第1章

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32/悪魔の降臨3 アイルランド ダブリン 数年前……   寒い街だ。冬でなくても、重い雲が空を覆う日が多い。  それが人気のない廃屋の地下だといっそうそれが身に染み入るようだ。無造作に伸びた後ろ髪は結ばれポニーテイル。黒のズボンに濃いグレーのシャツ、そして所々色の剥げた羊地のレザージャケット、そして彼の全財産であり仕事道具が全て入っている、子供一人くらいは入りそうな大きなバッグがあった。 彼…… ユージは、客を待っていた。  やがて数人の男女がノックなしに入ってきた。ユージは一瞥し、溜息をつく。 「銃を置いて出直せ」  一団はユージのその言葉に、数倍の量の罵声と威嚇の声が地下室に響き渡ったが、全てユージは沈黙で応えた。ユージの背中のベルトに突っ込まれたリボルバーが見えている。なんとふてぶてしい若造か! が、ユージは全く動じず態度を変えない。 やがて、彼らの勢いは一人の女性によって制され、止んだ。 「ドクターに失礼はやめなさい」  綺麗な英国英語だった。ユージはゆっくりと振り返る。  そこには、深くフードを被った、短髪の女が先頭に立っていた。6人ばかりの護衛がついたが、女は振り返り一言告げると護衛たちは黙って部屋を出て行った。その間に、ユージは自分のバッグを開けた。中には各国の様々な医薬品に、最新の医療道具、そして1万ユーロの束が一つ入っていた。  女は、ユージの傍にやってくると、その開いたバッグの中に、黙って札束を置いた。 「5万ドル。確かに渡したわ」 「……病院の手配は済んだのか」 「ええ」  ユージはバッグの中にあるメモを取る。そして女はフードを脱いだ。40前後、おそらく西アジア系と東スラブ系の混血だろう。目を引くほどの美人ではないが、それなりに整った、美しいといっていい女性だった。 「……骨格を変えるほどの整形は、リスクは大きい。本当にやるのか?」 「依頼人の事は聞かない、それがルールじゃなかったかしら? <ブラック・50>」  ……<ブラック・50(フィフティー)>…… ユージを裏世界ではそう呼ぶ。闇医者として、どんな人間も治療する。ただし、ギャラは最大50,000ドル、最低5セントでやる。治療内容ではなく相手で額を決める。そのギャラも、最低限の移動費や生活費、闇での医療品購入に使うため貯金は全くなく、常に全財産を持ち歩いている。
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