しても解らない事だらけだったが。 師のご親族から教えを受け、騎士の振る舞いや社交作法を教わった。 息子達は、この方々の御子息と歳が近い。 また、私の剣の躾が役立った処も有るらしく。 貴族の御家に行き、剣術の手解きを子供に教えたり、色々と私の不足を補う様な事をしている様だ。 我が師に良く言われるよ」 “シャム、自分の子供を見習え。 社交性も、優しさも、子供の方が上手だぞ。 お前と奥方の間に生まれた子供だ、父親にもその素質が在ろうさ。 私の様に無骨一辺倒の男に成るなよ” 「と、な」 そう言うシャムティルズを、夕日が落ちてゆく赤い陽の光で照らし見るサーウェルス。 まだ10代の始めだった自分が、子供の頃から見たシャムティルズが、まだ此処に居る様だと思う。 (剣術一筋のシャムさんだものな・・。 実家が大きな畑を持てたのも、シャムさんの仕送りなり援助が有ったんだろう。 出世するこの人を見てるが、自分に対する厳しさは微塵も失われては………) 偉くなったからと威張る事もなく、派手な生活をしたり見栄を張る事も無い。 剣と云う一つに縋り付き、その一つを不器用ながらに必死に極める人間がこの男だった。 今の役職も、生活も、その技量に見合ったものなのだとサーウェルスは思う。 さて。 話しながら、やはりあの試合に触れる事に成る。 「そうだ、サーウェルス。 あの親善試合、リオン王子との戦いは実に見事だった。 我が師ヘイルズ様も、陛下やロア王子も感服していたぞ」 「いやぁ、負けちまったから」 「いやいや。 汗で剣が握れぬのは、短時間で激しく打ち合い、手の表面が摺り擦れたからだ。 それだけ、2人の力量は拮抗していたし。 また、打ち合いの凄まじさを物語るというものだ。 剣を先に壊したのは君だが、あれは君の打ち込みの強さの現われだ。 決して、リオン王子が優勢だからではない」 サーウェルスもハッキリ言われて、リオン王子が自分に云った感想がそのままこの意見に出ていた。 見る者ぞが確かなら、同じ意見に落ち着くらしい。 此処で、シャムティルズもサーウェルスを見ると、何処か自虐的とも見て取れる笑みで。 「それになぁ、負けたのは私も同じだ」 確かに・・。 黙ってそう頷くサーウェルス。 だが、自然と言葉に出たのは、リオン王子の意見とこれまた全く意見で。 「だが、負けて当たり前じゃないかい、シャムさん」 シャムティルズは思わぬ一言に、やはりポリアの方が自分より完全に勝っているのかと思ってしまったままに。 「ん?」 「いやぁ、あの親善試合で、律儀に剣術のみを出し切ろうとしていたのは、シャムさん1人だった。 ポリアも、勿論・・俺たちの方も2人だって・・冒険者がモンスターと戦うさながらに近い自前の遣り方。 卑怯も好き勝手もそのままだ。 リオン王子が、シャムさんの太刀筋を見て感歎してた・・。 剣術一筋。 その全てが現れているかの如く正しい捌き、太刀筋だったと。 礼儀のみならず、剣一つで全てを表す剣術の技に於いて、シャムさんは誰よりも真っ直ぐだったって…」 「あ・・・リオン王子が、そう云ったのか」 「あぁ。 それに、ポリアも同じ意見だ。 若かれし頃に、あのヘイルズさんが付けた剣術の稽古、精神、太刀捌き、全てが体現されて見えたってさ。 リオン王子は、剣術と云う正々堂々の技のみで立ち合ったら、シャムさんに勝てる気がしないってさ。 自分で進んでやった事だが、何でも御座れの剣は人に教えられない・・。 俺にはこの意味が良く解らないんだが、リオン王子はそう言ってた」 人が行き過ぎる道すがら、その話を聞いてシャムティルズは黙った。 (人に教えられる剣・・か。 リオン様は、素晴らしき高みに入り始めたのだろうな。 私には、今一まだ解らぬ境地だが、冒険者と云うものはそうまでに汚れるものなのだろうか・・。 この私とて、人一人を殺めてしまっている。 この手で、その様な清らかな剣術を体現する事が出来て居るのだろうか) 自分の事は、自分が一番解ったつもりであり。 また、自分ほど、自分が見えて居無い事も無い。 シャムティルズの内心は、何が本当で何が嘘か解らなかった。 さて・・。 商業区の中を通る何本かの大通り。 その交わる場所の近くで、安くて吟味されたワインや蒸留酒などを出す田舎料理屋が有る。 店内は、3人、4人、7人席のテーブルが、狭い店内に配置されいる。 奥には、向かい合って、込み入った話も出来る庇で隠れた席も在り。 「どうも、オヤジさん居るかい」 サーウェルスが入りながらそう言えば。 「あ、サーウェルスの若主人かい?」 赤いベストに、白い前掛けエプロンを垂らす給仕兼支配人する店長が出て来た。 「若主人は、やめてくださいよ。 それより、奥の隠れ席いいかい?」 40半ばは過ぎたと思われるオールバックの支配人は、後ろに立つ俯き加減の軍服姿をしたシャムティルズを見てから。 「あいさ、使いなよ。 料理は、自由に注文しておくれ」 「ありがとう。 それじゃ、注しの小さいツルで紅淡酒(シェリー酒と同類の物)を。 軽い前菜もあれば」 「解った。 席で待ってなさい」 まだ客が鬩ぎ合う頃合いでもなく、働き手3人が帰りに夕食代わりにと来ている程度のいり込み様。 サーウェルスは、シャムティルズを誘って左手窓側並びの奥に入った。 テーブルの頭上に、グラスランプが掛けられる席に座るシャムティルズは、田舎で遣う川魚の“魚醤”が焦げる匂いを嗅いで。 「おぉ、懐かしい匂いがする。 生まれ育った故郷では、塩気は岩塩か、この匂いの魚醤だった」 少しクセの有る匂いだが、サーウェルスも席に座り。 「山の田舎から出て来た家族で切り盛りしてる店なんだ。 見た目は綺麗じゃないが、前にポリア達を連れたらさ」 “酒が美味くて、料理の加減が偉そうでなくていい” 「なぁんて言って好んでた場所なんだ」 「ふぅ~ん、そうか。 着る物を変えて、今度は妻と来たいな」 2人が座ると間も無く、“ツル”と呼ばれる特有デキャンタに酒が入ったものを持って来た支配人が。 「サーウェルス。 前は、あのポリア様達を連れて来たと思ったら、今度はシャムティルズ様なんぞ連れて込み入った話か? ま、深くは聞かないが、ウチの村の英雄に面倒なんか掛けるなよ」 と、グラス2つにツルを置く。 シャムティルズは、思わず。 「あ、ご主人は私と同郷ですか」 支配人は、小声で。 「え~ぇ、貴方の家に土地を買って貰えたので、こっちに出る資金が出来まして。 17・8年前でしたか、一家でこっちに」 「あ・・」 支配人は、苦労人だけあって。 「ま、今日は何も」 と、一礼して離れてゆく。 「なんと・・、同じ村の人とは驚きだな」 すると、サーウェウルスは酒をグラス2つに注ぎながら。 「店の看板」 「え?」 「見なかったのかい? “ラクテス・ムサナ・シャム”。 “田舎の誇り、シャム”」 考え事をして、店の看板すら良く見てなかった。 田舎から出て来る商人は、自分と同郷の出世株を好む。 自分も肖りたい、自分の誇りとして。 「・・・」 黙ってしまうシャムティルズだが、淡い紅黄色の酒を口に含み。 「ん? あぁ、これは美味い・・美味いなぁ」 と、味わった。 新鮮な魚の切り身とサラダを、塩気の聞いたオイルで和えたものと。 魚醤で味付けの肉野菜炒めが出された。 フォークでそれらを食べるシャムティルズは、急に老け込んだ様子となり。 「こっちに出て来てからは、一度も帰ってないが・・。 今頃、故郷はどうなっているかな。 蒸かしたイモに、この魚醤を垂らして食べるのが、子供の頃の夕方の日課だった。 ん・・・懐かしい」 普段の指南役副長、騎士としての様子が消えてなくなったシャムティルズ。 一人で田舎から出て来て、もう“不帰”の気持ちで剣術に打ち込んだ彼だが。 やはり、生まれ育った田舎の味には弱いらしい。 普段は決して見ないシャムティルズを見るサーウェルスは、酒を気にしながら一通りの様子を見ていた。 が、シャムティルズも本題を忘れきった訳でも無く。 「いいものを味わった、これはサーウェルスに礼を云わなければな。 いや、有難う」 「どうって事は・・」 「さて。 私に用とは、一体どうした? 何より、これを聞かなければ帰れない」 すると、サーウェルスは神妙に座りを改めて。 「シャムさん。 腕試しの果し合いは、何時だい?」 シャムティルズは・・・サーウェルスの顔を見て身を固まらせたのだった。 今の話で受けたシャムティルズの衝撃は、いか程だっただろう。 まさか、サーウェルスからあの事を尋ねられようとは・・。 店の片隅で凝固したシャムティルズの顔、目、身体。 そんなシャムテイルズを見返して、サーウェルスも少し俯くや。 「シャムさん。 貴方に、こう云うと理解が早いと思うが、最初に相手として目を付けられたのは俺なんだ。 50000シフォンか、魔法の込められた大剣か、剣術を買っての仕官か。 どれでも選び放題でシャムさんを・・」 シャムティルズは、遅く遣ってくる震えで手が儘ならず。 グッと握ってなんとか制し様としながらに………。 「お・・おま・お前の処に、ロイザー様の遣いが・・行ったか」 その言葉を聞いて、サーウェルスは逆に驚いた。 「え゛っ? あ・・シャムさんの命を狙ってるのは、ロイザー卿なんですか?」 「あ・・・」 ハッとサーウェルスを見上げたシャムティルズは、事の真相を明るみにしてしまったと思った。 サーウェルスは、何者が自分の失墜を画策している知らなかったらしいと悟る。 思わずに。 「サーウェルス、依頼して来た相手は知らなかったのか?」 「あ・はい。 夜中に突然の様な馬車での客が来て、俺を名指しの指名でそう依頼が有りました。 外で話を聞いたんだけど、主の義父が聞いてて・・。 戻った俺は急に胸倉を捕まれまして」 “シャムティルズって云や、お前の剣術の恩師みたいなもんだろう? こんな依頼、何が有っても請けるんじゃ無ぇっ” 「って・・。 義父さんは何か案が有るらしく、誰かと連絡を取る手続きをしたみたいだ。 だけど・・、俺が請けなかったからって事を諦めるなんて様子じゃなかったし、心配で・・心配でさ」 打ち明けられたシャムティルズは、まさか身近にこんな広がりを持ってしまったとは思わなかった。 だけに、今度は斡旋所の主の動向が気に成り始め。 「サーウェルスよ」 「はい?」 「主殿は、何処に連絡を取ったのだろうか」 「それが、俺にも教えてくれないんですよ。 下手に話を広げたら、何が噴出すか解らないし。 それに、シャムさんの役目や働きに支障が出ても困る。 だから、せめて教えて欲しいって云ったんだけど…」 “ウルセェやいっ。 愚直で頭の回りの悪い腕だけ(たつ)バカ息子より、よっぽど頼りに成る奴等だよっ。 お前はコレに関わるなっ、それより孫のオシメは乾いたんかいっ?!” 「これで終わり。 まったく取り合おうともしないんですよ・・」 それを聞くシャムティルズは、ゆっくりと俯き。 「その依頼・・何時に?」 「あぁ・・3日前です」 「我が師匠や、騎士・貴族に知らせたのなら、もう何かが起こって然るべきだ。 恐らく、国内の離れた場所に居る誰かと連絡を取ったのだろうな。 穏便に取り計らうつもりで、身近な関係者であるお前に何も知らせないのだ」 「なるほど、身近じゃない誰か…」 その様子を見るシャムテイルズは、斡旋所の主が誰に連絡をしたか解らないと察する。 サーウェルスが嘘を吐いているとは見えなかった。 「・・だが、まだ誰が、私と立ち合うのかは知らされていないよ。 ま、遅からずに決まるだろうが…」 サーウェルスとシャムティルズは、不安と払拭の出来ない心配を抱えて話し合った。 シャムティルズの覚悟を聞いたサーウェルスは、その何か強靭な思い込みと覚悟に何も云えなかった。 どうにかやんわりと意見を云ってみようとしても、シャムティルズは頑として受け入れる様子を見せなかったのであった。 * 北の大陸に在る国の中では、南へ突き出した領域が国土の3分の1を占めるとなるホーチト王国で、秋から冬へとの変化を告げる雨天が何日か続いた。 北東側より冷たく湿った風が流れ込み、夜には霜が降りて池が凍る。 ホーチト王国の王都マルタンの辺りは、北の大陸の中でも冬の到来が1番遅い辺りだ。 秋のはじまりから雪が降るまで港は、長く商いが出来ると云う事でとても賑わう。 秋の入りでは、早刈りで取られた野菜、果実が、船にて他の各国へと送られてゆくが。 今は、冬本番を目前にして輸出する作物の収穫が最盛期に成る。 保存効果の備わる炭、氷、穀物の殻など、産物を保存するのに適した用途に合わせて使われる保存用品を売り込む行商人も集まり。 王都マルタンに集まった産物が各国へと送り出される港では、海が大荒れしないようにと商人や船乗りが祈りつつ輸出入が大忙しで続く。 また、毎日、大量の果実や野菜を大農家や仲買が運び込み。 直交渉、競り市、商人会買取所に持ち込まれて、様々な売り買いが行われる。 この次期は各国の港を縄張りにする船持ちの船長も、仕事を求めて続々と南方に港を持つ国に集まって来るのである。 街に人が賑わい、祭りなどに合わせて、年末に向けての商業が盛り上がる頃合いなのであった。  だが、一方では。 秋で幾らか落ち着いた事件のざわめきも、寒さと共にまた増え出す頃合いであり。 冬を目の前にして稼ぎ時と盗賊・夜盗が本格的に動き出す頃合いでもある。 兵士の下部組織と警察役人が結束し、街や街道の見周りを強化する時期でも有った。 こうなれば、ホーチト王国では軍隊を指揮する立場に在る騎士達も、この時期は同じく忙しい。 実家の生業として農業をしている家、商人をする家などそれぞれ生活が在りながら。 また、国から頂く各役目に就くので尚に忙しい。 王都マルタンの王城にて、敷地の南東部には、そんな内政庁警察・警備局や軍部の立派な詰め所となる建物が有り。 警察、軍の各方面となるお偉方から一般役人までが集まり。 朝も早い内から担当なる役目の騎士や軍人貴族が集まって来るのだ。 暖炉の中に火が燃ゆる大部屋ながら、騎士・幹部控え室にて。 「あ~、昨日はどうだった?」 「年末が迫って来てるから、毎日が大変だよ。 禁制品の薬が、大樽に4つ。 後、粗悪品の武器の密輸が、2件有った。 ただ、悪党組織でも関わって居るのか、犯人共め毒を塗った武器で暴れやがってな」 「そうか、解った。 兵士の交代は終わっているかなぁ?」 「多分、もう終わってる。 と言うか、海運庁の監査役がピリピリしてるゼ。 向こうも残業続きで苛立ってるみたいだから、早く行った方がいい」 「はいはい・・。 ウチの実家は農業経営が主体だから、俺も昨日は作業で疲れてるのになぁ」 中年男性の鎧を着た騎士が、剣とマントを抱えて廊下に出て行く。 交替した色黒の騎士も、溜め息を吐く処からして疲れているらしい。 騎士達の詰める大部屋の一角では、それぞれ各部署に配属された騎士団の騎士達が交代の時を迎えて賑やかだった。 騎士達は、街道警備部、交易監視部、王都内警備部、海上・湾岸警備部など、警察活動をする内政庁とは一部違う仕事を担っている。 共同で捜査をする事が良く有るが、モンスター退治や組織的大型犯罪には軍部も関わるし。 人手が多い軍部であるから、港で扱われる輸出・輸入の検査は大事な仕事であり。 街道警備と合わせて軍部の存在を必用と位置づける大切な勤めであった。 指南役副長シャムティルズも無論だが、剣術指南役の他にも‘お役目’を頂いている。 騎士は騎士でも、上位騎士となるので、役目は王都内警備から街道警備などの幹部指揮官を主に交代で任されていた。 この日の朝だ。 「シャムティルズ殿。 交代、ご苦労です」 白髪・白髭の偉丈夫が、騎士団の鎧を着てそう言ってきた。 造りだけは丈夫そうな木製の机に就いていたシャムティルズであり。 「ケトナー殿。 勤務、ご苦労です」 「うむ。 いやいや、年を取ると朝方がツラいですな。 全く、兵士達に情けない処ばかり見られますわい」 「あ、もう60・・3歳であそばしたな」 「うむ。 残り2年で、勇退(引退)だ」 「怪我や病気無く過ごせると宜しいですね」 「うむ。 処で・・」 仕事の話をしながら、ガヤガヤと煩い大部屋を見回す初老の騎士。 此処でも、剣術を教える道場にも、宮廷にも、シャムティルズの負けの話が登らなくなった。 最新の出来事と言えば、サーウェルスのチーム“グランディス・レイヴン”が合同チームで他の冒険者チームを3つ加入させ、“魔の森”周辺の村に向かったと云う事実であろうか。 つい数日前か。 マニュエルの森を囲う結界の一部にモンスターが集まり、結界の力の影響からモンスター同士の争いで死んだ死骸が障壁となってしまって、遂には一部のモンスターの進出を許したのである。 結界の障壁となったモンスターの撤去は、周辺警備の兵士と地元の住民で行われたのだが。 結界を強力な元の力まで戻せる僧侶が居なく。 毎夜毎夜に村へと侵入してくるモンスターの脅威が怖く。 結界を補強する事が出来る僧侶の派遣まで、と撃退に編成された警備兵に怪我人が多数出た。 本来なら兵士が応援に行くのが当たり前。 無論のこと、応援の隊も作られた。 だが、モンスターの中に飛行系種とスライム系種が含まれていると情報が来て。 下手な見栄を張らずに冒険者の同行を許した軍部の英断である。 ま、ポリアとKの一件で、マニュエルの森などに出るモンスターの恐ろしさは、それとなく情報と云うか噂話で出回っている。 夜盗や暴漢と違う相手だから、こっちも対する相手を用意したと云う処であろう。 魔法兵団を容易に動かせるジョイスに一任するならまた違ったが。 兵士の派遣には、幾つもの部署が絡む為にジョイスも許可を貰うに奔走していた。 さて、この日の王都マルタンでは、1つの大きな事件が起こり。 また、珍しい来訪者達が来た事が在る。 先ずは、大きな事件から。 本日は、街中の警備の指揮官に入るシャムテイルズは、上級兵士の指揮官の5名を連れて港近くの詰め所に向かう。 厩舎に馬を預けて、街人に見られながら施設に入れば。 「あ、ドレスナー殿っ、如何なされたか?!」 騎士で年配者となるドレスナーが、片腕を僧侶から治療されている。 上半身裸となるドレスナーは、片目を潰していて。 「おぉ、シャムテイルズ殿ぉ。 ま、街中で、魔法を遣う、悪党が現れたっ」 「何とっ、魔法っ!」 「う、うむ。 魔術師は、な、何とか捕えたが。 仲間のっ、ローブ姿の奴らを、のが、した」 「ドレスナー殿は、此処で安静に」 振り返ったシャムテイルズは、後ろに居る上級指揮官へ。 「今すぐに準備をし、街中へ交代の兵士と行け。 逃げたローブ姿の者の行方を追うのだ。 私は、応援の手筈を整え、後から向かう」 「は」 「承知しました」 だが、シャムテイルズは冷静にして。 「良いか、魔法を遣う者が居なくなったとは思うな。 怪しい者を見つけたならば、何処か人の少ない場所へ追い込んでは応援を呼んで包囲し。 刃向かう余裕を削ぐのだ」 「はい」 「では」 上級指揮官達が兵士と一緒に街中へ向かえば。 シャムテイルズは、連絡役となる兵士を集めて次々と向かわせる。 其処へ、勇猛なる若者兵士テオと、その上官として指南役の1人となるノイズマンなる年配の男性が来る。 「テオ、ノイズマン殿。 大変だ」 ノイズマンは、街中に指を向けて。 「今し方、兵士が早馬を飛ばして居たが?」 「悪党か解らぬが、魔法を遣った者にドレスナー殿が怪我を負わされた」 「何だと?」 驚く2人へ、精霊の加護が宿る長剣を携えたシャムテイルズは。 「私は、情報を集めながら現場で兵士の指揮に入る。 ノイズマン殿は、後から来る応援の指揮を。 テオ、お前は1部隊の中に入って警戒に当たれ」 「解った。 警察の役人とも連携して情報を集める」 「ノイズマン殿、頼みますぞ」 シャムテイルズがお付となる兵士と外に出る。 魔法が遣われた事件で、街も普段より何処か騒々しい。 ドレスナーの話では、ローブ姿の曲者は南の方へ逃げたとか。 そうなれば、やはり怪しいのは港となる。 逃げるローブ姿の怪しい者は、目撃されて確かに南へ。 兵士の聴き込む情報を頼りに、港へ集まる兵士達を束ねながらシャムテイルズは聴き込む。 すると、1番遠い船着場の並びに、小船の中に目立つ一際に大きな船が。 魔力水晶を有さない見た目の古い型の船だが。 中型の旅客船並の大きさと、改造の手が入った様な外観に新しい材質の板や金属補強が窺えた。 「あの船を調べるぞ!」 「はぁっ」 「ロープっ、ロープをっ!」 シャムテイルズ以下兵士達が船に近付きながら甲板を見上げると、赤いローブを着た背の高い美男が現れ。 「邪魔臭い兵士共がぁっ!! 私の計画を潰してからにっ。 死ね、愚族共!!」 と、杖をそばめて。 「牙に秘められた脅威と敵意、その存在は戦う意思と同じなり。 魔よ、闇よ、悪魔の力を開いてその姿を守護の骸へと変われ。 出よっ、戦士よ!」 シャムテイルズ他兵士200名程が船の前の石造の波止場に来た時だ。 船の甲板に赤い血の色と見えた骨の戦士が現れた。 「スケルトンだぁ!」 「不死モンスターっ」 然し、世情に些か詳しいシャムテイルズは、ポリアの冒険譚をサーウェルスより聴いていたし。 サーウェルスの経験も時に聴いていた。 (あれはっ、魔法のゴーレムと言われるティース・ウォーリアか?!) 並のスケルトンとは違う、強固なゴーレムモンスターが〘牙の戦士〙《ティースウォーリア/テュースウォーリア》だ。 暗黒魔法、死霊魔法、魔想魔法の異端となる呪術の力で生み出す事が可能で。 モンスターの牙を遣う古代魔法と成る。 だが最近は、悪戯にこの魔術を遣う学者魔術師が居て。 時に、放置された遺跡等では見掛ける事が増えたと聴いた。 相手を察したシャムテイルズは、剣を抜いては前に突き出し。 「ロープで船を固定せよっ! あのスケルトンは、私が相手する。 船内の者を捕縛するのだ!」 赤い色のスケルトン2体が甲板より船着場へと飛び降りた。 その隙を突いて、その一体を突き飛ばしたシャムテイルズ。 過去にポリアとイルガが、Kと一緒にて冒険した時は、こうは行かずに大変だったが。 流石は、武術大会を優勝する実力を有するシャムテイルズ。 スケルトンに攻撃の隙を与えず、一体を突き飛ばした。 「ロープで固定しろっ」 「船を動かさすなぁ!」 兵士達がロープを船に投げて固定化させようとすれば、甲板の緣に足を掛けた赤いローブ姿の美男は。 「おのれっ、クソ兵士共がぁ」 杖を振り翳す。 “魔法が来る”、と察したシャムテイルズは、片手で赤いスケルトンの斬りつけを防ぎながら。 右手を腰に回すとナイフを手にし。 「させるかっ!!」 と、赤いローブの美男魔術師に投げた。 暗黒魔術の攻撃魔法を遣おうとする美男の魔術師にナイフが飛んで、片目にグサリと刺さった。 「ぎやぁっ!!!!!!!!」 突き刺さった勢いも加えて魔術師の男は甲板に倒れる。 「魔法が阻止されたぞっ」 「乗り込めっ、乗り込め!」 ロープを上手く組みながら結ぶと、足を掛けられる。 日頃の訓練か、兵士達はロープを組み結ぶと。 身体能力の高い者からどんどんと乗り込む。 大柄な者が身体をハシゴにしたり、飛び上がったり。 大人の3人分は高い上の甲板でも、人海戦術には幾らか高い壁にしかならない。 どんどんと兵士が乗り込めば、中に隠れていた不審者を見つけては戦いに成る。 外の船着場では、シャムテイルズと上級指揮官の2人が赤いスケルトンを挟撃し、その頭蓋骨を破壊してはスケルトンを粉々にした。 其処へ、逃げようと悪党の男2人が飛び降りるも。 「1人として逃がすなっ! 街中へは行かさぬぞ!!」 シャムテイルズが立ちはだかり、悪党らしき2人の行く手を阻む。 「ちきしょうっ!!」 「やぶれかぶれだっ!」 然し、上級指揮官との間に飛び下りた2人で、その後は簡単に捕縛される。 上級指揮官に兵士の応援を頼むシャムテイルズが船へ乗り込んだ時に、捜索をする兵士長の女性が来ると。 「シャムテイルズ様」 「中は、どうだ?」 「はい。 どうやら居たのは、やはり悪党の様です。 薬物を遣われた女性や、攫われた子供などが船底に居まして。 他、毒草や火薬が積まれていました」 「安全は?」 「其方は、もう大丈夫です。 然し、悪党の一部が、自分達の捕らえた者や攫われた者を殺そうとしまして」 「何とっ。 して?」 「はい。 女性が何名か、それに若者の2名ほどが毒に因って亡くなりましてございます」 「そうか…。 ん、解った。 よし、船内を捜索して、あらゆる全て運び出すぞ。 荷馬車の用意を頼む」 「はい」 船から甲板に降りる移動階段へと向かおうとするその女性兵士長に、シャムテイルズは。 「決して1人で行くな。 5人以上で向かえ。 街中に、こ奴等の仲間が居ないとは言えないからな」 「は」 その後、ノイズマンやテオを含めた兵士達が到着。 積荷や捕まえた悪党を正式に逮捕し、検める為に検問局の駐屯施設へ運び込むと共に。 捜査や捜索が行われる。 街中に逃げた者の目撃情報も有ったからだ。 この後に解った事は、この者達は悪党組織の一部で。 新しく作り上げられ始めた組織の情報網を壊そうとする、“残渣のパゴサナル”と云う男を殺す為に来たと。 先に魔法で騎士を攻撃した者は、あの船に積んだ魔力水晶を操る動力運転士で。 この人物が捕まった為、暗黒魔術師の美男や悪党は船で逃げられず。 口封じとして船内の者を殺そうとしていたらしい。 この事実を裏付けする様に、利用すべく捕まって薬物を服用させられた娼婦や売買目的で攫われた若者が殺害されていた。 彼等の抵抗に遭って死人は少なかったが、それでも大事件と成る。 この事件は、まだ終わりでは無いが。 この時は、此処までとして。 さて、次は小さな出来事…。 本日の午前中、なんと斡旋所では・・。 「おじゃま~」 丘の上の曲がり角の様な、段差の先に広がる街並みと、その先に見える港や海を望む事が出来る景観の在る場所。 其処に建つ冒険者協力会の支部・支援施設、通称“斡旋所”に女性の声が踏み込んだ。 入り口付近の窓辺にて、立ち話ながらに仕事選びで相談をするチームが声を気にして見ると。 「おい・・、アレ見ろ」 「はぁ?」 「うわ・・、マジか? か・“風のポリア”だ」 「なにぃ?」 異名ながら、この小声が他所の歩いている冒険者に届く。 「えっ? 何処っ?!」 「風のポリア・・だってぇ? マジかよ」 そんな冒険者達に見つかりながら、ポリアのチームが斡旋所に入って来た。 すると、白髪を伸ばし放題にし、古い傷んだローブや装備品を身に付けた老人で、このマルタンを塒にする根降ろしの学者が。 円形カウンター近くに置いてある観葉植物周りに配された円形の相席が可能な椅子から。 「よぉ~、麗しのポリア殿。 一足、来るのが遅かったなぁ~。 デカい仕事(ヤマ)ならつい先日に、グランディスの奴等に持って行かれたゼぇ~~」 一般依頼の受付となる円形カウンターを丸で無視した歩みのポリア達で。 「オードリーのお爺さん、お久しぶりね。 悪いけどね、今日はマスターに呼ばれて来たのよ。 美味しい話じゃないらしいケドね」 「ほぉ。 親善試合で優勝した御主を、そないな不味い仕事で呼ぶけったいな輩が居るのかよ」 「そ~よ。 ま、駆け出しの頃に面倒を見て貰った腐れ縁かな」 「あらら~~ま、義理堅いこってよぉ~」 まだKと知り合う前より毎度、ポリアとは顔を合わせる度に毒舌で遣り合う老人冒険者オードリー。 この老人は見た目と違って、悪い噂や間違った噂を嫌う潔癖漢でもある。 ポリアと酒を飲むと、面白い様に気の合うジサマなのだ。 オードリーとポリアの話で、他の冒険者はポリアに取り巻くタイミングを見失った。 ポリア達が2階の上級依頼を請けれる特別ルームにすんなり向かおうとする。 「何だ、爺さんはポリアさんと知り合いなのか?」 「な、な、紹介してくれよ」 と、下心が丸見えな駆け出しの冒険者達が来る。 そんな者を軽く横目にしたオードリーの翁は、 「バカを言うな。 余計な近付きの挨拶は、今のポリアには邪魔なだけよ」 と、彼等を手で追い払う。 どうやら今のやり取りで、ポリアが呼ばれたには深い理由が在るとの事を察したオードリー老人。 「なんだよっ、自分だけっ」 「ズルいぜ。 お宅なんか、今は屯組みたいなモンじゃないか」 こう不満をら漏らす一方では、その様子を見ただけでイラっとした冒険者も居て。 「なぁ~に、あのジジィ。 ポリアさんに話し掛けようと思ったのに・・。 何かタイミング外された感じぃ」 若い魔法使いの女性が、こんな言い草で不満を漏らすと。 「あのジサマは、ポリアさんとは仲いいんだ。 この街に来ると、一回は飲みに付き合う見たいたゼ」 「ウソぉ~、何でよ」 「あ~君は、この街に来たのが初めてだったな。 あのジサマは、この街にポリアさんが来た頃からの顔見知りでさ。 それから、後からポリアさん達と一緒に仕事もしたみたいだよ。 最初は別個の仕事みたいだったけど、根っ子が依頼主で繋がってたみたいだ」 「だから・・それで?」 こう云った様に、ポリアを巡って冒険者達がそれぞれに噂しあう。 この街の、この斡旋所で有名に成り出したポリアには、何故か他の同業者でも若い世代を中心に憧れが強いらしい。 女性さながらに強く、また女性にして例に少ない合同チームを多数経験し、その仕事を全て成功に導いている。 更に、駆け出しの仕事を軽視せず、腕に見合わない簡単そうな仕事を押し付けられる場合にも、報酬や名声拡散に拘らずに引き受ける。 何より、駆け出しの域を出ずにあぐねている者に付き合う事も在り。 大剣の腕では、既にサーウェルスと同格のゲイラー、攻撃魔法に於いての千変万化の技術が極みに向かっているマルヴェリータ、純真無垢の様な祈りが神懸り的の力を起こす事が在るシスティアナ、体気仙・暗視戦術・スカウト技能を修得する俊敏で達人域のヘルダーと云う一流の冒険者が、彼女の意向一つで格下の冒険者とも同じ目線で付き合える。 他のチームの個々独立のスタイルに比べれば、非常に付き合いやすいチームなのだろうか。 噂となるその1例を挙げるなら。 今、サーウェルスのチームに付随同行するチームの中で、“メータルソームス”(香しき芳香)と名付けられたチームが在る。 構成する面々の一人を除いた全員が女性であり。 そのチームの名付け親はポリアである。 結成前は、いがみ合う3つのチームに居たそれぞれの面子だったが。 合同チームを束ねるポリア達と一緒に危機を乗り越え。 その後にポリアの勧めでチームを結成した一団だ。 傭兵の大柄な女性に、形状の異なる武器の剣士2人、信仰する神の異なる神官戦士と僧侶の学者と云うバランスは偏る面々であるが。 魔想魔術師の若者が取り纏めに入る事で纏まっている。 このチーム構成までの長い経緯の詳細は、ポリアの遭遇した一大事件にも絡むので、後日に何処かで綴ろうと思う。 さて。 このチーム、今はグランデイスの面々とも仲良く。 このホーチト王国王都マルタンで実力を養っている最中だ。 主としてチームより離れる事が多いサーウェルスも、仲間に合同チームを組ませる上では気を遣う。 その点、気心の知れたチームで、尚且つにポリアを恩人として慕う彼等の存在は、大人数の合同チームを組む中で指示し易い空気を作る大切な一員と成っていた。 チームと云う孤立した冒険者達を束ねるには、強いリーダーシップや自分を信じる者が多い事が重要に成ってくる。 チームの有名度や上からの威圧だけで束ねては、いざと云う窮地に立たされた時にバラけるからだ。 一方、こうして時々にこの街を訪れるポリアも、サーウェルスから彼女達の様子を聞いて大いに安心した。 サーウェルス達と付き合いが良く、仕事で行った先の環境や状況を教えてくれるのだと云う。 主の家業に片足を突っ込んだサーウェルスであるから、地方に行った先の情報が新しく仕入れられるのは有り難い。 協力関係が出来上がり、嫌な過去からの立ち直りも早いと聞ければ、それはそうだろう。 この一件、ポリア達を冒険者としてだけでなく、人として信頼に値すると信用される出来事に成った。 今では様々な仕事を紹介されるポリア達だが。 モンスター討伐より、面倒な事情が在る仕事や主の持て余し気味なものまで回される。 今まで数々に冒険者チームを描いてきたが、世界最高のチームと云われるスカイスクレイバーに然り、モンスターキラーのバヴロッディに然りである。 遺跡調査、モンスター討伐などは紹介は出来るが。 人の裏表に関わる繊細な仕事を回せるかは疑問だ。 それに比べ、Kと関わり合ったチームは、そこを請けれる資質を持ったチームが育っている。 この先、歴代に数える冒険者の隆盛期を迎える。 キラ星の如く、その実力を秘めてチーム名を広げる彼等の代表格が、ポリア達と成るのであった。 その歴史を刻むポリアの歩みが、また此処にも在る。 そして、其処へ。 「オリビア。 依頼の貼り紙は、これだけかい?」 「えぇ。 上級依頼は、直に父へ渡しましたわ」 「そうか」 1階の奥の扉を開いて、サーウェルスとオリビア夫妻が現れた。 仲間に他のチームと依頼を任せた彼は、1階を仕切る主の仕事に動いている。 「え? ポリアさん?」 先に、オリビアが気付いて。 前を見たサーウェルスは、2階に上がる階段を行くポリアを見た。 「あ、ポリア」 すると、ニッコリ笑うポリアで。 「マスターに呼ばれたの。 細かい話は、後でね」 この時、サーウェルスは理解した。 義理の父が、誰に協力を求めたか…。 (そ、そうか。 義父はポリアか、リオン王子に………) 「アナタ。 どうして、ポリアさん達が…」 タイミングとしては、実に奇妙な処だ。 大きな仕事ならば、もう殆どが捌けてしまった。 この街にポリアが来る理由が見えなかった。 オリビアは、夫に降り掛かった事態を何も知らないらしい。 そんな夫婦を含め、他の冒険者の面々から目を向けられながら、誰かと自由に出入る事を許されない2階へと上がったポリアは、自分達を待ちながら孫2人と乳母代わりの手伝い女性に混じる、あの大男のマスターを見つけた。 「はぁ~~、孫が出来て毒気が完全に抜けて来たわねぇ。 Kと逢った頃のマスターじゃないわ」 頭頂部がハゲ頭をした巨漢の主。 サロペットスタイルの灰色ズボンに、長袖のチェック柄をした襟付きシャツと云う姿が、洗い晒しながら清潔感が在り奇妙に似合わない。 「お~、ほ~~ら。 ポリアさん達がきまちゅたね~~」 新しく生まれた娘へ、赤子言葉を使うキモい主から…。 「お祖父ちゃんは、お仕事するから奥へ行こうね」 と、下の子の赤ちゃんを抱き引き受け。 兄の子供も連れて奥に行こうとする乳母代りの女性。 この女性は、国外よりマルタンに流れて来た、家族の在る女性で。 荒くれた冒険者を相手にしても動じない度胸が有り。 オリビアの身の回りから、この老いの坂を下るマスターともそつなく従い仕事をする。 美人でもなければ、若い訳でも無いが。 ポリアですら、1人の女性として立派な人物と感じるのだ。 「ポリア~~」 ポリアとは顔見知りと成っているサーウェルスの上の子は、手を振って歩いていく。 「暇になったら、あそぼ」 そう応えながら、主の周りに集まる形で長椅子に座るポリアと仲間達。 この時、ポリアとその乳母代わりの女性が見合い、お互いに頷き合って別れた。 座って直ぐに、孫2人が下がった事でイルガが話を切り出す。 「主殿。 ポリアお嬢様と親善試合で立合われたシャムティルズ殿が、一体どうなされたと云うのだ?」 禿げ頭の周りの短く伸びる髭がすっかり白くなった主は、無精髭を擦りながら格子戸の付いたカウンターの方に向いて。 「あ~、昨日までに方々へ手を回して調べさせたんだがなぁ。 事の始まりは、ウチのサーウェルスに立ち合いの依頼が来た事が発端よ」 髪の毛が伸び、少し大人っぽくなったゲイラーが。 「まさか、その・・ポリアに負けたシャムティルズさんと・・か?」 大きく一つ頷く主で。 「全く、調べてこんなアホな貴族も居たものかと呆れるばかりよ。 シャムティルズ殿の奥方の血筋は、ロイザー家と云う武門の名家なんだがな。 この今のロイザー家の御当主が、親善試合で負けたシャムティルズ殿の事が気に入らなくなったそうだ。 女で、冒険者風情のポリアに負けたのが、その原因らしい」 「・・・」 責任を感じるままに黙って俯いたポリアだが…。 マスターは、そんなポリアに向いて。 「この国の剣術指南役総長で近衛騎士団の総帥ヘイルズ殿は、皆の前でハッキリとこう云ったとよ」 “女だの男だの、何を言うか下らん。 冒険者は、モンスターと戦い、命を懸けた生活をしておる。 剣術を超えた体術も加味して、剣術だけを極める者が立ち合えど早々に勝てる訳が無いし。 また、試合と云う形式を形作ってやらねば、それこそ自尊心が掛かる故に殺し合いになるわい。 あの勝負は、勝ちたいがために全力を遣って臨んだポリア殿が勝った。 あくまでも正々堂々と剣術のみを体現しようとしていたシャムティルズには、どう見ても分が悪かった。 その後の試合、あのリオン王子の“バトルオーラ”《覇気・闘気》すらも風の力で封じ込めた剣技は感服、それ只一言。 負けた者を蔑み、勝った者を性や職業で軽んずるのは愚直。 勝ちも、負けも、武術の試合では常に隣に在るものである。 剣術で本戦を勝ち抜いたシャムティルズも見事。 また、親善試合で勝ち抜いたポリア殿も見事。 この意味が解らず、勝ち負けの程度で物事の重みと剣士達の腕前を測るのは、まだまだ見る側の修行が足らん証拠だわい” 「と、な。 俺も、そう思う。 サーウェルスと娘から試合の話を聴いて、小さい事に拘るなど武術や剣術を知らないバカのする事だと思ったよ」 救われる様な話に、ポリアが顔を上げる。 ポリアのその済まなそうな顔を見た主は、真面目な面持ちで。 「国王陛下も、シャムティルズ殿を軽んじては居無いそうだし。 サーウェルスも、リオン王子も、ポリアお前も、シャムティルズ殿の腕を正しく見抜いている。 だが、目先の出来事に囚われた武門系の貴族が、恥を掻いたと馬鹿な真似をしようとしてるだけだ。 だからポリア、お前を呼んだのも他では無い。 もう一度、人の前で堂々とシャムティルズ殿と立ち合え」 それは、ポリアも同じ気持ちであり。 「それは、そうしたいわ・・。 でも、そう簡単に、立ち合いに扱ぎ付けられるかしら…」 「国王様やヘイルズ殿とは、お前は以前からの知り合いだろう? 裏から話を付けて、なんとかして欲しい。 サーウェルスの話だと、シャムティルズ殿の様子がおかしいみたいだ。 立ち合う相手が他の意地汚い冒険者なら、エサに釣られて勝つ為の手段など選ばんだろうさ」 話を聞いていたマルヴェリータは、シャムティルズの腕前を考えた上で。 「ねぇ。 サーウェルスさんが断ったなら、他にそんな強い冒険者なんて、そんなに居無いと思うのだけれど・・。 思い当たる節は、在るのかしら?」 胸元の見えるドレスに、赤い宝石の付いたカチューシャをする貴族の奥方の様なマルヴェリータ。 語りも甘やかに伸びる魅惑的な響きで、他国で王子から求婚される事も在る。 実力が無い頃からポリアとこのチームを有名にしていた双璧の片方から問い掛けられた主は、苦々しい顔になり。 「在るも何も・・。 サーウェルスに付けたエサの条件は、大金か、高官の座となる仕官か、魔法の掛かった高価な武器か。 こんなエサを他所で釣り下げられてみろ。 本当に手段を選ばない輩が売り込みに来るゼぇ」 その報酬の内容に、主の不安を渋く納得するイルガ。 「ふむぅ。 公の噂になったら大変ですな。 成り上がりだけを望む半端者には、如何様にしてでも成したい依頼です。 下手をすれば・・暗殺も、多勢頼みの闇討ちや襲撃も在り得りますな」 そんな事を経験から知るポリアは、その貴族の遣り方に強い憤りを覚えた。 主も同様ならしく。 「本当に、その事よ。 何処の貴族が、国王の決めた指南役と云う国の右腕を、だ。 闇討ちの様な立ち合いで品定めをしようなどと、アホとしか云い様がないわなっ!」 吐き捨てんばかりにこう云った主は、ポリアへ少し身を乗り出す様にして。 「頼む、ポリア。 あんな素晴らしい腕を持った我が国の剣術指南役のシャムテイルズ殿を、こんな下らない事で無くす訳には行かない。 況てや、これが大事件になれば、シャムテイルズ殿もその地位を捨てなければならない。 助けて遣ってくれ、頼む」 遣り方は、ポリアの自由に任せると云う。 「ん・・解った。 遣ってみるわ」 ポリアは、何をどうして良いか解らないが、遣りたい仕様は有った。 上手く行くかは解らないが、自分が出来る事は・・と、此処まで来る間に考えてきたのは一つだけだった。 さて、そんなポリアにも不思議と感じる疑問が有り。 「ね、マスター」 「ん?」 「手紙、サーウェルスの名前で来たけど?」 「おう。 王子様宛にするなら、アイツの名前の方が早いと思ってよ。 それに、最初はアイツが目を付けられた。 事と次第に選っては、な。 仕切らせようと思った」 「で? 調べるウチに、怖く成った?」 2階より下を見た主の顔は、マスターとしての強面では無い。 「下手に大事となりゃ、オリビアや孫にも塁が及びそうで…。 冒険者としては、まぁまぁ一人前だかよ。 世情も含めた人間の裏表を含めると、まだまだ子供みたいなモンでな。 事、貴族社会の裏表が関わると成れば、アイツでは荷が重い」 「なるほど。 マスターも、随分と甘く成ったわね」 「へっ、何とでも言え。 俺より先に、家族は亡くしたく無いんだよ」 「ん。 それは、当然よね」 此処で、マスターがポリアに向くと。 「ポリア」 「何?」 「迷惑と解ってる。 だが、必要ならば、アイツも手伝わせてやってくれ」 「・・それなりに?」 「あぁ。 お前や王子様となら、アイツも人付き合いが広がるわな。 イザと云う時に借りられる手は、多く、広い方がいい」 主の親心を見るポリアで、何だかんだサーウェルスも家族として大切なのだと理解した。 「いいわよ。 タダ、少しばかり扱き使うかも」 「あぁんっ、それぐらいなら幾らでも。 タダで人付き合いが広がるなら、この家業としては安いモンだ」 「じゃ、宿に引いてどうするか考えるわ。 ちょつとザワつかせるけど、黙認しといてね」 「あぁ。 ケイ以外ならば、この手のゴタゴタはお前さん以上の適任者は居ない。 存分に、ザワつかせてくれ」 信頼を受けて任されたポリア。 この日は、サーウェルス夫妻とも敢えて会わず、斡旋所を裏口より出ていったポリア達。 この後。 珍しく1階に降りたマスターに、生意気な口の利き方でポリア達の事を尋ねた若者の冒険者達が居て。 最近ではこの様子も見なく成っていたが、今日は普段とは違って恐ろしいまでに眼を光らせては怒鳴ったマスター。 若い冒険者達は、大喝を喰らって散らかされた。 その様子を見ていた老人冒険者オードリーは、マスターが何かをポリア達へ依頼した事を確信した。 (大きな依頼(ヤマ)では無いが、とても大変で、大切な依頼を任されたか。 ポリア、また1つ成長したのよな) だが、有名に成ったポリア達の訪問の噂は、斡旋所から外へ少しづつ広がった。 これは、仕方の無い処だろう。 そして、夕方の夜。 夕方の頃合で、夜となる。 冒険者達が出払った斡旋所で、サーウェルスとオリビアを前にして、2階のカウンター席で主が話す。 「義父さん。 ポリアを頼ったのか?」 問うサーウェルスに、オリビアが困った顔をして。 「お父さん、アナタ、どうしたの?」 すると、主は暗い1階を見て。 「そうだ。 今回の1件は、お前が話を断れば良いと云うだけでは、解決などしねぇ。 ちゃんとケジメを着けられる奴が居ないと、向こうの彼もどうなるか解らねぇ」 「えっ? やっぱりシャムさんが、危ないのか?」 「お前、それぐらいは想像が付くだろうよ」 「だ、だけど。 あの貴族様は、シャムさんの腕や地位を買って、親族と結婚させた。 今更、ポリアに負けたからって…」 「馬鹿っ、貴族のわからず屋を甘く見るな。 特に、貴族の選ぶっただけなんて奴らは無駄に自尊心が高くて、気に入らない者は位の低さで人とも見ない。 ポリアか、リオン王子様でないと、後々に遺恨を残すことになる」 「そこ、まで…」 主は、サーウェルスを見ると。 「今回は、ポリアに任せた。 お前は、ポリアに従って、必要な時に手を貸せ」 「義父よ、それだけか?」 「馬鹿っ。 頭を使えっ。 ポリアと一緒に事へ当たれば、お前も剣の腕で名前が知られる以上は、シャムテイルズ殿の周りにも顔が知られる様になる。 そうなれば、この先に似たような事が起こっても、お前だけでも対処が出来る様になるだろうが!」 「あ、あ…」 「まだまだ、半人前のお前だが。 その剣の腕で名前は知られている。 斡旋所の主となれば、そうした強みを活かして人脈を広げ。 こうした事態にも対処が出来る様にするモンだ。 俺も、少しは政府高官に顔見知りは居るが。 今回の事は、そればかりじゃ対処が出来ねぇ。 あの貴族は冒険者を見下す輩で、話し合いなど難しい。 だが、ポリアが来てくれたならば、こっちが有利だ。 お前も、ポリアが言う通りに手伝って、先を見渡せる見識や経験を知れ」 夫と父親の話を目の前にして、オリビアは黙りながら。 (嗚呼。 あの武術大会での結果が、何か悪い方へと向かったのね。 サーウェルスが関わったけど、どうにも出来ないから父はポリアさんを…) 何となく、大きな感じで事を察した。 俯くサーウェルス。 席を立つ主で。 「主の中では、お前はまだ駆け出しよ。 だが、俺に比べたら強みは多い。 しっかりしろ。 俺だって、何時までも元気じゃねぇぞ」 こう言って、 「さて、孫の顔を見るか。 お前達も、あの子らの前でそんな顔をするなよ」 と、裏側に消えて行く。 弱い明かりのランプ1つで、サーウェルスとオリビアは残された。 「アナタ…」 「オリビア、黙ってて悪い。 義父さんに口止めされて、俺もどう言って良いか解らなかった」 「お父さんは、ポリアさん達を呼んだのね?」 「あぁ、俺じゃ頼りないなから、だと思う」 然し、オリビアの意見は違っていた。 「アナタ、そうじゃ無いわ」 「え?」 「多分、アナタがどうにかしようとしても、どうしょうも出来ないからよ。 お父さんも、同じ。 だからポリアさんを呼んだんだわ」 「ん…」 主と、その跡継ぎとなるサーウェルスの様子は、これもまた世の世代交代を現すものだった。 さて、シャムテイルズの1件を取り巻く事情が、様々な方向より動きを見せる日が今日だった。 そして、或る不思議な出来事が夜に起こった。 シャムテイルズも住む政府高官に与えられた家々が在る地区の一棟。 総帥ヘイルズ・マッカーソンの宅を、夜も遅くなった頃に尋ねる一団が在る。 その様子を見ていたのは、見回りをする兵士達だ。 「おい、ヘイルズ様の宅に人が来ているぞ」 「兵士じゃないのか?」 「見ろ。 ローブを着て、頭にフードをしている」 「妙だな」 老人となりつつ在るヘイルズ将軍は、生涯に妻を求めなかった。 だから大きな家を求めずして、若かれし頃に与えられた官舎の1つに住んでいた。 普段、夜分遅くになれば、この宅は既に暗い。 屋敷前のランプに、弱い明かりが点くのみ。 この地域を見廻る兵士達は普段の様子とは違って、ヘイルズ将軍宅の扉が開かれるとその一団が宅へ招かれる様子に。 「珍しいな。 だが、ヘイルズ様の元へ客人の様だ」 「然も、5・6人も…」 「ま、頭を下げて来客が入った様子からして、知った相手だろう」 「ん。 先へ行くぞ」 兵士達は、異常は無しと先へ行く。 だが、実はこれが、大きな出来事と成った。            ★ 街中で魔法が遣われてから1日が過ぎて。 午後から大雨が降るこの日。 シャムテイルズやノイズマンは、昨日の事件から解放されて王城南東部の上級指揮官及び騎士達が一室を与えられる棟に戻って来た。 煉瓦造りとなる棟の外観は黒く、黒い棟が聳え立つ。 その5階にて、暖炉が2つ在る大広間と、その壁には何部屋かドアが見える。 その大広間に来たシャムテイルズと年配者のノイズマンは、雨に濡れた頭をそのままに入った。 暖炉に薪を焚べる大柄な男性が。 「シャム殿、ノイズマン殿、漸く戻られたか」 先に入ったシャムテイルズは、その大柄な軍服姿の男性へ頷く。 「ノルティ殿、漸くです」 この部屋にて仕える男女の役人の下働きが慌ただしく動き始めた。 2人へタオルを渡す中年の恰幅な女性は、暖かい飲み物を用意に動き。 足を引き摺る若い男性は、鎧を置ける3段の滑車脚(キャスター)の着いた台を運ぶ。 「鎧を、か、乾かします」 吃音の在る若者だが、ノイズマンは頷くと。 「頼む。 全部が濡れてしまった」 シャムテイルズは、その若者へ軽く笑いかけ。 「アルフは、気が利くな」 若者は激しく頭を左右に振ったが。 剣すら台に預けたシャムテイルズで。 「少し、血で汚れた。 洗うから、柄を外しておいてくれ」 「あい、はい」 慌てて頷く若者は、物言いが少し幼い。 シャムテイルズとノイズマンは、自室に入って着替えた。 大広間に出ると、恰幅な中年女性が待っていて。 「洗濯物を。 明日までに洗っておきます」 2人が衣服を預けるや、大柄な軍服男性ノルティとテーブルに就くシャムテイルズやノイズマンで。 紅茶、馬豆の煮汁を前にした3人は、先に大柄な男性のノルティより。 「魔法が遣われたと聴いて、心配していた」 頷く2人だが、先にノイズマンが。 「死人が少なくて、そこが救いよ。 我が軍や役人には、死人が出なかった。 だが、危険だった事に、間違いは無い。 毒物で、娼婦4人と囚われていた若者の3人が死んだ。 若者達が反抗しなかったら、船底に居た者は皆殺しにされていた」 それに続いて、シャムテイルズも。 「だが、幸運だった。 悪党組織の作ろうとしていた情報網が、今回でまた調べ挙げられた。 警察役人が調べているから、情報網が瓦解してくれると有難い」 紅茶に軽く羊乳を入れたノルティで。 「然し、何でこんな大事に?」 豆汁を啜ったノイズマンより。 「ん。 それが、我が王都の一角に在る《ブレイクサーズ》を牛耳る“残渣のパゴサナル”なる悪党の首領を殺そうと、な。 その情報を得ようと奴等が娼婦を捕らえようとしていた所に、ドレスナー殿と見回りの兵士が出会した様だ」 「ブレイクサーズの住人か。 パゴサナルと云えば、この街の悪党を押さえる者と聴いた」 シャムテイルズも、不思議な事と首を傾げる。 「あのブレイクサーズを支配するパゴサナルは、ある種の義賊と耳にする。 娼婦のいざこざに顔を出して仲裁したり、時には薬物等で堕落するのを防いだり。 また、手下や娼婦が一般の者に戻る事も良しとして。 時には、捨て子を保護しては神殿に届けたりとな」 ノイズマンは、砂糖の代わりとなる甘い焼き菓子を手に取り。 「古株の警察役人より聴いた話では、10年近く前はブレイクサーズも悪党組織の縄張りだったとか。 処が、その悪党組織の者を消した闇の者が居たらしく。 その空いた所にパゴサナルが来たとか。 やりたい放題だった悪党を新たに束ね、一定の掟を引いたのがパゴサナルらしい。 娼婦や賭け事や色々と稼ぎ口は持つらしいが、薬物などは流行らせない様に目を配っているとか」 「悪党のクセに、律儀だのう」 「あの一角は、超魔法時代の崩壊が1番に強く影響した所だ。 建物を新しくしようとする事も出来ないし。 下手に瓦礫を取り除こうとすれば、2階以上の高さを持つ建物が崩落するらしい。 残存する魔力の影響が落ち着くまでは、手を出さない方が良いとな」 シャムテイルズは、それは知らない事と。 「あのブレイクサーズは、その跡地なのか」 腹が減っていたのか、また焼き菓子に手を伸ばすノイズマンで。 「私の兄は、宮廷魔術師の1人だった。 兄とブレイクサーズについて話し合った時に、その事を聴いた」 「然し、ブレイクサーズの向こう、街の端までは良く解らぬのだか。 かなり広い敷地と思われますが?」 「あ、いや。 ブレイクサーズの範囲は、あの壊れ掛けの橋から商業区と似た領域しか無かったらしい」 「それほどしか無かった…」 「だが、超魔法は、今の魔法とは比べ物に成らない程に凄かったとか。 あのブレイクサーズの空中に、この王都マルタンと同じ規模の街が浮かび上がって居たらしい」 「あ、は? マルタンと同じ規模?」 「うむ。 だが、その街を浮かび上がらせて居た魔力の起点と云うか、支えがあのブレイクサーズ辺りに在り。 超魔法時代の崩壊時、その浮かび上がっていた街は崩壊の衝撃で住んでいた者諸共に消し飛んだとも。 そして、崩壊した魔法の力が重しの様に真下のブレイクサーズに降り注ぎ。 あの辺りは崩壊したままの様な様子に成ったとか」 ノルティは、噂にしか知らない魔法の事に。 「その残存する魔力の影響は、後何年ぐらい残るのだろうか」 「魔術師の意見は、“解らない”だそうだ。 少なくとも、100年や200年はそのままと」 「も、もう推定でも300年は経過しているのに、か?」 「ん。 兄の話では、今の様に人が潜り込める様に成っただけ、弱まって来ているとか。 古い文献には、まだ影響力が強く残る時に浮浪者が住み着き。 魔力の影響とヤラで自然死をして。 その骸から不死モンスターが生まれたとも。 悪党でもネズミでも、住める様に成っただけマシと云う事らしい」 魔術師では無いシャムテイルズは、超魔法時代の事や超魔術の事を良く理解が出来ず。 「それほどに作用する超魔術とは、如何なるモノだったのか。 昔の各国はその恩恵に与っていたらしいが、今にして見れば空恐ろしい魔法なのですな」 頷くノイズマンだが、夕方も近い薄暗い外を見て。 「さてと、今日は帰れる。 妻と何処かに食べに出ようかな」 貴族の仲間となるノイズマンだから、体裁を整えた店に行くのだろうと。 頷くノルティより。 「商業区の8番街は、良い店が揃うとか」 笑うノイズマンだが、手を挙げてヒラヒラさせると。 「いやいや、あの辺りは敷居が高い。 大儲けしている商人や、高位貴族の方々ならまだしも。 それこそポリア様のお仲間となるマルヴェリータ様の様な方なら、軽々と足を踏み入れられるがね。 私の様な下級貴族に婿入りした者では、年に1回も懐に痛い。 行くならば、12番街から外側ですよ」 「我々の手当では、難しいか。 あははは…」 これに笑いを見せたシャムテイルズだが。 不安で本心から笑えない。 1番の不安は、自分の相手をする腕試しの人選は何時に決まるのか。 これだ。 だが、それに付随して家族の事も心配だし。 本日は、悪党組織の影も見えて不安が尽きない。 (地位を得るとは、この様に面倒を抱えるモノなのか。 妻と田舎に帰る事も考えて良いのか…。 いや、ヘイルズ様の為にも、私は死ぬまで指南役を全うせねばなるまいよな………) サーウェルスが相手ならば、勝っても負けても気が楽と思える。 後腐れが少ないと思えるからだ。 然し、もし極悪人が相手になれば、どんな事に成るか心配で仕方が無い。 (私1人の命どうこうで、全てが終われる事ならば、それで良いのだが…) 処が。 ノイズマンとシャムテイルズが交代を行って帰ろうと云う頃。 夕暮れが早く薄暗い1階の大エントランスロビーにて。 「あ、ノイズマン様。 シャムテイルズ様。 まだお帰りではありませんでしたか。 良かった、間に合った」 騎士に成り立てとなる若い女性が、甲冑を纏ったままに来た。 「ライアリー、どうした?」 応えるノイズマンで、自分の少し遠縁となる姪に当たる女性騎士に対する。 金髪が美しい女性騎士は、黒い瞳を緊張させていて。 「実は、先程にヘイルズ将軍が、明後日に担当の無い騎士や上級指揮官の皆様へ招集を掛けました」 ノイズマンも、シャムテイルズも、表情を緊張させた。 「何か、一大事か?」 ノイズマンが問う、その横にシャムテイルズも並ぶ。 すると、ライアリーなる女性騎士は、少し困惑した顔にて。 「それが明後日は、お役目の任に成る方以外は、王城内の訓練施設に集まれ、と…」 「ん?」 ノイズマンと共に顔を見合わせたシャムテイルズ。 訓練施設に招集とは、先日に武術大会後の事で呼ばれたばかりだ。 思い当たる節の無いノイズマンで。 「また、お叱りかな」 同じシャムテイルズは、首を傾げて。 「いや、ヘイルズ様は同じことを繰り返さない方だ。 もしかすると、新たな人事に関わるのでは?」 「なるほど」 処が、ライアリーはもっと困った顔をして。 「それがですね。 今1度、皆様を集めて模擬の試合をするとの事なんです。 今に、何故にするのか、私達も良く解りません」 シャムテイルズも、ノイズマンも、これには想像が付かずに、憶測で想定する事しか出来ない。 だが、ライアリーは。 「あの大会の結果を今だ気にするのは、政府高官の財務方や軍部の管理方の人達とか。 其方から、人事の刷新の意見でも出されたのでは? 武術の事を良く解らない方々は、あの大会の事の真実を何も理解して居ないと思いますから…」 言った後に不満の表情を現すライアリー。 彼女の意見も強ち間違って無いと感じられた2人で、困ったと見合った。 だが、この時。 シャムテイルズに関わる1件が、また違う場所でも進展をしていた。 ロイザー卿の乗る1人乗り用で小型の馬車が、薄暗くなる雨の夕方に、街中の或る飲食店に横付けされた。 何故、ロイザー卿が1人乗り用の馬車で来たのか。 その横付けされたのは、一般的な大衆的大型店でも無く。 また、格式高い立派な店でも無い。 いや、その店が在る場所は、ロイザー卿の様な者が軽々しく来る所では無かった。 廃れた街角の一部で。 繁華街の方と比べれば、とても人の往来も少ない辺り。 煉瓦敷の通りも綻びが目立ち、立ち並ぶ建物の多くが空き家の様な廃屋。 そして、通りを行く者の様子も、街中の一般人と言える者達とはちょっと違う。 本日が雨の為、マントやコート姿の人が殆どだが。 中には、浮浪者と思しきみすぼらしい姿の者も居た。 油をケチるのか、店内に灯る明かりが弱い店にて。 頑丈さ以外に、何も求めて無い様な造りの円卓を前にした大男が、酒の入ったガラスボトルを持って来た年配の無頼地味た人相の男性へ。 「奢りって聴いたが?」 前掛けもしない年配の男性は、皿に盛られた焼けた肉の塊を幾つかのみと云う、凡そ店で出される料理とは程遠いモノを出すや。 「そのボトルと、3品ほどだけ、な」 「ほう」 こう言った大男は、ポリアの仲間のゲイラーと遜色無い大男だ。 その風貌は、ある種の不気味さを覚えるもので。 片目がギョロっとし、顎が突き出して不揃いの歯が隙間を空け規則もズレて並ぶ。 鼻は潰れていて、恐らくは骨が砕けたままなのだろう。 色黒の皮膚は日焼けし、垢も浮かんでいる。 髪は振り乱したまま、雨の雫が埃を孕んで流れた。 その男を、馬車の雨避けとなる蛇腹型の庇の隅に在る小窓より見たロイザー卿。 馬車の前には、腰に剣を佩く中年の男性馭者。 1人乗り用の車両後方には、足を上げて人の立てる場所に大柄な雨避けのコートを着た者が乗る。 店内の大男を窓越しに見たロイザー卿は、暗い中で舌打ちをした。 「何だ、あの男は。 腕試しとは云え、あんな悪党の様な者に頼む褒美とはいえ仕官など言えぬ」 その独り言を聴いたのか、背後に立つ者が蛇腹型の庇に顔を近付けて。 「仕官の事は、言わなくとも。 金だけ提示し、勝ってごねる様ならば武器を…」 「全く、伝を悪党に頼ったのが悪かったか。 此方の事を知られない様にと間に人を2人も立てて時を掛けた割には、売り込みにやって来るのがこの様な者ばかりとは………」 後方に立つ者より。 「やり方を変えましょう。 これでは、毒殺や闇討ちなどでシャムテイルズ殿が殺されますぞ。 そうした場合は、主に面倒が飛び火致します」 「・・だな。 ま、仕方ない。 今回は、あの馬鹿そうな男を奴の相手にさせ、一応の腕前を見るだけにしようか」 「その方が良いと思われますぞ。 先日、剣術指南役を含めた騎士の方々を相手にしても、シャムテイルズ殿は誰1人として負けなかったと。 後釜が見付かるまでは、シャムテイルズ殿を退けては面倒になるかと」 「ふむ。 だが、あの大男に負けられては、それこそ困る」 自分で勝手にシャムテイルズの腕を疑って於いて、この言い草は何だろか。 ま、言動から窺うに、この人物の考え方、感じ方として、剣術指南役と云うものの存在の意味を理解していないらしい。 「出せ。 日取りは、明日に考えよう」 馭者の男性が、軽く手網を動かした。 馬が走り出すと、繁華街の方へ向かって行く。 その時、馬蹄が煉瓦の路を打つ音を聞いて、店内の大男は窓の方を見た。 「馬、な…」 そして、薄暗い店内に5人程の悪党地味た人相となる男達が入って来た。 「………」 大男と眼を合わせた彼等だが、何となく身の危険を感じたのか。 「オヤジ、2階に入るぞ」 店内を見渡せる2階のフロアに向かった。 頼まれた残りの品物を大男に出した年配者の男性は、 (この野郎は、何モンだ? 何つぅか、危ない臭いがプンプンしやがる。 下手に喧嘩になれば、躊躇も無く人を殺しそうだな) と、口を開く事を躊躇った。 この大男からは、何人も人を殺して居る者が放つ特有の雰囲気が感じられた。 一般人の者は、人を殺した事など無い者が殆どだ。 そうした者は、喧嘩早くとも常人として一種の壁と云うか。 人に対して踏み越えない一線を持った、言葉に現せぬ歯止めに似た壁がある。 その壁を追っ払った者ほど、他人に対して、人に対して物としか見ない不気味な眼をする処が有る。 この様な場所で何年も店を営むこの主人は、大男からその危うい気配を感じていた。 (アイツ等も、肌で感じたらしいな) 2階を見上げた年配者の主人は、逃げた5人の男達を見上げた。 さて、酒と料理を食べた大男は、席を立って店を出て行く。 その後だ。 2階に居た5人の内、まだ若そうな長髪の小男が。 「見ねぇ奴だったな」 仲間の1人で頷くのは、少し顔立ちの整った中年男性で。 「あの目付きは、人殺しを何とも思わねぇ(たち)だぞ」 大男の方に入る短髪の無頼みたいな男は、グラスの中身を呷ると。 「まさか、パゴサナルさんの命を狙いに来た奴らか?」 この5人の中では、身に付けた衣類がとても普通な、一見すると少し強面の一般人と変わらぬ年配の白髪男が首を左右に動かし。 「そいつ等は、昨日に兵士や騎士に捕まった。 あのシャムテイルズが出張っていたらしく。 暗黒魔術師とモンスターの牙から生み出された怪物を瞬く間に潰したらしい」 5人の男達は、その話に感心した。 最初に口を開いた小男が。 「ウチの国は、シャムテイルズと師匠のヘイルズ将軍が居るから安泰だな。 商業大国のマーケット・ハーナスに居た頃に。 剣術指南役に雇われた男が女を犯して逃げたとか。 東の大陸の南方三国では、雇った剣術指南役が悪党組織と通じていて、国家の転覆を狙ったとか聴いた。 名も通らぬ余所者を指南役に雇うと、ロクな事が無いらしい」 顔立ちの整った中年男性は、安い酒をグラスに注ぐと。 「然し、風のポリアとは余程に強いらしいな。 試合とは言え、あのシャムテイルズが負けるんだから」 白髪の年配者も、酒を注ぐ。 「当たり前だ。 時に多くのモンスターを相手に、10人足らずの仲間だけで切り抜けるんだ、冒険者は。 剣術と、戦う術は別モンさ。 そのいい例が、パゴサナルさんを連れて来たあの包帯男だよ」 「いやぁ、ありゃ化け物だって」 「そうそう。 誰も勝てない。 悪党組織が全く手を出せないンだからよ」 5人の男達は、それからも冒険者の噂話や、シャムテイルズの事、巷の事で話し合った。 この間、1階には入れ替わり立ち代りと人が出入りする。 客を探す女性だの、安酒を与りに来る者が入って来る。 こんな場所でも、夜の盛りと成れば雨でも10人前後の人が入っていて。 夜更けまで客足は疎らに絶えない。 あの大男を除けば、無頼も、娼婦も、所の悪も、人間らしい客ばかり。 店主をする年配の男性は、長居せずに大男が帰った事に安堵がジワジワと感じられた。 * それから1日を置いて、その日は朝から良く晴れた。 冷え冷えとした空気が凛と張り詰める。 この日は、ホーチト王国の場内で語り草となる事件が起こる。 だが、その事件の前に、小事となるこんな事が在った。 この日の午前時。 王宮でも奇怪な・・というべき動きが有った。 ロイザー卿以下、軍部の武装・兵糧の蓄財管理。 さらに内政人材・軍備人材などを監督する部署の長となる貴族の3・4人が揃って王に会い。 シャムティルズ以下、ヘイルズ将軍までも人事的に不安が在ると意見を述べて行った。 これが何ゆえに奇怪なのか・・。 ホーチト王国の経済や法的治安は、王の主権から間隔を置いた政府政権に任せられている。 然し、国領統治や軍隊部の主権は国王に在る。 その軍部の部分に、何と貴族としてではなく。 政府権限として物申すと意見を出してきたのだ。 ただ、他の者は一切賛同しなかった為、貴族のみの意見上訴と云う事になり。 尚更、周囲より驚かれる事となる。 老いて落ち着き払った王は、その異権と云うべき話を黙って聞いていた。 が。 国王周辺の用人、身辺警護を預かる近衛騎士に始まり。 一緒に謁見へ立ち合った王妃や王族までもが、その話に驚いた。 「ロイザー卿っ、軍部の主権は国王に在り。 全く関係の無いその方達が、選りによって剣術指南役等の人事に口出すとは何事だっ。 下がれぃっ、不届き者めっ!!!」 国王の伯父にて、文化・教育の大臣を務める大男が落雷の如き大声で一喝した。 謁見の間は、天井が高く長い奥行きが有る。 その怒り任せの声は、電撃が迸る勢いで響き渡った。 耳を軽く揉むロイザー卿は、あのシャムティルズに見せた態度を隠し。 襟袖が派手な登庁用の制服姿で。 「ステインモルフ閣下、その様に大声を出されますな・・。 私達は、国の大切な税金を出して抱えるべき者が一介の冒険者の。 然も、女性風情に負けるのでは、他国に示しがつかないと申しておるの御座います。 剣術に秀でる者は、多数在野に居ります。 違う者を召抱えては如何か・・と、進言に参っただけの事です。 何名か、此方で推挙したい者が在りましてな。 何れ、その者とシャムテイルズ殿を試合させたい、こう申して居るだけなのですよ。 どうせ金を払うならば、納得の行く腕前の人物が宜しい」 現実的に痛い部分を突く様に、ロイザー卿は正論と云う雰囲気を醸し出して云う。 大声を上げた伯父の大臣も、近衛騎士や用人も咄嗟に言葉が返せない。  すると・・。 「ロイザーっ、其処に直れっ」 急に、やや幼い声がしたのである。 国王、その場に居る一同、ロイザー卿も声を出した者を見る。 国王の末子で、クリューヌ・ロア王子が国王の座る王座の脇から出て来たのだ。 このクリューヌは、5人兄妹の末子ながら、その王位継承権は第二位。 現実を考えると、国王の長男は大病を患い立てない状況。 このまま行けば、クリューヌの上の兄妹は全て姉なので、実質的には王位に一番近い人物なのである。 「これは、王子様」 ロイザー卿以下、内政政府の長達が頭を下げる。 処が、クリューヌは前に進み出ると。 「喧しいっ! ロイザー卿、お前の眼は節穴だっ」 彼を指差して非難を飛ばすロア王子。 整髪された金髪を伸ばし過ぎない程度に額や首元に落ち着かせ、碧眼の双眸は真っ直ぐ汚れ無く、背の低い国王の胸にも届かぬ背丈ながら、シャンと立つ姿には溌剌と云うか健康的な力が見て取れた。 「ははは・・、王子もお若い。 何をその様な根拠も無い事を・・」 口を濁すロイザー卿に、クリューヌは言う。 「剣術の勝ち負けの局地は、生死のみだ。 その生死を主催側に預けられた試合では、互いの力を極限の加減を以てぶつけるのみと成るのだ。 この前、貴方の蔑むシャムティルズ殿の下に、サーウェルス殿が一手指南にと参った。 丁度、私への稽古の時だったのだが、私が我儘を言って密かに立ち合わせた。 シャムティルズは、見事3番勝負の一つも寄せ付けず勝った」 すると、ロイザーはまぐれだろうと。 「それは、サーウェルス殿が王子の手前で力加減と為されたのでは?」 だが、クリューヌは雁として。 「違うっ」 クリューヌは、時期国王の後釜である。 そして、剣術にも、勉学にも閃きを見せる聡明さが覗えるのだ。 このクリューヌと言い争うのは、長い地位安泰を願う者なら避けるべきである。 ロイザー卿は、これは面倒だと引き下がる気に成った。 今日の謁見は、シャムティルズが誰かに舐められて立ち合いを挑まれて死んでも、恥を掻くのは王国側だと云いに来ただけだ。 そう、シャムティルズに立ち合せる相手が決まったのである。 然し・・此処で。 「ロイザー卿、在野に居る剣士とは冒険者か? 人を、モンスターをただ殺して生き残る為に鍛え抜いた暴力の剣術を、我が国の一般の者に真っ先と学ばせるのか? 強ければいいのか? 剣の術に纏わる危うさの全てを棚上げするのかっ」 別の方向から、別の鋭い声がする。 一同の視線が、声の方に。 右側、王の側近が出入りする扉より、何者かが現れ出ていた。 ロイザー卿は、その声を出して来た若い政務官を見て。 「サールイン・・殿か」 と、顔色を険しくして会釈を示した。 歳の頃20前後と思われる若いその人物は、青い政務官専用のローブを纏う。 身体の線は細く、痩せた人物であるのだが・・。 細めた目に強き光を湛えた顔は凛々しく、また・・・。 「おお、サールインか」 国王が親しき様子で声を掛けるのだが。 入って来た彼は、その場で屈み王へ挨拶代わりの一礼をして。 「は。 何やら王子の大声や、不穏な雰囲気が廊下まで来ていまして。 思わず此処へ」 国王は、穏やかに笑み。 「そうか・・そうか」 「は」 このやり取りの後。 「あぁ、それでは・・私はこれで」 と、ロイザー卿が逃げようとするのだが。 「待たれよ。 ロイザー殿、話はまだ終わっておりませぬ」 直ぐにサールインと云う若者の政務官らしき人物が呼び止めた。 「何だ、政務官殿」 王や周囲の者の手前、無視で逃げれぬと思って煙たい様子を面に見せたロイザー卿である。 だが、サールインと云う若者は、ロイザー卿に近寄りながらその気配を察しても逃がす気が無いらしく。 「ロイザー卿。 貴方の血筋の女性と伴侶に為られたシャムティルズ殿に、一体なんの落ち度が在って腕試しを為さるのか? 理由をハッキリと述べて頂きたい」 ロイザー卿は、そう問われて目を鋭くした。 サールインと云う若者は、更に近付くと。 「正式試合に参加した北の国各国の騎士・兵士・指南役から、国王陛下に宛てて数々の御礼の書が届けられました。 シャムティルズ殿の剣術の正しさ、見事さに感服すると。 中には、是非にその弟子の一人をご紹介して欲しいとまで・・」 「むぅ」 ロイザー卿の脇に付いて来た大臣や副大臣が顔を困らせる。 こんな話は、全く聞いてないからだ。 サールインは、更に続け。 「良いですか。 在野の剣術に優れた者が多い昨今でも、何処の国もこと剣術指南役の人選には困っています。 フラストマド大王国には、テトロザ様が居りまするが。 その他の国では、冒険者上がりの腕っ節だけを買って召抱えた指南役が、短期間で事件を起こすからだと。 一人身善がりで鍛えた剣術には、戦う時に相手を倒しても構わないとする気持ちが多く。 学ぶ子供、兵士も、その気質を受け止め兼ねない。 剣術は、人をも殺せる危うき術。 なればこそ、扱う者にその危うさの全てを修行として通じ学ばせる人の心を持った者が必要。 その苦労が無いシャムティルズ殿を廃し、一体誰を据え様と云うのですか?」 戦う意味で勝敗に拘るロイザー卿は、ギロっと生意気と思うサールインを睨んだ。 「よいか。 そのシャムティルズは、冒険者の、然も女子に負けたのだぞ」 すると、サールインは目上の垂れる赤毛の髪を避け上げると。 「フフフ、そうですか。 ですが、先程にその女子であるポリア殿が、事も在ろうか軍部に来ましたぞ」 「は・何だとっ?!」 いきなりの話に、大いに驚くロイザー卿。 また、その後ろに控える貴族達。 また、国王も玉座を立ち。 「真か、サールイン」 サールインはその鋭い視線で、驚くロイザー卿の眼を見返しながら。 「はい。 先日はリオン王子に乗せられ、礼儀を忘れて野蛮な剣技まで遣って親善試合を汚してしまいましたが。 シャムティルズ殿、そしてヘイルズ様の剣術に一手、修行を預かりたいと・・。 本日、明日とヘイルズ将軍が訓練を併せてしたいと為さって居るかと。 一対一ならば、今頃は良い勝負でもしている頃かと」 ポリアが来たと云う事を聞き、ロイザー卿は内心に思う。 (なんと云う間の悪さだっ。 一手の修行だと?! 何でっ、今頃にぃっ!!!!) 一度、親善試合にて手合わせをしたのに、またしに来たと・・。 今直ぐにでもその様子を見に行きたい衝動が、ロイザー卿の心を突き上げる。 処が。 「ロアよ。 ワシと訓練施設に行こうか。 ポリアンヌが来られたのだから、挨拶も兼ねて見物に行っても差し支えあるまい」 「はいっ、父上」 元気な声を出したクリューヌ・ロア王子の手を取り、王座から立つ国王。 老成した体格ながら、ヒョッコリと立ち上がって行こうとする国王の背中を見たロイザー卿を、サールインと云う政務官は逃す気を見せずに更なる近付きを見せて。 「ロイザー卿よ。 貴方の担う大臣と云う地位をご理解してないのか? 貴方の仕事は、武具・軍事物資・兵糧の安定蓄財とその放出の管理。 軍隊、将兵の管理では無い。 私の様な財務官の末席に身を置く者に云われる様な新米の経験者では無い筈だ。 内政の事ならいざ知らず、王権に貴族の内政大臣のお方が口を出せば、貴族政治の復権を狙っていると思われても仕方が在りませんぞ。 剣術指南の評議において、国王から召集された時にのみ貴方方は発言が許される事だ。 もう二度と、この様な権威の逸脱はしない様にお願いしたい」 物凄く当たり前で、また誰も意見を返せない話だった。 「・・失礼する」 言い返す気を失くしたロイザー卿は、若い政務官のサールインにこの一言を以って別れた。 貴族政治の復権には、貴族以外の全ての人が過敏に反応する。 軍隊は、基本的な定義が国民保護と領土守備の理念で存在すると新定義が出され、貴族の我儘では大きく動かせなくなったホーチト王国。 内政・軍隊の中に一般民が多く入り管理されて、もう200年以上が経過しただけ在るのであった。 謁見の間より足早と出るロイザー卿は、周りの役職者より後の事を聴かれる。 だが、何よりも向いたいのは、兵士の訓練場で在る。 (何故っ、何故に今っ! あの女がしゃしゃり出て来たかぁっ!) 感情が昂り、今にも周りへ怒鳴り散らしてしまいたい衝動が顔を紅くさせた。 * ロイザー卿の行動と同じ日に、計らずもポリアは動いた。 朝からヘイルズ将軍の客人として、サーウェルスと仲間を連れて王城内の兵士訓練施設に入った。 この、今日の全ては、つい先日にこの街へ来た夜。 サーウェルスを連れてヘイルズ将軍に面会し、事を話して計った事。 ポリア達が斡旋所の主より連絡を受けてマルタンに来た夜。 訪問を受けたヘイルズ将軍は、事の次第を聴いて驚いた。 ロイザー卿の(はかりごと)を潰す為に来たポリアは、自分達と剣術指南役や騎士達を試合させる様に運んで貰いたい・・とヘイルズ将軍に頼み込んだのだ。 話を聞いたヘイルズ将軍も、シャムテイルズ1人の内面の問題ならば、ポリアの提案を呑まなかっただろう。 然し、貴族の謀が絡むとなれば、これはシャムテイルズ1人の問題では無くなる。 それに加えて、近頃は腕を売り込みに待ち伏せをする者の面会を何度も受けた。 異様な事態になって来ているとは、ヘイルズ将軍も警戒はしていた。 そして、この日の朝だ。 剣術指南役の席に在る8名。 騎士や近衛騎士でも腕の(たつ)者を含めた50余名。 兵士長や剣術に秀でた指揮官、昇級訓練生兵士が200名ほど集められた。 あの、勇猛なる兵士のテオも居るし。 女性の者も差別なく集められた。 ヘイルズ将軍が命令でこうした事に成ったと聴いて、軍部の監査役をする国王の腹心となる中年の将軍も見物に来た。 ホーチト国王には、昨日にヘイルズ将軍より断りを入れて。 極めて重大な事につき、少し変わった訓練の試合をさせるとのみ話が挙がった。 招集された250名を超える軍部の幹部の集まり。 先頭には、正式な剣術指南役の6名と。 候補生の中年の少将に。 2年前まで指南役の席に居た、今は指導役に移った老人の役職者も並ぶ。 その周りに騎士達が集まり、その外側には上級指揮官の兵士達が集まる。 その皆を前にしたヘイルズ将軍は、表情を引き締めて気を引き締めた様子を醸すと。 「皆よ。 本日は、少し普段とは違う訓練をしようと思い、急遽ながら集まって貰った」 剣術指南役の1人で、シャムテイルズの2つ上となり。 2年前に昇格した短髪の大男となる〔スコルナン=メキト〕中将が。 「ヘイルズ様。 この様な時に、皆を集めて訓練ですか? つい先日の事件での街中の騒動は、今に少しばかり治まっただけ。 この沈静化を維持する為にも、治安の保持を優先すべきかと」 異例の事で、この意見は大半の総意に近い。 だが、ヘイルズ将軍は少し上目遣いになると。 「その意見は、最もだ。 だが、此方も少し面倒が重なってな。 年末の多忙に踏み込む前に、こうして話し合いの場を用意させて貰ったのだ」 「話し合いの、場………」 スコルナン中将が口にした内容で、集められた皆も何か普通では無い事が起こったと察し始める。 集まった皆を見回すヘイルズ将軍で。 「実は、ほんの少し前だ。 帰りの道すがらに声を掛けられてな、或る相談が持ち込まれた。 冒険者らしきその者はな、近日、剣術指南役の入れ替えが有ると聴き、自分の腕を買って取り立てて欲しいと…」 この話で、シャムテイルズを含めた全員が驚き騒然となる。 そんな話は、聞いてないからだ。 指南役候補生の〔ヴァム・ロズヨー〕少将は、その長い金髪を乱す程にヘイルズ将軍へ迫る。 35歳を目前にした貴族で、世間的に女性から人気を得る人物だ。 「ヘイルズ様っ、そんな輩を雇われるのですかっ? 我々はっ」 そこへ、手を挙げて制するヘイルズ将軍で。 「まぁ、待て。 当然、話は断った」 「あ、そ・そうでしたか…」 「実は、その者も、な。 女の冒険者に負ける剣術指南役で、世間に顔向けが出来るのか、と言って来た」 この瞬間だ、全員の眼が剣術指南役の6名に向く。 シャムテイルズやノイズマン以下、剣術指南役の6名は項垂れた。 その最中で、ヘイルズ将軍は。 「だが、私の意見は変わらない。 ポリアンヌ様に負けたシャムテイルズは、あくまでも剣術の中で試合をし。 ポリアンヌ様は、冒険者として全力を出した。 実は、今な。 この街に、ポリアンヌ様とそのお仲間が来ている」 皆、一斉にヘイルズ将軍に顔を向ける。 此処で、些か気を抜いた表情をするヘイルズ将軍で在り。 「その、腕を売り込んで来た者をポリアンヌ様に頼んで手合わせさせた処、瞬く間に負けた。 そ奴も、ポリアンヌ様を所詮は女で、風の名剣だけの人物と思っていた様だ。 噂話を聴いて思い込むだけの腕前で、剣術指南役など程遠い者と言える」 シャムテイルズは、ポリアが来ていると知り。 「本当に、ポリアンヌ様が来て居るのですか?」 すると、隠れて居たポリアが北側の壁並びに設けられた観覧席の間を行ける通路から姿を現し。 「本当に、居ますよ」 皆、声の方に向く。 ポリアの仲間達とサーウェルスを含めた全員が一緒だ。 ポリア達が姿を見せた事で、ヘイルズ将軍も其方を向いて。 「ポリアンヌ様。 本日は、私めの提案をお受け入れ下さり、感謝致します」 ポリア達が間近に来ると、ヘイルズ将軍は皆の方へ向き直り。 「この場に居る者の半分は、あの武術大会の警備に向かった。 そして、その様子を見ていた者が数多く居ただろう。 な、シャムテイルズよ」 師となるヘイルズ将軍より呼ばれたシャムテイルズで。 「は」 「お前に、問う」 「は?」 「お前と戦ったこのポリアンヌ様だが、手加減しなければ成らぬ程に弱かったか?」 「そ、そんな訳は、有るハズがありませんっ」 急にとんでもない事を聴かれ、シャムテイルズが焦り、本音で答えると。 ヘイルズ将軍は、ノイズマンに向いて。 「ノイズマンよ」 「あ、はい」 「隣国のリオン王子、テトロザ殿、ジョニハム殿を破ったこのポリアンヌ様は、イカサマでもして勝ったのか?」 「あ、………」 問われた時にノイズマンの脳裏には、ポリアから受けた凄まじい速さの突き上げの記憶が蘇った。 あの時、構えた様子から自分の見計ったポリアと云う人物の実力は、想定を超えたものと悟った。 「いえ。 テトロザ様との1戦、シャムテイルズ殿との1戦。 あの2つは、計って打ち合わせたモノでは出来ません。 ジョニハム様との1戦も、リオン王子様との1戦も、我々の及ぶ処では有りません」 此処で、ヘイルズ将軍は皆を見て返し。 「ならば、この場に集まって貰った皆に問う。 何故、全力を発揮して試合をし、武術大会を優勝したシャムテイルズの腕を疑うか。 何故、女性と云う処だけでポリアンヌ様を見て、そのポリアンヌ様に負けたシャムテイルズやノイズマンを影で詰るか」 この問い掛けに、シャムテイルズやノイズマンだけでは無く。 騎士達も含めて無言が重なる。 「お前たちは、世間の評価を未熟な子供の様に鵜呑みとして。 その人物の現実に見せられた実力を曇った眼で見ている。 詰まり、腕前としては実力を持っても、心は幼稚と云う事だ。 全く、私はこれまで何を伝えて来たのか。 お前たちがその様ならば、師となる私は愚かなる者と云う事だ」 シャムテイルズを含めた剣術指南役の皆、騎士達、上級指揮官の兵士達や候補生兵士。 その全員、返す言葉が口を出ない。 心に沢山の言葉は溢れかえるのに、否定も出来ず、言い訳も口を出て来ない。 ヘイルズ将軍の言葉が少なからずも事実を言っていて、真っ向から言い返す事が出来ないほどに重しとなった。 ヘイルズ将軍は、上着となるマントを取り払うと。 「その眼で、良く見ておけ。 曇った眼で見ても、事実は揺らがぬだろう」 皆にこう言うや、ポリアへ向き直り。 「ポリアンヌ様」 「はい?」 「お久しぶりです。 一手、手合わせと致しましょう」 「………」 黙るポリア。 この流れは、話し合いに無かった。 が。 ニコリとしたポリアで。 「あら、ヘイルズ様より手解きを受けれるわ。 ほんと、久しぶり」 そして、ポリアは驚く仲間へ。 「イルガ、システィ、マルタ。 観覧席に腰掛けてて。 サーウェルス。 ゲイラー。 ヘルダー。 私とヘイルズ様の手合わせが終わったら、後は…」 シャムテイルズも、その他の皆も。 ある種の奇想天外な事が起こったと、驚くままに固まった。 ポリアとヘイルズ将軍が、本気で試合をすると成ったのだ。 「行くわ、ヘイルズ様」 「はい。 手加減など、テトロザ様の時と同様に無しで」 「そんな、無礼はしないわ」 「ははは。 貴女は、幼き頃から心地よい方だ」 練習用の武器など使わない。 ヘイルズ将軍は、背の長剣を抜き。 ポリアは、腰の武器を抜く。 その2人が構えた一瞬の後には、ポリアが飛び込む様に駆けて斬り込む。 それを弾くヘイルズ将軍だが、ポリアは身体の回転だけで勢いを逃しながら掬い上げに転じる。 その攻撃も剣を合わせて防いだヘイルズ将軍。 然し、窮屈となって打ち払うまでには成らない。 剣を合わせ、見合うお互い。 「ポリアンヌ様。 やはり、此処まで来ましたな」 「まだまだです。 どうやっても勝てない、神の様な人を知りましたから」 このやり取りと共に剣を外して距離を取る2人。 だが、直ぐにヘイルズ将軍が猛然と斬り込んで。 避けたポリアへ更に薙ぎ払う。 辛うじて退き、独楽の様に逆回転より突き上げたポリアの早さは、シャムテイルズを始めに、見ていた皆を驚かせる。 「ふっ」 呼吸の声を出して身を捩ったヘイルズ将軍は、剣を盾にして身を直す時。 飛び上がったポリアの振り下ろしが見えて。 (早いっ) 反射的に剣を持ち上げ防いだ。 金属の打ち合う音が木霊して、着地するポリアとヘイルズ将軍がまた対峙した。 その短い時の様子で、騎士達や上級指揮官の兵士達は口を開いたままの者が多数。 見ていたノイズマンは、負けた相手ながら。 「早さ、鋭さ、この2点に於いて、ポリアンヌ様は達人を超え始めている。 私では、互角にするが精一杯だ」 スコルナン中将は、武術大会しか出場していないので。 「警備で試合は観えなかったが、これが風のポリア…。 強い、冒険者………」 ポリアがとてつもない鋭い突きを見舞った後、辛うじてヘイルズ将軍が剣を突き付けて勝った。 皆、ヘイルズ将軍が勝った事で安堵したのだが。 汗を薄ら掻くヘイルズ将軍は、ポリアへ。 「ポリアンヌ様」 冬の冷たい空気に変わった今の時期の朝でも、汗を手で拭ったポリア。 「はぁ、はぁ、何です?」 「今、1度。 次は、冒険者のままで構いませぬぞ」 ヘイルズ将軍の言葉に、ポリアは背を正して見返す。 「あ、へ?」 「我々の様な軍人は、その組織の枠の中でしか見識を磨いて居らぬのですよ。 野を、外を見るには、それも必要なのですよ」 「で、でも、風の力は…」 すると、ヘイルズ将軍は剣を構えるや。 身体より、親善試合の時のリオン王子と同様に、微かな黄色を帯びた覇気・闘気(バトルオーラ)を現して。 「私も、あの風の力を眼で観たい。 感じてみたいのです。 これでも、若い頃は冒険者として名を馳せようと夢見た者ですからな」 ヘイルズ将軍の態度に、シャムテイルズは驚いた。 「ヘイルズ様っ。 そこまでせずともッ!」 だが、ヘイルズ将軍の眼は、もう楽しみを見つけた子供に近く。 「馬鹿者がっ!! 勝ち負けの処で立ち止まる気など無いわっ!! 剣を極めんと思うならば、進んで負ける事すら呑み込めなけば、先など詰まるばかりよ」 ヘイルズ将軍の気概を知り、ポリアも不敵に微笑む。 「では、風のポリアとして、参る!」 ポリアの身体の周りに、風の力が急速に集まる。 「はっ!」 ヘイルズ将軍が、剣圧烈風波(ソニックウェーブ)を飛ばす。 リオン王子の抑えた力のものより一回りは大きいバトルオーラの刃。 「(アギト)よっ!」 ポリアも剣を振るや、龍の顎となる風の力が飛んでソニックウェーブを打ち消す。 「うわぁ」 「くっ!」 「退けっ!」 掻き消される衝撃の圧力が周りに飛び。 騎士達や兵士達は驚いて逃げた。 だが、それを堪えるシャムテイルズは、ポリアとヘイルズ将軍の闘いを見る。 (いきなり今日に、果たし合いかっ。 何をお考えなのかっ) 驚くその眼の中で、風の力を覇気で掻き消したヘイルズ将軍にポリアの剣が突き付けられた。 だが、もう2人は止まらない。 また、斬り合い、時に体当たり、足蹴も当たり前にして、剣術の枠を飛び越えた試合が始まる。 この時、観覧席には早くも話を聞き付けた大臣の3・4人が観ている。 ロイザー卿とは関係の無い者だが、急な訓練の事は気にしていたらしい。 「ヘイルズ様とポリアンヌ様が闘いをしているぞ」 「あれは、剣術の試合などでは無いぞ」 「ヘイルズ様がバトルオーラを遣っているだと?」 剣術ではヘイルズ将軍が上でも、争いの闘いとなれば現役の冒険者となるポリアが上だ。 風の力で、剣以外の仕様でヘイルズ将軍が圧され、ポリアが2本取る後にヘイルズ将軍が1本取れる程度の闘いとなった。 剣が鎧を掠るなど当たり前。 火花すら見える闘いに、騎士達、兵士達、剣術指南役の皆も圧倒されて動けない。 それは短い間の時だったが。 まだ昼まで間を持つ頃に、ヘイルズ将軍がクタクタとなって髪を土で汚して負けた。 「ハァ、ハァ、ハァ……」 立てない程に息を乱して座り込むヘイルズ将軍で。 同じく、膝に手を当てて同じく荒い呼吸のポリア。 少しばかり呼吸が整い始めたヘイルズ将軍が。 「さす、が、おみご・とです」 「ヘイルズ様・・本気で、あ・ありがとう・ございます……」 ポリアは手を貸して、ヘイルズ将軍を助け起こす。 風の力の圧力で何度も飛ばされたヘイルズ将軍で、足腰に痛みが来ているのは、見てからに当たり前だ。 さて、起こされたヘイルズ将軍は、助けに来た騎士に肩を借りると。 「シャムよ。 ポ・リアンヌ様に、訓練を託す。 存分に、迷いを払え。 お前達は、まだまだ未熟過ぎる」 ヘイルズ将軍の姿、ポリアとの試合に、皆は何も言えない。 だが、流石にポリアも若く冒険者の経験が活きるのか。 息が整うや、広い訓練施設の真ん中に来て。 「サーウェルス、ヘルダー、ゲイラー、遣るわよ」 そして、シャムテイルズを見る。 「シャムテイルズさん。 指南役の8人の方々、前へ。 冒険者の我々4人が、相手に成るわ」 何がどうなっているのか、どうなるのか解らないまま前に出るシャムテイルズ達が集まるや、ポリアは風の力を身体に薄らと現し。 「4対8。 先ずは、剣術なんて枠をとっぱらってやりますよ」 シャムテイルズ達は、切羽詰まった感で何の事かと驚いた。 だが、始まるやそれはとんでもない試合となる。 サーウェルスも、ゲイラーも、ヘルダーも、バトルオーラを出していきなり試合を始めた。 「ヘイルズ様っ」 驚くノイズマンだが、システィアナやマルヴェリータと挨拶をするヘイルズ将軍は、水分を取りながら休みとなるのみ。 「風よっ!」 ポリアの身体から噴き出す風の力に、シャムテイルズ、ヴァム少将、他併せて4人の剣術指南役が圧されて動けなくなる。 サーウェルスとゲイラーが他の剣術指南役を塞ぐ間に、ヘルダーがシャムテイルズを戦扇子で斬って退かせるや。 驚く3人へ掛かってポリアと連携して瞬く間に3人を退かせる。 この試合は、気圧されて驚くばかりの剣術指南役が負けた。 ポリアは、そんな皆を見て。 「それが、あの武術大会や親善試合を闘い抜いた者の姿かっ! モンスターとの戦になれば、剣術など言い訳にならぬ! 近年、モンスターの活動が高まりつつ在る。 何だっ、その時は冒険者に始末を任せるのかっ!!」 怒声を貰い、シャムテイルズ達も心が定まったらしい。 「今、1度」 前に出たシャムテイルズで。 頷くポリアは、 「連携を忘れないで。 モンスターや悪党を相手にすれば、個人のプライドなど何も意味を成さない。 勝ち負けなど、試合では意味を成すとしても。 本当に危機的な事態では、無意味よ」 と、周りに言う。 それからは、剣術指南役の8人がコテンパテンに負ける事となる。 やはり、平時よりモンスターや悪党を相手に連携するポリア達は、息も合えば、次にどうするか互いに察して防いだり、攻めに転じたり。 サーウェルスも、ポリアの意図を察して一緒に動く。 実力の在る彼で、同じ冒険者、同じく生き残った者として、連携は取りやすい気心の通じが有った。 シャムテイルズ達が疲れるや、次は騎士達を15人ほど纏めて相手する。 壁に背を預けて衣服を、鎧を汚すシャムテイルズ。 隣に腰を下ろしたスコルナン中将が。 「シャム、テイルズ殿よ」 「はい?」 「良く、あの3人に、勝てたな」 へたり込むヴァム少将は、プライドまで砕かれた様に無口だ。 その様子も併せて見たシャムテイルズは、サーウェルス、ヘルダー、ゲイラーの3人を見て。 「あの3人は、実力ではポリアンヌ様より、頭半分は出ている。 剣術の枠で闘っていたので、勝て・たのですよ。 冒険者としての実力ならば、束で掛かってもこのザマです」 「ん。 常に連携し、同じ目線の付き合いで無駄な柵も無い。 個々も強いが、連携されると手に負えない」 この、とんでもない訓練の最中に、ロイザー卿と数名の貴族の役職者が観覧席に来た。 もう、他にも何十人と云う者が見物に来る。 大汗を流して、騎士達までを半数は負かせたポリア達。 ポリアと昵懇の間柄となるホーチト国王がクリューヌ=ロア王子を伴って来た。 「ポリアンヌ。 訓練を見物させて貰うよ」 国王に気付いたポリアで。 「陛下。 ヘイルズ様の計らいにて、訓練に参加させて貰いますわ。 後、後で話が在りますの」 観覧席に来たホーチト国王は、首を傾げて。 「私に、か?」 「はい」 汗を拭うポリアは、ロイザー卿達も確認した処で。 「何でも、シャムテイルズ殿の剣術指南役としての腕を疑う話が在ると聴きまして。 ですから、我が国へ彼を引き抜きに来たのです」 とんでもない話をポリアがして、ホーチト国王が目を見開く。 いや、休憩するシャムテイルズ達や騎士達も、ポリアを凝視して固まった。 いや、その話を聴いたロイザー卿達は、本当に心底から驚いたのだろう。 だが、ホーチト国王とヘイルズ将軍は、然して動ずる事も無く。 「ホッ、ホッ、ホッ。 何と、ポリアンヌの耳にまで変な噂が届いたか」 「えぇ。 何処の国の剣術指南役に据えても遜色の無いシャムテイルズ殿を解任するならば、是非に我が国の剣術指南役にしたいとリオンと語らいまして。 年齢を問わずして歪みの無い剣術指南役など、そうは簡単に見つかりません。 だから、私が噂の真相を見て、事実ならば引き抜こうかと」 席の最下段まで降りるホーチト国王で。 「ポリアンヌ。 目の付け所が良いのぉ。 シャムテイルズを引き抜こうとは、親善試合の勝者として策士ではないか」 騎士達も、兵士達も、シャムテイルズとポリアと国王を見るしか無い。 ポリアと段差の対面に来た国王。 だが、2人はお互いに笑い合う。 何故、ポリアが来たのか。 何故、ヘイルズ将軍が不可思議な間合いで訓練を申し出て来たのか。 ホーチト国王も、何かを察したらしい。 「訓練と云うのでな、存分に頼むよ。 ロアと、見物して行く」 「えぇ。 リオンから、挨拶状も預かりますので。 後で、謁見の時に」 「うむ。 じゃが、シャムテイルズは解任せぬよ。 我が国の、ヘイルズ将軍の後釜なのでな」 「あら、じゃ〜色仕掛けでもしようかな」 「ホッ、ホッ、ホ。 それは、怖い。 ポリアンヌが遣るのでは、実に怖いのぉ」 2人のやりとりは、これで終わる。 だが、ロア王子が走って来て。 「ポリアンヌ様っ、それはダメです! シャムテイルズは、我が国の宝だ!! 絶対に、解任などしませんよっ!!!」 本気で怒り、顔を赤くするロア王子。 その彼を見たポリアは、汗で張り付く髪を避けてから上段の通路に居るロイザー卿達を見上げると。 「世間の評価より、自分の眼で人は評価するものよね。 王子、眼の曇ったおバカな部下を抱えるって、大変よね」 こう言ってから訓練に戻る。 昼の休憩も抜いて、ポリアは訓練を続けた。 この辺りでシャムテイルズは、何かを察したのだろう。 疑問を呈する他の剣術指南役の言葉など無視し。 「テオ。 ラウル殿。 サーテル殿。 他、動ける上級指揮官は前へ。 スコルナン様、騎士と上級指揮官を20人ほどに分けて於いて貰いたい。 ヴァム少将は、ポリアンヌ様の方に加わってくれい。 こんな訓練、何時でも出来る訳ではない。 ヘイルズ様のお計らい、存分に利用させて貰うぞ」 指揮する傍ら、内心で。 (斡旋所の主殿は、こんな至らぬ私の為に心を遣い、何とポリアンヌ様やリオン王子様を頼られたのか。 なんと言う事か。 隣国の私の為に、サーウェルスも含めてポリアンヌ様が動いてくれるとは……。 ヘイルズ様が計らってくれた以上は、これで動かねば我々が無能者よ) まだ混乱するノイズマンと騎士や兵士達を纏めるシャムテイルズで。 「よしっ、訓練を続けるぞ。 ノイズマン殿とテオは、ゲイラー殿を全力で歯止めよ。 我々は、ポリアンヌ様とヘルダー殿に向かう。 ラウル殿、サーテル殿、無理を承知で頼みます。 サーウェルスとヴァム少将を」 シャムテイルズが覚悟を決めたのを見て、ポリアは思う。 (流石に、出来る人だわ。 どうやら、私やヘイルズ様の考えを察したみたい) 「さぁ、私たちも行くわよ。 ゲイラー、名指しされて負けたら、システィから言わせて泣かすわよ」 「はぁっ、言われるまでも無い」 訓練と称した試合を始め、ゲイラーは剣術指南役のノイズマンと勇猛たる兵士のテオを含め、5人の者を押し止めた。 ヴァム少将は、どうして良いか心が決まらないのに。 サーウェルスが他の5人を抑えるや、ポリアとヘルダーは、連携して次々と兵士や騎士を打ち据える。 最後、シャムテイルズが2人を相手するとなり、訓練は素早く終わる。 シャムテイルズは、そんな騎士や兵士に。 「無駄な躊躇いを捨てよっ! いざ、モンスターとの戦いや国家間の戦争となれば、こうした戦いは当然に起こる。 その戦いの中で己が何をするか、誰に背を預けるか考えろっ! 何の為の日々の訓練だっ!! ヘイルズ様の計らいを無にするなっ! 誰だ、私が手を抜いたと言ったのは? 誰だ、ノイズマン殿が老いたといったのは? お前たちが腕を疑った我々を負かした者を前にして、その情けない心構えは何だっ?!」 スコルナン中将が混じる次の集団にまた入るシャムテイルズで。 「次は、オライズ殿、ポリアンヌ様の中へ。 ヴァム少将では、訓練に成らない」 剣術指南役の年少者となる小柄なオライズなる男性を指名したシャムテイルズ。 シャムテイルズの覚悟と、この意味の分からぬ訓練に混乱した皆だが。 「よし。 私と4人であのサーウェルス殿を止めよう。 ライアリー、ミト、カーネリアン、3人掛りでポリアンヌ様に当たれ」 女性の騎士3人にポリアを任せるスコルナン中将。 「え?」 「あ」 「私?」 すると、シャムテイルズが。 「ヘルダー殿は、私が食い止める。 胸を借りるつもりで、無心となれ。 迷えば、瞬く間に負けるぞ」 「然し、風の力が……」 気弱となるライアリーなる女性騎士。 先程に圧力を受けただけで、全く歯向かえなかった。 「気持ちで負けるなっ。 ポリアンヌ様が手加減をしているのだ。 本気で遣われたら、先程のヘイルズ様に遣った技で大怪我する。 迷うな、勝てるなど甘えだっ」 単なる訓練と思っていたのに、とんでもない仕様の試合となった。 だが、ポリア達も半ば本気。 バトルオーラを遣っての一撃一撃は、その力も乗るだけあって鋭さから衝撃が違う。 シャムテイルズも幾らか遣えるが、サーウェルスと手合わせすればその差は歴然。 それでも、本気の全力を以て闘えるのは、シャムテイルズには要らぬ気遣いをしないで済む。 さて、国王が来た事で立って居るヘイルズ将軍の脇に座ったホーチト国王。 「ヘイルズよ」 「は」 「座ってくれい」 「では、お言葉に甘えます」 「ほ、そなたでも疲れたか」 長椅子となる所に座るヘイルズ将軍で。 「ポリアンヌ様の相手でも、もう足に響きます。 引退も、近いです」 「うむ。 どうやらポリアンヌには、此方の世話をさせたみたいじゃの」 「はい、その通りかと。 詰まらぬ噂を聴いて、それを調べる為にお越しに成られた。 何とも、過分なお気遣いかと」 「うむ。 後で、礼を言わねばな」 2人のやり取りを聴くロア王子は、何の事か解らない。 だが、この様子を国王と総帥となる将軍のヘイルズが許容しているのだ。 何か、2人に考えが在ると思った。 此処で、ヘイルズ将軍がロイザー卿達を見る。 とんでもない訓練を観ていたロイザー卿達だが。 ヘイルズ将軍に見られた。 (ロイザー卿っ、どう致しますか?) (本当にっ。 あのポリアンヌ様が直々に引き抜きに来られたとなれば、シャムテイルズ殿の腕前は些かも衰えて無いと成りますぞっ) (不味い、これは不味い! シャムテイルズ殿を指南役から降ろせば、どんな言われが我々に来るか…) どうしょうも成らない事態に、ロイザー卿は血が逆流しそうなほどに憤慨するも。 これを今に表へ出せば、自分が首謀者と示す事になる。 「か、帰るっ」 外へと出て行くロイザー卿で、彼と一緒に来た貴族の者は後を追う。 この場には、サールインなる政務官も来ていた。 (どうやら、ロイザー卿の行動が、この1件に繋がったと見た。 ポリアンヌ様、お手数を……) 見物する国王とロア王子は、訓練の様子を視察していた。 軍部監査役の将軍が休憩を申し上げても、席を動かずに見ていた。 この日、夕方まで訓練は続いた。 流石に、モンスターとも戦い慣れたポリア達。 大汗を流しても、疲れても、訓練に参加していて。 監査役の軍人が驚いていた。 そして、薄暗くなった中で訓練を終わらせるヘイルズ将軍が。 「明日は、ポリアンヌ様達と1対1の試合訓練を行う。 手合わせを願う者は、一兵卒でも構わぬ。 参加する様に」 敢えて、細かい事は何も言わず。 こうして解散させたヘイルズ将軍だった。 解散となった後は、シャムテイルズ達や騎士達は訓練施設で少し動けなかった。 考えていたよりもポリア達が強く、持続力が在り、戦いの様子を考え、連携する。 名を馳せる冒険者達がどんな者なのか、その一端を垣間見たのだ。 悔しがる者も居たが、多くは戦意喪失と成った。 * 夜に、ホーチト国王の招きで晩餐に呼ばれたポリア達。 今宵は、無礼講として。 シャムテイルズやヘイルズ将軍も同席。 また、サーウェルスも一緒だった。 国王に呼ばれての内輪の晩餐会に招かれた一同。 王妃のカレリンは、ポリアと挨拶を交わすや。 「ポリアンヌ様。 今回、どうしてこんな訪問を?」 「あの、知り合いの冒険者から教えて貰った噂で、とても腕の良いシャムティルズ殿を剣術指南役から解任すると聞きまして~。 是非に、是非にっ、ウチの国の剣術指南役の一人に加えられないか~と、引き抜きに来ましたの」 と、とんでもない話を堂々に云う。 同席した親しい王族一同が驚き。 会食の給仕をするメイドや一切を仕切る執事と礼服姿の用人も手を止めてしまった程だ。 シャムテイルズは、師となるヘイルズ将軍の脇で顔を強ばらせた。 だが然し、国王は穏やかに微笑んで。 「ポリアンヌよ、先程も言ったがな。 シャムテイルズの解任の予定は全く無い。 悪い噂が流れたものよ」 王妃も、いきなりの話に表情を引き締め。 「そんな訳は在りませぬ。 我が子のロアも、シャムテイルズ殿に師事して居るのです。 誰が、そんな噂を……」 「そうですっ。 僕は、シャムテイルズを解任などさせませんっ」 絶対にそれは無いと云わんばかりにクリューヌ=ロア王子も、自分の専属の師であるシャムティルズを手放す気は無いと云う。 この場に、シャムテイルズとヘイルズ将軍も呼ばれて居たが。 ロア王子が、シャムテイルズを隠す様にして。 「シャムテイルズは、我が国の軍人の宝だ! ポリアンヌ様っ、誘惑など絶対に許しませんぞ!!」 その語りに、ヘイルズ将軍は素直に笑っていた。 ワインを含み、堂々と食事をする。 サーウェルスが隣に居て。 「サーウェルスよ」 「あ、はい」 「今回は、我が国の軍の事に迷惑を掛けたな」 「い、いえ」 困ったシャムテイルズは、こう語る師の姿に困惑していた。 ポリアは、もう此処までこれたので安心していた。 ホーチト国王と向かい合う席にて。 「いえね。 リオンが噂を聴いたと言って来まして。 私も巷で噂を聴けば、そんな噂がチラっと聴けまして。 剣術の腕では、ヘイルズ様の元に届こうと云うシャムテイルズ殿を解任するならば。 どうにかして、引き抜こうかと。 年齢を問わずして剣術を教える事が出来る者は、とても少ないのが現実。 粗野なだけ、凶暴なだけでは、手本にはなりませんから」 ホーチト国王は、午前のロイザー卿の意見も含めて、ポリア達が来たことの意味を察した。 「いやいや、その通りよポリアンヌ。 だからこそ、シャムテイルズは外せぬ人材。 今回は、徒労に終わらさたが。 リオン王子にも、良く言ってくれい」 「あら、陛下。 私、まだ粘りますわ」 「ほほ、これは困った。 ポリアンヌが本気じゃわい」 恐らくこう成るだろうと云う予感が現実となって、ポリア達一同は笑みを交えて食事と談話を重ねた。 冒険者として他国を見て回るポリア達に、閉鎖されたされた空間で生きる王族からの質問は多く。 また、気に成る話題を聞くいい機会だと、尋ねる話はポリア側からも。 この様子は、周りで働くメイドや執事も見ている。 シャムテイルズの事は、一時ばかり噂に成っていただけに、この話し合いは周りの者も興味を惹かれる。 だが、王族が揃ってシャムテイルズを蔑ろにしない事は、彼の腕が証明されていると云う事だった。 数日は滞在すると云うポリアなので、国王は謁見も王宮の出入り自由と云った。 ポリア以外の仲間の者にも、である。 ホーチト国王には、ポリア達に一生掛かっても返したい恩が在る。 そう、Kと組んで解決したラキームの事件だ。 その後、1年半ほど生きた元町史アクレイ氏は、国王の家族に見守られて若き学者へ歴史の手解きを通して教育を行った。 その人物とは・・。  ロイザー卿に意見をしたサールイン政務官がその人であり。 2年の政務官の経験を持って、来年の春からあの町の町史として行く事が決まっている。 このサールインとは、ポリア達を始めに多くの冒険者が後に関わり合う。 彼に、冒険者の者も見極めた上では正しい付き合いが出来ると示したのが、ポリア達であるからだ。 晩餐に参加したシャムテイルズは、帰りにヘイルズ将軍と一緒だった。 星空の下、冷たい空気を味わいながら馬を並べて帰る時。 「シャムテイルズよ」 「あ、は」 「余計な事は言わぬ。 だが、ポリアンヌ様やサーウェルスとの付き合いは絶やすな。 お前は、少し儂に似て意思が硬い。 ああした人物との柔らかい付き合いは、頭ごなしとなる心を解く。 良い付き合いは、大切にする事だ」 「・・はい」 明日も、訓練をすると云う。 こうなると、返って何も聴けないシャムテイルズだった。 ★ ホーチト国王の頼みで、王宮の離れとなる客間に泊まらされたポリア達。 起きれば食事も用意されていて、国王、王妃、ロア王子、近親王族も交えて共にそれを頂く。 昨日と同じく、向かい合う席に着いたポリアより。 「陛下」 「ん?」 「今日は、また訓練施設にて剣術の試合をさせて頂きます。 さすれば、どうでも良い下らない意見も払拭が出来ましょう。 シャムテイルズ殿の腕試し、私達がすれば文句はありますまい」 「おぉ、それは有難い。 存分に、存分に。 後で、またロアと見物に行くとしようか」 「はい。 あ、でもヘイルズ様は、今日は無しで。 流石に、今日は無理をさせられません」 「はは。 ヘイルズを年寄り扱いか」 「あら。 あの親善試合の後のテトロザ様は、当分の手合わせを断りましてよ。 疲れて堪らないと……」 「ほ、怖いのぉ。 ポリアンヌは、美しくなるにつれて怖い怖い」 ポリアとホーチト国王に、何やら変わった関係を見た仲間や王子。 ある意味、対等に近く。 また、互いに腹を割って居る様子も窺えた。 そして、朝からまた訓練施設に向かったポリア達。 そこには、既に騎士や兵士達が来ていて。 朝の寒さの中で陽射しが開かれた大扉より射し込む土間には、白い息を出すサーウェルスと話すシャムテイルズが居た。 また、ヘイルズ将軍が観覧席に居て。 「ポリアンヌ様。 本日も、お願いしますぞ」 頷くポリアで。 「シャムテイルズ殿。 我々、1人1人へ、自由に相手を。 下級兵士でも、騎士でも変わりなく」 頷くシャムテイルズで。 「承知」 すると、待ち構えた様にノイズマンが剣を片手にし。 「ならば、ポリアンヌ様には、私めの相手を願います」 スコルナン中将は、ヘルダーに。 大柄で力の有りそうな騎士が、ゲイラーへ。 朝早くから来ていた女性の騎士が、サーウェルスに相対する。 昨日の今日で、もう剣術指南役の者も、騎士や兵士も、相手となるポリア達を侮るなどしない。 広い訓練施設に皆が広がり、訓練と称する試合が始まった。 幾度も負けているノイズマンは、もう悲壮感すら以てポリアに当たる。 確かに、剣術の腕は相当なもののノイズマンだが。 やはり、その早さに於いて確実にポリアより劣る。 激しく攻めたつもりが、気合いが先走って負けた。 ヘルダーを相手にするスコルナン中将は、一方的に攻められて負ける。 大柄な騎士は、たった一撃の元にゲイラーに負けた。 「次っ、臆すな!」 シャムテイルズが声を出すと、女性の騎士達が次々と 前に。 然し、女性相手でも無駄に手は抜かないポリア達。 剣術・武術のみと成っても、直ぐに彼女達を負かす。 昨日の話を聴いて、本日は見物する者が増えた。 役人や政務官も来れば、家族を連れた役職者が居て。 「私の代わりに、訓練を見ていてくれ。 こんな機会は、中々に無い」 「その眼で、強い者は何か、見ておくとよい。 冒険者でも、心ある者は居るのだ」 見識に優れた者は、こうした機会も逃さないらしい。 普段の訓練も人が観る事は在るが。 今回は、とにかく何もかもが変わっていた。 剣術指南役を勇退して指導役に回った老人の域となる人物が、ポリアと試合をして負けた。 「ハァ、ハァ、ハァ。 ん、お・お見事。 流石に、シャムテイルズ殿が、ま、負ける訳だ」 武術大会や親善試合の時に、国の留守を預かっていた彼で。 シャムテイルズの負けは、親善試合と云う何か独特な雰囲気が挟まった結果と思っていた。 然し、ポリアと闘って、その思いが間違っていたと解った。 そして、本日は特別な人物もこの試合に姿を見せた……。 眼光鋭い総髪の偉丈夫が、ゲイラーに対した。 刺繍の素晴らしい黒い軍服を着た人物で。 「私は、軍部監査役のロレンス=マルクラーレンと申す。 昨日の訓練を見て、一手試合に預かりたいと思うた」 相手を見て、直ぐに達人と察するゲイラー。 「どうぞ、存分に」 「有難い、参る」 少し反りの在る立派な長剣を構えたロレンスなる人物は、凄まじい掛け声と共にゲイラーへ向かう。 この人物の攻撃を数合受けたゲイラーは、この人物は生中な腕前では無いと感じた。 剣術指南役の誰とも比べても、全くの同格か、それ以上と感じる。 (世の中は、広いな。 K《リーダー》に合わなかったら、俺は此処に居なかっただろうな。 あの機会は、運命の分かれ道だった…) また、そんなゲイラーの近くでは、シャムテイルズと相対するサーウェルス。 「シャムさん。 この前の負けの借り、返させてもらうよ。 昨日は、冒険者として勝ったけど。 今日は、剣士としても勝つ」 「ほお、言う様になったな、サーウェルス。 だが、それは勝ってから言うんだな」 シャムテイルズとサーウェルスが、剣術の実力を以て試合する。 この時、ポリアの前には小柄となる剣術指南役の男性が立ち。 「ポリアンヌ様は、お疲れ様では無いですか?」 既に5人は相手にしたポリア。 この寒い空気の中でも汗を見せていた。 だが、これしきで疲れ切るこれまででは無い。 幾度も死を感じる冒険をして来た。 だから…。 「山の中などでモンスターとの戦いになれば、疲れたなんて言い訳に成らないの。 貴方も剣術指南役として、武術大会には出た筈よ。 あの中で、疲れたなんて言い訳にならなかったでしょ?」 「そうですね」 「さ、始めましょ」 「では」 2人がゆったりと試合に入るその間。 ヘルダーに負けたヴァム少将が、肩で息をして下がる。 壁際に背を預けて息をすると。 「ヴァム少将様、お水を…」 若い兵士の女性がグラスの水を持つ。 「わ、悪い」 それを受け取るや、一気に飲み干すヴァム少将で。 「ハァ……、強いな。 こんなに強いとは、思わなかった」 グラスを受け取る女性兵士は、普段の彼では聴けない弱音を聴いて。 「冒険者なのに……」 「いや、冒険者と侮るのは、我々が国の役目を頂き、こうした場所に籠るからだろう。 だが、ポリアンヌ様のお仲間やサーウェルス殿は、他の冒険者とは少し違って、人として立派だ。 見直さねば、見直さねばな。 さて、1度位は勝てる様に私も粘るか」 見た目の麗しいヴァム少将に、女性兵士は笑みを返して下がった。 訓練施設の彼処此方で、負けて話す者が目立つ。 昨日の訓練とは違っても、やはり強さは変わらない。 一対一で在るからこそ、また改めて強さを知る。 小柄な剣術指南役の彼が負けるや、勇猛なる兵士テオがポリアに挑む。 それを軽々と退けると、若い女性兵士が入って来た。 午前中のポリアとの試合で、ゲイラーに挑んたロレンスなる人物との1戦は、観る者を唸らせて心を奪った。 また、ヘルダーに挑むシャムテイルズの1戦も、眼を離せないモノだった。 短い一時の試合で、相打ちの形にて引き分けたったが。 そして、遂に。 「流石は、ポリア様。 見事でございます。 では、私がお相手をいたしましょう」 剣術指南役の皆がポリアと闘った後にて、シャムティルズがその相手に入る。 「漸く、再戦ね」 「さて、借りを返しますぞ」 「えぇ」 ポリアとシャムテイルズが、昼を目前にしてあの親善試合からまた戦う。 周囲の者は、この様子を緊張して見詰める。 凄まじい早さでポリアが突っ込んでより、止まる事もなく打ち合う。 相打ちの形で引き分けたが、ポリアは見切られていたと後で回想した。 本日は昼に休憩を挟んで、午後を超えた軍部の室内訓練場にて。 上級騎士・騎士・剣術に長けた兵士長などが300人ほど。 外や観覧席にて見物する者を合わせると1000人ぐらいが見守る場内で、ポリア、ゲイラー、ヘルダー、サーウェルスを相手に、その腕に覚え有ると思う者が得物を自由に1対1の試合を申し込んでいた。 午後、サーウェルスにロレンスが挑む。 ポリアがスコルナン中将に勝つや、またシャムテイルズが入る。 2人が剣を構えて見合う、その一方で。 広い場内では、あの勇猛なる若い兵士テオがヘルダーを相手にして完敗し、負けを認めていた。 「ハァハァ・・ま、負けだ。 クソっ、完敗だ」 少し長く力量を見計らっての見合いから、動いた一瞬で決着が着いたのである。 また、もう一度テオより申し込まれたが。 次は、完全に動きを見透かされたと思える負けで、勇猛果敢なテオが悔しさに頭を下げるしかないらしい。 子供をあしらう様な余裕を見せつけられてテオが負けた事で、騎士や上級騎士もヘルダーの強さに眉を顰める。 テオは、気負って最初にポリアへ挑むも、素早さに翻弄されて負けた。 ゲイラーと相手をすれば、自分よりも力強く鋭い攻撃で直ぐに負ける。 口のきけないヘルダーと聴いて見下したらしいが、完膚なきまでに負けた。 午前中にゲイラーやポリアに挑んだ監査役のロレンスは、今はヘルダーの前に立つ。 髪が幾らか乱れ、額に汗を流し。 もう上着を外して軍服の軽装だ。 「手合わせを願おう」 ポリアが、ゲイラーが長く闘っていた人物と察していたヘルダーで。 「………」 正しく一礼を返したヘルダー。 髪が汗に塗れても、まだ息は大きく乱れていない。 眼光を鋭くロレンスは、自前の剣を構えて。 「朝から訓練をして、まだそこまで乱れぬか。 ポリアンヌ様も同じく、頼もしい者よ。 では、参る」 ホーチト国王、ロア王子、ヘイルズ将軍は、場内を見下ろせる2階の片隅にて木の椅子に座り。 午前中から昼の休憩を挟んでも、その様子を見ていた。 剣術指南役の者達が尽く敗れる様を見た近衛騎士団の総長ともなるヘイルズは頷く。 「繰り返して思う。 強い・・いやいや、これは強い」 彼の脇に控える兵士が。 「ポリア様が・・ですか?」 と、聞くと。 「見て解るだろう? ポリアンヌ様とその仲間、サーウェルスも、どれも強い。 剣術の枠の中でも本当に絶えず勝てるとしたら、私か、シャムぐらいだ。 命懸けの果し合いでは、私も勝てるかどうか・・実に危ういの。 昨日は、ポリアンヌ様に負けたわい」 ヘイルズ将軍は、素直にそう応えた。 ポリアとシャムティルズが数合ばかり打ち合ってから、少し引いて互いに見合う中。 ゲイラーが、大柄にしてホーチト王国の中でも指折りの強さと言われた騎士の大剣を跳ね上げて、その相手の喉笛に切っ先を突きつける。 「ま・参りました」 中部隊を預かる猛者たる騎士達が、テオを挟んで7人立て続けで彼に負かされる。 この後、ロレンスもヘルダーに負かされた。 「ん、見事じゃ。 ロレンスよ、見事じゃ」 その試合を見ていたホーチト国王が、思わずにこう呟いた。 負けたロレンスなる人物だが、ヘルダーに握手まで求め。 「お主は、素晴らしい腕よな。 ポリアンヌ様のお仲間でなければ、あの大柄な人物と併せて引き抜きたい処よ。 試合、有難く」 口のきけないヘルダーだから、返事は無い。 然し、ロレンスなる人物は、表情を朗らかにして訓練施設を去る。 ポリアにすら負けたが、それ以上に得るものが有ったらしい。 さて。 次にゲイラーの前へ進み出たのは若者で、最近に兵士長見習いへと上がったばかりの新顔である。 「まだ見習いですが、分隊の新兵です。 是非、一手・・その、手合わせを」 ゲイラーは、そのド田舎から出て来た様な素朴で大柄の若者を見ると。 「ポリアが終わるまで、幾らでも手合わせしてやるさ。 冒険者だと舐めず、めい一杯で掛かって来い」 「はい、ありがとう御座います」 この若者とゲイラーの戦いは、場内で見ていた者の記憶に焼き付く一戦であった。 一礼の後、見合って動かないポリア達を他所に、大声でゲイラーに斬りかかった若者を軽くあしらったゲイラーだったが…。 「大剣を扱う者が、器用な二の太刀を考えるなっ!!!!!!! 長剣や槍に比べて、大剣は重い分だけ一撃一撃が必殺なんだ。 お前、俺に様子見の一撃を見舞うなんざフザケ過ぎてるぞっ!! お前の全力を見せてみろ」 と、その若者を威圧する様に睨んで進み出た。 「あ・・、あぁ」 モンスター相手でも怯まず睨むゲイラーの強い視線。 それを見た若者は、大柄な体格にも関わらず後退りをした。 完全に、ゲイラーの強さに怯んで呑まれてしまったのだ。 “これはもう負けだ” 次に挑もうを思った中年の小柄な騎士が、見守る者共の中から立ち上がる。 然し。 「逃げるな。 さぁっ、剣を構えろ!」 ゲイラーが、短くそう言った。 「あっ、ははは・はいっ」 上ずる声をそのままに、若者は大剣を構えた。 そして、泣き喚く様なへっぴり腰でゲイラーに斬りかかった。 受けるゲイラーは、その場から動かず。 一撃、一撃を受け流して行く。 「たぁぁっ、ああーーーっ」 とか。 「うわぁぁぁーーーっ」 などと、もう子供が大人に稽古を付けて貰う様な様子が何度か続く。 周りで見る騎士や兵士長達は、その力量差の有り過ぎた手合わせの申し込みをした若い兵士の生意気さを恥じた。 処が。 「はぁ、はぁ・・」 闇雲に力んで斬り込む若者は、緊張と興奮に負けて息が直ぐに上がり始めた。 だが、何度も斬り込む事で慣れに似た落ち着きも出て来る。 その、ゲイラーをしっかりと見つめられた時、若者の腰が鍛錬によって培った訓練に基づいた据わりを見せ。 剣を握る腕の力りきみと、間合いを見計らう中で足にも落ち着きが覗え出した。 自分を見定める若者を見たゲイラーは、穏やかに笑い。 「やれば出来るじゃねぇ~か。 その間合い、もっと何時でも出せる様にしろ。 どら、いっちょ前扱いしてやるか」 と、大剣を中段に構える。 直後。 一心不乱に全力で斬り込んだ若者は、ゲイラーの反撃の一撃で飛ばされた。 鎧の上からだが、練習用の大剣を切断されて、そのまま手加減された一撃を受けたのである。 「う゛わぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!!」 壁際まで飛ばされた若者。 直ぐに見張りの兵士や騎士が様子見に駆け寄る。 切断された訓練用の大剣を場より除けるゲイラーは、 「其処のテーブルに座る俺の仲間に僧侶が居る。 気を失っているだろうから、診て貰え」 と、声を掛けた。 場内の一角に用意されたテーブルに就くマルヴェリータやシスティアナやイルガが居る。 今回は手合わせに参加を見送ったイルガは、ポリアに云われて場内の様子に見るとも見せずに気を配り。 同じくマルヴェリータもまた、自分を脇目や余所目に見てくる騎士や兵士長を気にせず時折に紅茶を啜るのみ。 1人、仕事が出来たシスティアナは、 「わ~いわ~い、出番ですぅ~」 と、8杯目の紅茶を飲み終えてから動き出す。 イルガとマルヴェリータは、システィアナが動くのを見守りながら。 「ねぇ、イルガ」 「ん?」 「昨日も、今日も、ヘイルズ様と一緒に座る王様・・誰か連れてるみたいね」 と、マルヴェリータが云うと。 「2階の奥に居わすな。 少年の様だから、末子のクリューヌ・ロア王子ではないか? ポリアお嬢様によれば、文武を好む溌剌としたお方だと聞いている」 小声に近い言い回しで、イルガは返す。 「あら、そう。 でも、背後に立っているのは・・政務官かしら」 マルヴェリータが気に掛かったのは、その場から微かな魔力を感じるからだ。 嫌な魔力では無いが、魔法に何時でも変化できる様子が窺える。 王の後ろからその様な気配がするのは、どうも気になった。 そこで。 その話を聞いたイルガは、心配になって。 「ん? はて、魔力とな・・・、あ」 イルガが始めて顔を王の居る方へと向ける。 斜め上、2階場内の観覧席上段に座っているのだが。 「どうしたの?」 イルガの声に、スッと目を細めて気にしたマルヴェリータ。 だが、イルガは顔をマルヴェリータに戻すと。 「いや、あのお人は・・」 「え?」 聞いたマルヴェリータが、その政務官らしき人物に視線を向ける時。 一方、2階では。 「ロアよ。 あの身体の大きい冒険者を見たか」 手合わせを2階より観戦している国王が、自分の息子にそう声掛ける。 まだ10歳をどうかと思えるロア王子だが。 ゲイラーを見つめながら。 「はい。 凄く強いです。 あの人は、武術大会でも、親善試合でも、とてもとても強かったです」 「うむ。 だが、今はそれ以上に大切な事が覗えた」 「? 父上、何ですか? その、大切な事とは…」 王族親子の会話に、横に座っていたヘイルズ将軍が入って来た。 「王子にも、いずれ解りますぞ」 王族の親子は、話してきたヘイルズ将軍に向く。 「ヘイルズよ」 「は」 「今回の特別な訓練は、功績に価する」 「は。 ならば、ポリアンヌ様達に」 「そうじゃな」 この後、場内の観覧席に座る王族親子とその間近の席に座るヘイルズ将軍で。 気さくに話し合う。 その流れの中で。 「ヘイルズよ」 「はい」 「お主も、まだまだ若いのぉ。 昨日、ポリアンヌと闘う様子を見て、弛まぬ努力を今に続けて居ると見えた。 本日の見分は、まだ気持ちが抑えられ無いからも在るのだろう?」 「はい、陛下。 もし、人が来ずに手が空く様ならば、私が相手に成ろうと思いましてな」 「ほっ。 他の者はいざ知らず。 少なくともシャムテイルズは来ただろうよ。 また、他の者も、昨日の負けを認めたく無いから来たが。 試合う中で、段々と良い顔をして来たわな」 ホーチト国王とヘイルズ将軍の話を聴くロア王子は、もしかしてこれは策かと。 「父上、ヘイルズ様。 何か、ポリアンヌ様とお計りに成られたのですか?」 ホーチト国王は、穏やかに頭を左右へと動かし。 「いいや。 儂は、何も計って居らんし。 ポリアンヌに、何も頼んで居らぬよ」 「ですが、どうしてポリアンヌ様は、此方に? 冒険者としてならば、何時も此方に挨拶は軽くのみ。 こんな事は、初めてでは在りませぬか」 「うんうん、そうじゃな」 それを聴くヘイルズ将軍も、大きく頷き。 「王子。 それは、何れ時を経れば解る事も在りましょうぞ。 時には敢えて聴かず、察する事も必要なのですよ」 「ヘイルズ様、そんな事は解らぬっ」 困るロア王子は、また戦いに眼を向ける。 ホーチト国王は、目の前の様に感心して。 「然し、あのポリアンヌが、こうも強く成るとは、な。 ヘイルズよ、貴殿の昔の眼力は、確かだった。 ん、ポリアンヌは、その仲間も含めて世界に通づる猛者になろうな」 頷くヘイルズ将軍は、この様子に深く満足しているらしい。 「はい。 いや~然し、ポリアンヌ様のお仲間は感服に近い。 出来るなら、滞在中は毎日こうして手合わせをしに来て貰いたいわえ」 この意見は、国王も同じ気持ちらしい。 「ほんに、のぉ。 怖がらせる為だけに戦いの強さを見せ付けず。 ああして、節目まで付き合えるのだから…。 冒険者としての生活の中で、そうした心持ちも身につけたのであろうさ」 この会話の最中、対峙するポリアとシャムティルズの戦いが、“静”から、“動”へと。 遂に動き出した手合わせに、見守る兵士達や騎士達一同が緊張して見守った。 そして、ヘイルズ将軍が席を立つ。 「本日は、武術・剣術としての試合故に、私にも分は有りそうだ。 今のうちに、存在を示さねばな」 「お、ヘイルズも遣るか」 「はい。 ポリアンヌ様のお仲間は、心を昂らせます」 観覧席より降りたヘイルズ将軍は、大柄な騎士の再戦を退けたゲイラーの前に立つ。 「あ」 思わず、声が出たゲイラー。 対面に立つヘイルズ将軍は、軽く目礼をして。 「お主とは、まだよな。 ポリアンヌ様は、シャムと忙しいし。 もう昨日に、互いで全力を出した。 今日は、お主やあの者と試合させて貰う」 「あ、こ、光栄です」 剣を馬手に持ったヘイルズ将軍だが。 「お主も、あの格闘の者も、実に良い腕だ。 ポリアンヌ様と共に、上を目指すが良い。 世界に名を響かせる冒険者に成ろうさ」 同じく大剣を構えるゲイラーは、ポリアと一緒だからこその試合と噛みしめ。 「手加減はしないですよ」 「なぁに、剣術や武術の枠組みの中ならば、また負けはせんよ」 こうして、ゲイラーとヘイルズ将軍の試合が始まった。 シャムテイルズとポリアの試合が白熱するのに、此方もまた。 この後、素早く攻撃を仕掛けたポリアだが。 受け切ったシャムテイルズに負けた。 周りが安堵するも、大汗を流すシャムテイルズは。 「ポリアンヌ様」 「ハァ、ハァ・・なに?」 「その様に、剣術の枠の中で抑えながら闘い、負けても気持ちは歪みませんか?」 息を整え、軽く水を飲む汗だくのポリアは、清々しいまでに笑顔だ。 「別に、余り気にならないわ。 殺伐とした遣り様は、冒険者として生きる時のもの。 派手で強いと思えるけど、こうした場や人に教える時には見せられない。 強さは、その意味は、正しく理解しないと危ういの」 国に仕える騎士や兵士でも、此処まで強さの本質を理解する者は多くない。 シャムテイルズは、若いポリアに感心し。 「冒険者とは、そこまで考えますか?」 「ん〜〜〜どうかしらね」 「その辺りの事、後で聴けますか」 「構わないわよ。 貴方の迷いが、それで少しでも晴れるなら」 この返しに、シャムテイルズは再確認した。 (やはり、私の事で来られたのか。 昨日の晩餐の時も。 そして、今も。 勝ち負けでは無く、別の目的が有って今を為している。 この方には、全てを話して構わないだろう。 サーウェルス、お前の義父は頭が良いな) ヘルダーと試合をする為、壁際に下がったシャムテイルズ。 横に、スコルナン中将が来て。 「やはり、剣術の中では分が上だな。 勝った姿を見て、安心したぞ」 こう言われたシャムテイルズだが、完敗と薄く笑った。 「いや、負けた。 心でも、実力でも…」 「ん? 何だ、それは」 「いや、裏は無い。 私は、とても返せそうに無い借りをポリアンヌ様に受けた」 「おい、意味が解らないぞ」 「ん。 だろうな。 だが、この国の剣術指南役をクビに成ったら、ポリアンヌ様を頼ってフラストマド大王国にでも士官するよ」 「な、何だ、それはっ」 「クビになったら、だ。 裏切りでは無い」 と、ヘルダーの元に。 「おいっ、シャム!」 「試合だ。 またな」 ヘルダーの前に立つシャムテイルズは、 「ポリアンヌ様と併せて、礼を言わせてもらう。 ありがとう」 一礼を示して剣を構える。 頷くのみ、のヘルダーだ。 そして、実力を発揮する事にだけ一念を持ったシャムテイルズは、ヘルダーに負けた。 その横では、ゲイラーに勝ったヘイルズ将軍が手をヒラヒラとさせて。 「良い腕じゃな。 ん、また何時か、手合わせを願おう」 「あぁ・・大丈夫ですか」 「いや、ちと痺れた。 お主の剛腕は、確かに天下に通じような」 「あ、すいません」 「のう、ゲイラー殿」 「はい?」 「時に、ポリアンヌ様とも手合わせをするのか?」 「あ、はぁ。 まぁ、時々」 その返答に、ヘイルズ将軍は呆れも含む驚きを現し。 「道理よな。 お主の腕力も受ければ、あの素晴らしい身体のバネも理解が行く。 3年後は、もう勝てんな」 手をヒラヒラさせたヘイルズ将軍は、休む為に観覧席に引いた。 それからは、他の兵士や騎士の相手に動くのみ。 余程、ゲイラーの攻撃が効いたと見えた。 それから時が過ぎて夕方が沈みかける頃。 ヘイルズ将軍が暗く成った訓練施設にて。 「よし、本日の訓練はこれまでだ。 皆、疲れ果てた以上に、得るものが有っただろう。 勝ち負けだけでは測れぬこと、それが多いと云う事を少しでも理解して貰いたかった。 ポリアンヌ様と他の方々に、厚く感謝をし。 この経験を人生に活かせ」 ヘイルズ将軍の言葉が終わって解散と成るや、訓練施設の土間に殆どの兵士や騎士が腰を下ろした。 汗で汚れ、もうヘトヘトとなって動くのも億劫と成る。 大樽4つに入れた水が底を尽いて、井戸から汲まれた水を貰う者が目立つ。 ポリアと仲間たちは、国王に呼ばれてまた消えた。 ポリアに勝てたのはシャムテイルズと、5戦して漸くのスコルナン中将のみ。 ロレンスなる人物と他、2人の剣術指南役が相打ちの引き分けが有った。 ゲイラーとヘルダーは、ヘイルズ将軍とシャムテイルズ以外の誰にも負けなかった。 「くっ、強い……。 冒険者は、これ程か」 悔しがる騎士の男性だが。 ヴァム少将より。 「全ての冒険者が、こうでは無いさ。 だが、ポリアンヌ様のお仲間や名前が馳せる者は、こうした力に届くのだろうよ」 指南役の補佐・指導役になる年配の人物も。 「ヘイルズ様ですら、訓練を続けて今よ。 我々など、まだまだと云う事だ。 私は、まだ途中と云う事。 皆も、だ」 ずっと立つシャムテイルズは、もう星空が見える空を開かれた大扉から見上げ。 「はぁ、疲れた」 誰もが聴く声。 その声に、久しぶりの彼らしい穏やかさが含まれた。 あの、親善試合での負けより一昨日まで続いた嫌な空気感は、もう何処にも無かった。 で………。 シャムティルズと渾身の勝負をして、辛うじて相打ち。 次は、完全に読み切られて負けたポリア。 その後、また勝負しても、2回して1度しか勝てなかった。 然し、その事には全く気持ちを引き摺る様子を見せないポリアであり。 寧ろ、手合わせが終わった後、シャムティルズと感想を交えた口答での剣のやり取りや、考え方を交わす方が、皆の目に良かったらしい。 一連の手合わせを終えて、上級騎士・騎士・兵士長の何れからも感謝や褒め称えなどの言葉しかなく。 一同解散の後、また剣を交えたいと沢山の声を貰って分かれたポリア達。 ヘルダーに然り、サーウェルスに然り、ゲイラーに然り、嫌味が無いから嫌われた印象など微塵も無かった。 ま、手合わせの後。 国王やヘイルズとも挨拶を終えた一同には、気が抜けると同時に空腹が襲ってきたという訳である。 夕闇となる外に、冬が到来して夜の帳が早くもかかる頃。 王宮の応接間にて。 「う゛・・お腹減った」 「俺もだ」 「・・・」 ポリアとゲイラーの思いに、無言で同調して頷くヘルダー。 この3人の手は、時間つぶしにと出された大きいケーキの乗った皿を押さえている。 大型の円形テーブルにて、静かなるケーキの取り合いを見せる3人。 マルヴェリータもイルガも、此処でするかと口を出せない。 「わ~いわ~い、クッキークッキーっ!!」 狙いの集まってない焼き立ての菓子をバリバリと齧って独り占めする童顔美少女僧侶が元気である。 「・・あはははは、あのぉ」 父親と家族が来るまでの間、仲がいいポリアとその仲間を相手しようと言われたクリューヌ・ロアが困っている。 確かに、昨日の、午前中の勢いのままに、を軽く済ませて手合わせを突貫したポリア達であるから、腹が減っているのは当然なのだろうが…。 サーウェルスはとても疲れたと、義父に報告も込めて帰った。 自分の義父が誰に連絡したのか、それが解って安心したのだろう。 もう心配は要らないと解り、返ってこれまでの寝不足の疲れも出たらしい。 だが、国王陛下に招かれたポリア達は、まだ食事とは成らないので…。 「ヘルダー、均等に3等分よ。 どうせゲイラーなんて、適当に相手をあしらってただけなんだから、体に量を合わせなくていいのよ」 と、ケーキを睨むポリアが言い出し。 「ウルセェ。 昼を普段の半分は抜いてるし、朝のメシも急かせたのはポリアだ。 ポリアの少し減らして、俺に分けてくれ。 どうせ、王様から夕飯も呼ばれるんだからよ。 俺達は、敷居の高い場所に呼ばれた哀れな客分だけにガッつけない。 今のウチだ、今しかないっ」 十字に先ずはと、ヘルダーが切る。 取り分け皿を用意していたポリアとゲイラーは、フォークで直ぐに一角を取り分ける。 その後の不毛な見苦しい様を、マルヴェリータは他所事の様に。 「ロア王子様は、私達とは初めてでしたわね」 イルガも。 「どうも、お初に。 ポリアお嬢様の付き人で、イルガと申します」 だが、ロアは優しい笑顔で。 「イルガさんは知ってます。 以前から何度もポリア様と一緒でしたから。 でも・・」 と、マルヴェリータを見て顔を赤らめるロア王子。 男の子の恥ずかしそうな様子に、可愛さを見たマルヴェリータで。 「あら、王子様でも照れるの? 私は、マルヴェリータと云いますわ」 ガクガク頷くクリューヌは、タイトな赤いドレスローブを着るマルヴェリータに緊張し。 「え゛・あ・・マ・マルヴェリータさんみたいに綺麗な人は、ポリア様ぐらいと思ってたので・・。 その・・何人も居て・・・驚きです」 まだ男として、女性に対して免疫が無い初々しい様子を見せるクリューヌ。 マルヴェリータは、この純情な王子が未来にどう変わるのかと思いつつ。 「あら、ポリアと同じ様に見てくれるのね」 微笑みのマルヴェリータだが、大人の他人には言われたくはない言葉だった。 ポリアとライバル的な意味合いを持つからではない。 容姿にのみ捉われた発言は嫌いなのである。 ま、まだ子供のクリューヌにその事を云っても始らない。 また、クリューヌに複雑な感情を見せる必要も無かった。 マルヴェリータも、ホーチト国王と面識は有る。 自身の父親は、この国最大の商人だからだ。 幼い頃から何度か、国の開く晩餐会へ連れて行かれた。 その時に、もう目通りしている。 マルヴェリータとポリアには、このホーチト国王の家族を含めた関係が有る。 それは、このクリューヌ=ロア王子では無く、病弱な長男の王子と関わる。 ま、その話も後にして…。 クリューヌも、マルヴェリータも、間に誰かを挟みたくフッとポリアを見た。 が。 「ヘルダーっ。 イチゴの頂点からじゃなくて、右側から入れるのよ。 3等分だからね、キレイな3等分よ」 「いいや、ヘルダー。 それだとポリアの部分が大きい。 イチゴの左側にナイフを入れて正解だ」 「・・・」 残ったクォーターカットのケーキを睨み、ポリアとゲイラーが言い合っている。 イルガは、流石に情けなくなって。 「お・お嬢様・・、もうその辺で」 だが、只に戦うより。 手加減や遣り様を細かく考えて立ち会う手合わせは、頭も使うので腹が減るらしい。 あの冷静なヘルダーですら、甘い物を欲しがっている。 ヘルダーは、ケーキを細かく切り分ける様子を見せ。 “一口分で、数多くに切り分けてはどうか” と、提案する。 ポリアとゲイラーは、グッと見合って。 「ゲイラー、ゆっくり食べるのよ」 「ポリア、フォークに幾つも刺すなよ」 ヘルダーも指の4本を見せ、自分を指す。 「一人、4切れずつね」 「おう、キッチリ分ける」 話が纏まったと、ヘルダーが切り始めた。 ヘルダーが切るのを、齧り付く様に見ているポリアで。 「あぁ・・あぁぁぁ、本当にお腹空いたわぁ~~~。 久しぶりに真剣の真剣勝負しちゃったわよぉ」 ゲイラーも。 「ったくだ。 ヘイルズ様とシャムテイルズさんは別に、手加減の度合いをこんなに長く考えて手合わせしたのは、生まれて初めてだぜ。 腹が減って減って、あぁ・・動けなくなるぐらいに食べたい」 この夜も、シャムテイルズとヘイルズ将軍は、また晩餐に呼ばれた。 あのロレンスなる監査役も呼ばれて、国王の遠縁となる貴族と紹介された。 ヘイルズ将軍が居なければ、彼が総帥の役職に成って居た・・と聴いた。 納得しか無いポリア達。 一方、夕闇の中でシャムテイルズと話してから斡旋所に戻ったサーウェルスは、義父となるマスターにこう言った。 “義父さんの判断は、最良だったと解りました。 ポリア達が来てくれたお陰で、シャムさんは助かったと思います” すると、あの主はサーウェルスに背を向けて。 “こうゆう判断が出来る様に成ったら、何時でもお前が俺の跡継ぎだ。 出来なきゃ、孫に継がせるぞ” 『孫馬鹿』な祖父だが。 既に1階の仕切りはサーウェルスとオリビアに任されていた。 サーウェルスがそうなる日も遠からずと云う処だろうか。 だが、然し。 この1件は、結末までもう少し時を要す。
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